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6.空腹とは、だいたい判断を鈍らせる。

 手が伸びてきた瞬間、身体に染みついた動作で反射的に銃を構えたグレイは、


「……何をやっている」


 盛大にため息をついてそう尋ねた。


「何、って夜這いですわ」


 眉間に銃口を突きつけられたままにこにこにこにこと笑って悪びれることなくそう答えたのは、グレイのストーカーもとい自称新妻のパトリシア。

 人外の彼女に人間の常識は通じない。

 が、こうもあっさりベッドまで侵入されては殺し屋としての自信を失くしそうだ。


「何が夜這いだ。もう朝どころか昼過ぎた」


 遮光カーテンがガッツリ引かれた部屋では分かりづらいが、時計は確かに正午をすでに過ぎている。


「ええ、存じておりますわ」


 そのままベッドに横たわり頬杖をついたまま足をパタパタさせるパトリシアは、


「休日早朝のお祈り以外は奉仕活動も放棄してこんな昼過ぎまで惰眠を貪る聖職者など、きっと旦那さまくらいですわね」


 グレイにうっとりした眼差しを向ける。


「私勤勉な人間を誘惑して、快楽に落とし、堕落して行く様を見るのが好きなのですけれど」


 なんて模範的な、と呆れた色を浮かべるグレイの瞳を見ながら、


「既に堕落しきっている旦那さまには特別に"怠惰"の称号を差し上げたいですわ」


 鈴の転がるような声で、妖艶に微笑むパトリシア。

 が、相変わらず微塵も褒められている気がしない。


「この上なくいらん」


「まぁ、残念ですわ」


 言葉の応酬に疲れたグレイはサイドテーブルに愛銃を置く。

 どうせパトリシア(悪魔)相手にこんなもの効きはしない。


「で、いつまでお前はヒトの上に乗っている」


 重くはないが邪魔ではある。

 が、パトリシアが動く気配はなく、彼女の白い指先がグレイに触れる。


「んーお腹が満たされたら、でしょうか?」


「は?」


「ですから、私お腹が空きました」


 こっちに呼び出されて以降、何も食べていないのでと空腹を主張する。

 確かに自称妻宣言をし、グレイの根城に居着いて以降、パトリシアは何故か勝手に家事全般をこなしているが(時々かなり間違っているけども)、彼女自身が食事をしている所を見たことがない。

 だからそういうものなのだと思っていた。


「……悪魔なのに、か?」


「旦那さま、生きとし生けるもの生命維持にはエネルギーが必要なのですよ?」


 世界の常識ですよ? と空色の瞳が楽しげに語る。

 パトリシアに常識を説かれるなんて内容がまともなだけに小馬鹿にされているようでちょっと腹立たしい。


「冷蔵庫の中身を勝手に食えばいいだろう」


「生憎食材がございませんの」


 確かに激務続きで買い物を最後にしたのがいつか思い出せない。

 自分で買いに行けば、と思ったけれど生前のパトリシアの知り合いにでも遭遇されたら面倒だ。


「このお家で食べられるモノなんて旦那さまくらいですわね」


「俺を食料カウントするんじゃねぇ」


 ッチと舌打ちしたグレイは乱暴にパトリシアを毛布ごと落とすと、


「出かける」


 簡単に上着を羽織ってそう宣言した。


「って、何でお前まで着いてくる」


「せっかくなので日用品や衣服も揃えて頂こうかなって♪」


 可愛いお洋服も着たいですしと鼻歌交じりにウィンドウを眺めるパトリシア。

 勝手に居着いたくせに、自由か。と舌打ちしたくなったグレイだったが。


「花の10代。本当はたっくさん、オシャレしたかったでしょうし」


 ショーウィンドウの前でピタリと足を止めそうつぶやくパトリシアが目に留まる。

 そこにはパトリシアに似合いそうな鮮やかな水色のワンピースが飾られていた。


「ああ、外はこんなに明るかったのですね! この子にも見せてあげたかったですわ」


 一見ただショッピングを楽しんでいそうなそれは、パトリシア本人(事件の被害者)を悼んでいるようにも見えて。


「……必要なものだけにしろ」


 グレイにはパトリシアを止める理由が見つからなかった。


「わぁー旦那さま! 私コレ着たいです」


 すっごく可愛い! とパトリシアが指差したのはランジェリーショップ。

 そこに飾られているのは露出度が高すぎてもはや着ている意味が分からない夜着。

 前言撤回。

 コイツは自分の欲望を満たすことしか考えてない。

 逃げよう、とグレイが決意して走り出すより早く、


「では、さっそく試着しにGO!ですわ」


 そう言って楽しげにグレイに腕を絡ませたパトリシア。


「待て、なんで俺を連れて行こうとする」


 嫌そうな顔をしたグレイは強めに抵抗するが、人間とは思えない力(まぁ、実際人間ではないのだが)で引っ張られる。


「良いではありませんか? 旦那さまの好みも知りたいですし」


「良くねぇ! 第一そこは男が入っていい店じゃねぇんだよ」


「そうとも限りませんわ。世の男性は脱がすためにドレスを送ると聞きましたし」


 どこ情報だそれは。

 100%ないとは言わないが、世の中の男全てを括らないで欲しい。


「だから! 間違ってんだよ、お前の人間情報はっ」


 はーなーせーとグレイは全力抵抗するのだが、パトリシアの馬鹿力を前にジリジリとランジェリーショップの入り口に近づいていく。


「まぁ、まぁ、そう言わず。旦那さまも着てみたら新たな扉が開くかもしれませんわ」


 双子コーデなるモノをやってみたいのですと楽しげに提案するパトリシアは離す気皆無だ。

 が、絶対その扉は開けたくない。


「俺を犯罪者にする気か!?」


「イヤですわ、旦那さまったら。もうすでに旦那さまは立派な犯罪者ではありませんか?」


 確かにそうだが、ジャンルが違う!!

 そもそも立派な犯罪者ってなんだとツッコミが追いつかない。


「はーなーせぇーー」


 パトリシア(こいつ)に誤情報を吹き込んだ奴に遭遇したら絶対一発ぶん殴るとグレイが心に誓ったところで、急にパトリシアが手を離す。

 慣性の法則にしたがって倒れかけたグレイは驚異的な身体能力で持ち堪える。


「おい」


 いい加減にしろ、とグレイが言うより早く、


「……絶望の、音がする」


 そうつぶやいたパトリシアは、


「ああ、美味しそうですわ」


 恍惚とした目で走り出した。

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