26-2.物語とは、世界のどこかで紡がれ続けるものである。
「お土産は気に入って頂けました? 今年は冷えるとお聞きしましたので、寒がりのグレイのために沢山アヒルを集めてみたのですけれど」
人間とは寒い日に水鳥の寝具で寝るのでしょう? とドヤ顔の彼女に駆け寄ったグレイは、
「……だから、お前の人間情報ほぼほぼ全部間違ってんだよ、パトリシア」
彼女を抱きしめて、ずっと呼びたかった名を呼んだ。
「……で、お前は何をしに来たんだよ。そもそもどうやって境界線を越えた?」
いい加減離れろ、と引き剥がそうとしたのだが無理だったので諦めたグレイはパトリシアの好きにさせたままため息交じりにそう尋ねる。
「久しぶりの再会だというのに、相変わらずのつれなさ具合。先程雰囲気に流されてうっかり自分からハグしてきたくせに、一周まわって冷静になったが故のツン全開! 相変わらず照れ屋さんで可愛らしゅうございますね、旦那さま」
グレイの膝の上に座り、グレイの首に手を回したままスラスラと長台詞で応戦してくるパトリシア。
「……お前、マジでいっぺん口閉じろ」
「あら、説明しろと言ったり黙っていろと言ったり、本日も矛盾塗れでお忙しいですわねぇ。あ、うるさいというのなら強引に黙らせてみます?」
じゃん、と効果音つきで最近流行りのロマンス小説を取り出したパトリシアはにやにやと揶揄うような視線を寄越し、
「最近のレディは強引な俺様系にときめくそうですよ?」
心底楽しそうにそう言った。
「どこから仕入れてきた、その間違い情報」
「今月の売り上げランキング一位と書店に張り出されておりましたわ」
読破済みです、と笑うパトリシアは、
「ですが、私は躾のなっていない狗を躾ける方が好きですね。レディの意向を無視する男は頂けません」
趣味じゃありませんでした、とグレイに本を押し付ける。
「こっちの都合と意向は丸無視か」
「聖職者を隠れ蓑にしていて女性との関わりが希薄な旦那さまはご存知ないかと思いますが、レディとは常に猫のようにわがままで気まぐれに相手を振り回すことが美徳とされる生き物なのですよ」
「聞いたことねぇよ。あと別に希薄じゃねぇし」
「浮気は許しませんよ、旦那さま」
グレイの反論にぷくっと頬を膨らませたパトリシアは、
「ああ、もういっそのこと本当に食べてしまいましょうか」
そうしたら私だけのモノにできますね、と拗ねた口調でそう言った。
「……できないだろ」
グレイは静かに笑い、パトリシアの髪を優しく撫でる。
「パトリシアにそれはできない」
何度も祈ったけれど誰も助けてはくれなかった。
手を伸ばしてボロボロに傷つきながら約束を守ってくれたのは、彼女だけだ。
「……言い切りますね」
「実体験として知ってるからな」
グレイはパトリシアの頬にそっと手を伸ばし、触れる。
あの頃とは違い、触れた箇所に温かみを感じた。
「ケガはなさそうだが、存在を維持できるだけの魔力は足りてるのか?」
パトリシアは今確かに生きていてここにいるのだと実感しながら、グレイは彼女にそう尋ねる。
再会した彼女は人間の遺体に憑依していた姿ではなく、暴食の姿に近い。
だが、尖った耳も特徴的な角もない。ぱっと見ただけではただの人間にしか見えない。
暴食の燃費の悪さを知っているだけに、これが正常な状態なのか判断がつかなくて心配になる。
「足りない、って言ったらくれるんですか?」
そう言って尋ね返してきたパトリシアのピンク色の瞳を覗き込みながら、
「必要ならいくらでも」
グレイは自分からパトリシアに口付けた。
「……〜〜〜ふわぁっ、な、え? ええーー??」
「動揺しすぎだろ」
初めてでもあるまいし、と冷静に切り返されたパトリシアは、
「私、自分から攻めるのは良くても、迫られるのには弱いみたいですわ」
売り上げ一位恐るべし、と顔を赤くして本で顔を隠す。
「その間違った認識は正しとけよ」
フィクションを参考にしないように、とパトリシアに念を押してグレイは本を取り上げた。
「で、こっちにいても大丈夫なのか?」
「魔王さまの勅命の下、法令を守って越境しておりますので、今回は無傷ですわ」
グレイの心配そうな声に驚いて、目を丸くさせたパトリシアは、ふざけすぎたと少しバツが悪そうな顔をして質問に答える。
「勅命? それに法って」
「あちらは一応法治国家なのですよ? まぁ、魔王さまが法律みたいな感じですが」
「……それは、独裁国家っていうんじゃないだろうか?」
「ふふっ、みんな好き勝手してますから大丈夫ですわ♪ 魔王さまは自分に害がなければ結構寛容でいらっしゃいますし」
と、グレイに故郷を語り、
