13.リフィアの決意
決闘祭の出場者が発表された後は自由参加の選択講義があるようで、それぞれが自分に合った講義を確認して準備を始めていた。
「参加者はそれぞれ次の選択講義に移動するように」
教師の声と共に、生徒たちはそれぞれの講義へと向かっていく。
レーヴェは人波からやや外れ、空を見上げていた。
(この時間で学園の内部構造でも探るとするか)
思考を巡らせたそのときだった。
「……あのっ!」
声をかけてきたのは、かつてのクラスメイトで幼なじみでもあるあゆみだった。
その背後には、理央と悠人の姿もある。
「さっきは……その、ごめんね。変なこと言っちゃって」
「あぁ、気にしなくていいよ」
レーヴェがそう返すと、あゆみは安心したように微笑んだ。
彼女の笑顔には、以前と変わらぬ純粋さが宿っていた。
「よかった……あのね、もしよかったら、一緒に講義受けない?」
「……うん。いいよ」
断るのも妙だと判断し、レーヴェは三人と共に講義へ向かうことに。
(内部構造はヴァネッサに任せよう)
「ちなみに、皆は何の講義を受けるの?」
そう聞けば、あゆみが明るい声で答えた。
「あっ、言ってなかったね。今日はね__」
あゆみ達が選んでいた講義内容は、魔法実戦__最も注目を集める内容のひとつだった。
(早速目立つ講義に……やれやれ)
✼✼✼
「よーし、では実戦講義、始めていきますよー!」
教師の軽い声と共に、生徒たちが魔法の準備を始める。レーヴェは少しだけ顔を伏せて、小さく息を吐いた。
(……手加減は、苦手なんだよな)
すでに自らの魔力は徹底して抑えてある。だが、それでも“通常の規格”とはズレてしまう。
「さすがに力を使わなければなんとかなるだろう……」
ポソッと呟いた言葉に理央が反応する。
「ん?何か言ったか?」
「あ、いや!なんでもないよ」
そう慌てて首を振っていれば、視界の端で模擬戦が始められた。
最初はあゆみと男子生徒が教師により組み合わせられ、魔法と魔法をぶつけ合っていた。
そして次から次へと対戦が始まっていく。
あゆみの魔法は、光属性の聖撃魔法。
理央は鋭い構築魔術で相手の隙を突く術式を組み立て、悠人は防御結界を展開しながら地属性の術を制御していた。
(……随分、強くなった)
ほんの少し前まで、ごく普通の高校生だったはずの彼ら。
だが今は、戦いの術を学び、鍛えられ、かつての蔵馬のように「使い捨て」にされることもなく、自分の足で立っていた。
(……良かったよ。俺のように、三大天にとって“不用品”と判断されなくて)
その時だった。
「次の組み合わせ、佐々木亮介と……多田野茂武雄!」
「あ、あんた、呼ばれてるよ」
理央に声をかけられて、レーヴェはようやく自分の名が呼ばれていたことに気づく。
「……そうか」
対戦相手の佐々木亮介。
教室で「天月蔵馬」を馬鹿にして笑った少年。
(別に、俺を馬鹿にしたことはどうでもいい。ただ、この男は理央に魔法を放とうとしていた)
開始ラインに立った二人の間に、ピリリとした空気が走る。
「なんだよ、びびってんのか~?名前も顔も地味すぎて、いざ戦いになるとビビるとか?」
挑発的な言葉。だが、レーヴェは一瞥すらせず、黙って構えた。
(……その仕置として一撃かすり傷でも負わせてその後に負けたふりをするか)
それで穏便に済むなら、それに越したことはない__はずだった。
「始め!」
という開始の合図よりも早く、反則で亮介が飛び出した。
その身に宿るは、“雷帝”の加護。
強烈な雷撃が迸り、魔力の奔流が走る。
教師も止めないところからして、やはりこの学園の中枢には三大天の息が掛かっているのだろう。
弱者はいらない、という意思が学園を飲み込んでいる。
だが、その瞬間。
レーヴェはただ__息を、吹いた。
ごくわずかに、そっと。
それだけだった。
(仕置にしては手加減しすぎたか……。かすり傷くらいは負わせるつもりだったが……)
だが、次の瞬間。
雷撃が霧散し、雷帝の加護すら霧のように掻き消え__亮介の体が派手に吹き飛んだ。
「…………」気絶したのか亮介は地面にめり込んだまま反応しない。
レーヴェは、一瞬、自分でも状況が飲み込めなかった。
「……は?」
ただの吐息だった。力を乗せたつもりはない。
しかし、それすらも「この世界の法則」には強すぎたのか__
✼✼✼
「すげぇええええ!!」
「なんだあれ!マジかよ!加護ごと吹き飛ばしたぞ!?」
興奮と称賛の嵐が訓練場を包む。
反則だと疑う者などおらず、むしろ周囲は賞賛の眼差しでレーヴェを取り囲んだ。
「すごい……あれ、本当に見えなかった……」
「もしかして、亮介の代わりに推薦とかされるかも……!」
(まずい……目立ってしまった……)
と、その時。
訓練場に、神官服を纏った人物が現れた。
「篠原あゆみ様、こちらへ」
「え? わ、私ですか?」
「はい。あなたは“聖女候補”として、聖庁より呼び出されました」
あゆみが戸惑いながら連れて行かれる。
その場の空気が、一気に変わる。
(新たな聖女を据え置くつもりか?)
