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7.解決策とは、お互いが同意することで成立するものである。

 この世界は絶望で満ちている。

 そして、その悲鳴は空腹(今の)パトリシアにとってどんな旋律よりも心地良い。


「ギャー」


 路地裏に若い男の悲鳴が上がる。その男の側には、先程まで彼の身体の一部であった腕が転がっていた。


「あぁ、イイ声で鳴くではありませんか♡」


 パトリシアはうっとりとした声でそう言って笑うと、彼女の等身ほどある大きな鎌を軽々と振り回し、死なない程度に男の身体を傷つける。

 血が吹き出す度、男から悲鳴が上がった。


「もっと、もっと、苦しみに喘いでくださいまし。あなたの罪に見合うように」


 そうすれば、あなたはもっと美味しくなる。舌なめずりをしてそう言ったパトリシアが、鎌で男の顎を持ち上げ微笑んだ時だった。


「……どういうおつもりですか、旦那さま」


 パトリシアは後頭部に当てられた銃口に問う。


「こっちのセリフだ、パトリシア」


 ようやく追いついたグレイはざっと視線を流し、現状を把握する。

 怯える血まみれの男とその後ろに散らばっている無惨に切り刻まれたいくつもの猫の死骸。


「お前、何をしている」


「何って、食事ですわ」


 問われたパトリシアは当たり前のようにそう答える。


「食事?」


「ええ、食べ頃なので邪魔しないで頂けます?」


 すぐ済みますので、といつもと変わらないパトリシア。

 その異常さにグレイは眉を寄せる。


「つまり、今からヒトを喰らう、と」


 細められた目は警戒心を宿し、いつでも愛銃の引き金を引ける状態で、淡々と事実確認を行うグレイ。


「まぁ、端的に言えばそうですが」


 クスリ、と笑みを漏らしたパトリシアは、


「一体何が気に入りませんか? 旦那さま」


 グレイにそう問いかけた。


「この子に呼ばれたのです。痛い、怖い、死にたくない、と」


 いらっしゃい、とパトリシアが微笑めば一際小さな子猫が頼りない足取りでパトリシアの側まで寄ってきた。

 その子猫には片目がなく、潰されていた。


「命を刈ったモノの命を狩る。旦那さまがいつもしている事ではありませんか?」


 グレイの裏稼業は確かにそうだ。

 法で裁くことのできない人間を幾人もこの手で散らしてきた。


「猫を殺しただけで、アンタ俺の腕を落としたのか?」


 殺されると絶望していた男はパトリシアを止めた人物が現れた事で、現状に希望を見出し、喚く。


「一体、俺に何の恨みがあって」


「まぁ、耳障りな音ですね」


 興醒めしたように淡々とそう言ったパトリシアは、


「命は常に等価。生き物に宿る魂の数は等しく一つ。そして、強者が弱者を喰らうのは世界の理」


 だから、私が喰らうのです。

 そう言ったパトリシアは大鎌を構え、振り上げた。

 だが、それが男に届くことはなかった。


「……何故止めるのですか?」


 パトリシアは解せない、と眉根を寄せ首を傾げる。

 パトリシアの腕はグレイに押さえられ、それ以上動かすことができない。

 パトリシアを押さえたままグレイは片手で銃を構え引き金を引く。

 バン、っと路地裏に乾いた銃声が響く。

 耳元すぐそばで鳴り響いた銃声に驚き、男は気を失った。

 グレイはパトリシアの問いを無視して男の手当を始める。


「っち、出血量が多いな」


 手慣れた動作で応急処置を施すグレイを見下ろしながら、


「何故、それを助けるのです」


 パトリシアは再度グレイに問う。


「別にコレがどうなったって俺の知った事ではない。が」


 パトリシアが大鎌を振り上げた瞬間、グレイの脳裏に浮かんだのは先程までウィンドウを物珍しげに覗いていた彼女の姿で。

 パトリシア(故人)を語るその姿はまるで普通の人間のようだった。