「そうでした。グレイに会ったら一番にお伝えしようと思ってましたのに、失念しておりました。おかげ様で魔王さまが無事目を覚まされまして、今ではすっかりユズリハの尻に敷かれておりますのよ」
あちらの世界は当分安泰ですわね、とパトリシアはその後の物語をグレイに聞かせる。
「そうか」
妹の無事を知り、グレイは表情を柔らかくさせる。
「ユズリハは今幸せですわ。それは私が保証します」
会わせてはあげられませんけど、と言ったパトリシアに、
「知らせてくれて、ありがとう」
とグレイが礼を述べる。
そこには初めて対峙したときのような殺伐とした雰囲気はなく、温かくて優しい気配で満ちていて。
どんな絶望よりも、心地よい。
「ずっと、グレイに会いたかった。あちらで駄々をこねた甲斐がありました」
どういたしまして、とパトリシアは幸せそうに笑って答えた。
「それにしても、近況を伝えるためだけに越境させてくれるなんて、魔王は随分と部下思いなんだな」
彼女が来た理由を知り、パトリシアが向こうに帰る時は手紙でも託そうかなんて呑気に考えていたグレイに、
「まさか、そんなわけないじゃないですか!」
パトリシアはやや芝居がかった口調で大袈裟に首を振る。
じゃあ用件はなんだと訝しむグレイにふふっと楽しそうに笑ったパトリシアは、
「私、七大悪魔も魔王代行もクビになりまして、現在無職なのです」
とハキハキと現状を告げる。
「クビ、なんて制度あるのかよ」
「一応制度としてあるみたいなのですよ。実は魔王さまにちょっとしたオイタがバレてしまって」
慰めてくださいませ、とグレイの胸に頭を擦り付けるパトリシア。
どうやら撫でろという事らしい。
「で、何やったんだ?」
聞いたら面倒なことになりそうだと思いつつ、話が進まないので要求どおり頭を撫で、仕方なく続きを促す。
「大したことはしておりませんわ。私魔王さま不在期間中とーってもがんばったので、ご褒美が欲しいなぁーって言ったら、魔王さまがいなくなった傲慢の穴埋めとして私に彼の持っていた領地と爵位と責任を押し付けようとしてきたので。裁決前に玉璽を叩き割っただけですわ」
と、パトリシアはさらっと悪事を暴露する。
「は?」
玉璽を叩き割るなんてちょっとどころの騒ぎじゃないだろう、と思わず声を上げたグレイなんて気にも止めず、
「あとは、リノベーションと称して魔王城燃やしてみたり」
だってデザインが古臭いんですもの、とパトリシアは話を続ける。
「新しい七大悪魔達が気に入らないので、片っ端から倒して権利剥奪してみたり」
新体制にするには斬新なアイデアも必要だと思うのです、と主張し、
「そんなことをしてましたら、数年前の身分詐称と無断で境界線を越えたことや現世での不法滞在なんかも諸々バレてしまって」
国家反逆罪や器物損壊に放火にパワハラ。詐欺に不法滞在、他にも色々と悪びれることなく罪を告白するパトリシア。
「あ、でもこれで司教さまに罪を告白して懺悔したことですし、全部チャラですわね!」
清々しい笑顔で親指を立てたパトリシアに、
「んなわけあるか!」
罪状が多過ぎる、とグレイは全力でツッコミを入れた。
「で、お前それだけやらかしてよく無事だったな!?」
「そんなこんなで罰として、か弱い人間と変わらないスペックで異界からの不法侵入者を現世で取り締まらなきゃなんですけど、面倒なので匿ってくださいませ」
グレイのツッコミをさらっと流し、さくっと話をまとめにかかるパトリシア。
「とりあえず、か弱い人間はあんなガラの悪いアヒルを大量に集めてきたり、勝手に隠し部屋に忍び込んだりしねぇよ」
人間のスペックを過大解釈し過ぎである。
あのアヒル達どうしたらいいんだよ、と頭を抱えるグレイを尻目に、
「まぁ、大変。常識知らずの異界の存在なんて目の届くところに置いておくのが得策では?」
パトリシアのプレゼンは続く。
「……その通りなんだが、お前が言うな」
「どうします? 私の事を放り出してもいいですけれど、その場合旦那さまは表稼業も裏稼業も2倍どころか10倍は確実に手間が増えますよ」
私有害危険物ですよ、と胸を張る悪魔にグレイはチッと不機嫌そうに舌打ちをする。
それを了承と受け取り、愛おしげに見つめ、
「末永くよろしくお願いいたしますね、旦那さま」
私から逃げられるとお思いで? と楽しそうに笑ったのだった。
Fin.
最後までお付き合い頂き、ありがとうございました♪
偽物姫も連載再開予定なので、こちらもぜひよろしくお願いします♪
「赤いフードの偽物姫と黒いフードの人外陛下〜敗戦したので売国しに乗り込んだら、何故か溺愛生活始まりました〜」
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