レーヴェは、周囲の祝福とは裏腹に、胸の奥にかすかな不安を覚えていた。
子供たちとヴァネッサ今、自分と共にこの学園にいる。ガルドやアルザーク、ミリナとルアナ、フェリドもそれぞれ任務に赴いている。
拠点にいるのはリフィア、ただ一人。
(加護は張ってある。瘴気も、魔も入れない)
それでも、なぜか。
__胸が、痛んだ。
理由のない不安。根拠のない痛み。
神を辞めた今でも、心の奥に残る“何か”が警鐘を鳴らしている。
(……リフィアに、何かが……?)
いや、考えすぎだ。
そう言い聞かせても、胸の奥の鈍痛は静かに、確かにそこにあった。
広がるざわめきの中で、レーヴェは心の痛みに集中した。
それは遠く離れた拠点で一人、守りを固めているリフィアの気配から発せられるものだと直感する。
「……リフィア」
彼女の名を呟くと、まるで胸の痛みが増すかのように、鈍い重みが波のように押し寄せた。
原因はわからない。しかし、確かに何か危険が迫っているのだ。
彼女は自分の願いを祈りに乗せない。いつも真の神に対する感謝や、仲間や自分以外の者のための祈りだけを捧げている。
レーヴェはリフィアがなにかを胸の内に隠していることに気付いていた。だが、彼女が口にしたくないのなら無理に聞き出す必要は無いと、レーヴェは聖女リフィアではなくリフィアを信じたからこそ聞いたりしなかった。
だが、それが彼女を苦しめるなら話は別だ。
「このまま放っておくわけにはいかない」
決心を固めたレーヴェは、周囲の喧騒をよそに静かに目を閉じた。
全身の感覚を研ぎ澄まし、リフィアのいる場所との微かな繋がりを辿る。
『瘴気耐性の加護は張ってある……だが』
どこか見えない“何か”が、その結界を掻き乱そうとしている。
「やはり……三大天が動き始めているのか。リフィアのものだとは気付かれないにしても、神聖力に気付かれたのか」
彼の胸に去来するのは、長く封じていた忌まわしい記憶と、深い警戒心だった。
三大天とは、この世界を支配し、強大な力を持つ三柱の神々。彼らは欲望のままに堕落し、最高神だったレーヴェンシュタインへの祈りの力の多くを穢した存在であり、今では神の名前を騙り世界を操ろうとしている。
「だが、俺が……絶対に許さない」
決意の声が、彼の口元から漏れる。
“オルド・レクイエム”の仲間たちを守るため、そしてリフィアを守るため。
✼✼✼
その頃、リフィアは拠点で一人、薄暗い部屋の中で目を閉じていた。
瘴気耐性の加護の中にいても、彼女の表情は険しかった。
「……何かが、近づいている」
自分の神聖力がなにかに追われているような感覚に、不安げに眉を寄せ、小さな魔法石を握り締める。
その魔法石は、レーヴェが仲間たちに配った“護りの印”のひとつだった。
胸の奥に痛みを抱えながらも、彼女は静かに決めていた。
「私がここにいては、皆に危害が及ぶ」
だからこそ、自分はオルド・レクイエムから去るべきだと。
仲間たちのために、身を引くことこそが最善だと。
部屋の窓の外、降りしきる雨音が静かに響く中、リフィアはそっと立ち上がった。
誰にも告げず、ただひとり、影のように去っていく決意を胸に秘めて。
その決断は、彼女なりの強さの証だった。
そして、仲間たちへの愛情の形でもあった。
「私が、三大天の元に戻れば皆が狙われることはない」
そうしてリフィアは、以前レーヴェにもらった魔法石を握りしめた。