 彼女が人外の存在だと、嫌になるほど分かっているのに。

 何故、に答えられるだけの明確な主張を持ち合わせていないグレイは、手を止めず静かに言葉を紡ぐ。


「パトリシアの主張も分からなくもない」


 猫を虐殺したくらいでは、この国でこの男が裁かれることはないだろう。

 罪の裁けないモノを狩るだけ。きっとそれは自分のしている事と変わらない。

 それでも思うのだ。

 パトリシアに殺しをさせたくない、と。


「ヒトがいなくなる、ってのは人間社会では結構面倒なんだよ。お前が考えている以上に、な」


 これは勝手な願いだ。


「だから、勝手に誰かを殺すことは許さない」


 グレイはパトリシアにそう命じた。


 どうしてあんな勝手な主張をパトリシアが承知したのかは分からないが、折れたのは彼女の方だった。

 彼女が手をかざした瞬間、男の出血は止まっていた。流石に切り落とした腕は戻らなかったが、記憶の改竄も施したらしい。

 この世に悪魔が一匹紛れ込んだら、それだけで完全犯罪が成立しそうだ。

 保護した子猫は治療した上で知り合いに押し付けた。

 残る問題は。


「ああ、酷い旦那さまですわ。妻に飢え死にしろと命じるだなんて」


 この拗ねた空腹の悪魔をどうするか、だ。


「……やる」


 グレイはベッドを独占して不貞寝真っ最中のパトリシアに紙袋を放り投げる。


「あら、素敵なお洋服。それに新色限定の化粧品まで。ツンデレ黄金比9対1の旦那さまの貴重なデレシーン。妻へのお詫びのプレゼントは基本残らないモノが良いとされる中で、よく知りもしない相手に身につけるモノを贈るなんてなかなかのチャレンジ精神。悪くないですわ!」


「だからどこ情報だ、それは」


 いらないなら返せと言ったグレイを無視してその場で服を脱ぎ出すパトリシア。

 律儀に背を向けたグレイの気遣いなんてあっさり無視してストンと彼の正面に降り立ったパトリシアは、


「似合います?」


 とその場で一回転して見せる。

 ふわりと揺れるワンピースは先程パトリシアが見ていたモノで、彼女によく似合っていた。


「まぁまぁ。それなら傷も隠せるだろ」


「そうですね。パトリシアは女の子、ですから」


「……お前もだろ」


「私?」


 パチパチと驚いたように目を瞬かせたパトリシアは、


「ふふ、旦那さまは随分と紳士的でいらっしゃる」


 楽しげに笑った。


「決めました。空腹の責任は旦那さまに取って頂く事にいたします」


「は?」


 パトリシアがそう言った途端グレイの視界が狭くなり、息が止まる。

 重なった唇が離れた瞬間、グレイの身体から一気に力が抜けベッドに倒れ込んだ。


「今日はこの程度にしておきます。あまり一度に抜くと夜のお仕事に差し支えるでしょうし」


「……お前、俺に何をした?」


 動かない身体のまま、ギロっと睨んでくるグレイの顔を覗き込んだパトリシアは、


「何、って生命エネルギーを抜きました」


 なかなか美味でしたよと満足気に答える。


「ご安心ください。寿命や魂と呼ばれるモノとは違い、生命エネルギー自体は回復しますので」


 あなたに生きる気力がある限り、と付け足したパトリシアは、


「ふふ。旦那さまを育てて美味しく頂く。それも悪くないですわね」


 グレイを食糧認定した。


「……お前、マジで覚えとけよ」


「旦那さまこそ、覚悟なさって? 私これでも結構美食家なので。味が落ちたら浮気しますよ?」


 まぁ、逆は許しませんけどと言ったパトリシアのつぶやきはグレイには届かず、彼は眉間に皺を寄せたまま眠りに落ちる。


「おやすみなさいませ、矛盾まみれの旦那さま」


 そう言ってグレイの髪をさらさらと撫でるパトリシアの表情は愛しいモノを愛でるかのように慈愛に満ちていた。

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