22.争いとは、どう転んでも無傷で終えることはできないものである。
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いくつ心臓を集めても、欠けた空洞が埋まらない。
思い出したいのに、思い出せない。
そもそも、私は何を探しているのだろうとユズリハはぼんやりと考える。
「どうされました、陛下」
優しげな響きが耳朶に響き、ユズリハの思考が止まる。
ガラス瓶に沢山入った心臓を抱えたユズリハはじっと真っ黒な悪魔を感情のこもらない碧い瞳で見返し。
「コレには、私の心が見つからない」
いくつ集めても思い出せないの、と淡々とした口調でそう言った。
「お労しい。まだ、足らないのですよ」
陛下は長く眠っておられたので、と笑う傲慢を見ながら、本当にそうかしら? とユズリハは首を傾げる。
『ユズリハ!!』
ふと、ユズリハの脳裏に先程の光景が浮かぶ。
ユズリハと呼ぶ必死な声に、一瞬心がざわついた。
「……ねぇ、あの人は、だぁれ?」
いくつ心臓を奪っても満たされなかった欠けた記憶。
それを呼び起こすような、誰か。
「ああ、いけない」
ふわりと傲慢に目を隠され、ユズリハの記憶は沈み出す。
「知りたいのなら、奪えばいいのです」
耳元で囁かれる甘言は、ユズリハにゆっくりと広がって毒のように神経を侵す。
「……そう、そうね」
真っ暗な闇が思考を溶かしていく。
「取り戻さなきゃ」
過去と現在と未来が混ざって濁る。
「約束、だから」
誰としたどんな約束なのか分からないまま、うわ言のようにつぶやいたユズリハは、
「我が悪しき名において命令する。"傲慢"よ、あの男から心臓を奪いなさい」
そう傲慢に命じる。
途端、傲慢は自身の魔力が増強されるのを感じる。
「お望み通りに、我が陛下」
ああ、ようやく手に入る。
絶望はすぐそこだ。
にやっと口角を上げた傲慢はそれに応じた。
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星の一つも見えない暗雲が支配する夜空を見上げ、
「魔王代行、とはいえ私は魔王さまほどカリスマ性があったわけでも、万人に慕われていたわけでもありません。とりわけ"傲慢"は私の事が気に入らなかったのでしょう」
ずっと虎視眈々と機会を伺っていたのでしょうとパトリシアは同胞からの裏切りを淡々とした口調で語る。
随分離れているけれど、パトリシアの声は彼女の魔法によってまるですぐ隣にいるかのように鮮明にグレイの耳に響く。
一方的に聞こえるだけの言葉に返事をすることはできないので、パトリシアの声に耳を傾けながらグレイは神経を研ぎ澄ませていく。
「境界線を渡る鍵は魔王さまの力。それはユズリハの魂に刻まれています。彼女の魂は欠陥品。故に、こちらでは長く生きられない」
時間がないのです、と最悪を告げたパトリシア。
だが、パトリシアの言葉にグレイの心は揺らがない。
殺し屋として、いつも通りの仕事を成す。それだけだと内心でつぶやいたグレイの耳元で、クスッと笑うパトリシアの声が響く。
「さすがですわ。それでこそ私が見込んだ旦那さまです」
惚れ惚れしますわぁ、といつも通りの揶揄う気配にやや眉を寄せるグレイ。
「まぁ、怖いお顔♡」
パトリシアの方からはグレイが見えないはずなのに、まるで全てを見透かしたような物言いにグレイは盛大に舌打ちする。
いつも通りのやり取りに肩の力が抜け、知らず知らずのうちに力み過ぎていたのだと知る。
この悪魔にはお見通しらしい。
礼を言うのは癪なので、全てが終わったら約束した砂糖菓子を増やして渡すことに密かに決めた。
傲慢の目的は分かりきっている。
ユズリハを殺し、境界線の鍵を手にすること。
パトリシアの話を信じるなら、現世ではユズリハを放置するだけで境界線の鍵が手に入る。
境界線が崩れ、盟約も誓約も解除された現世なら悪魔らしく存分に力を発揮し、他者を蹂躙して覇王にのし上がるのも容易い。
「させません、よ」
そこには怒りや悲しみの色はなく、傲慢なんて気にも留めていないといった様子で。
「私のモノに手を出したのです。報いを受けて頂きますわ」
縛りプレイなんて燃えますねぇ、とパトリシアはニヤリと笑い屋根の上に大鎌の柄を突き立てる。
夜風がパトリシアの腰まである淡いピンク色の髪を靡かせて、彼女の身体が淡く光を浴びる。
それはまるで神話に出てくるような神秘的な光景なのに、対比するかのようにパトリシアが纏う空気が一気に重く禍々しいものに変わった。
「相変わらず、下品な女だな」
何もなかった暗闇に光が集まり、あっという間に人型を作る。
現れたのは、ユズリハを腕に抱いた傲慢。
そっと屋根にユズリハを下ろし、
「すぐに始末しますので、少々お待ちを」
どうぞこちらでご観戦くださいと恭しく礼をして、ユズリハの前に線を引く。ユズリハの周りには光の壁が出来上がり、彼女は世界から隔絶された。
「まぁ、失礼な。このドレスの良さが分からないなんて。"傲慢"、あなたセンスがないんじゃなくって?」
ふふっと楽しげに歌うようにそう告げるパトリシア。
「魔王代理権限を全て渡してもらおうか」
もはや隠す必要も取り繕う必要もないのだろう。
パトリシアに対しての口調は傲慢なものに変わり、向けられた声には敵意が滲む。
魔王代理権限は渡せと言われて取り出せるものではないと傲慢が知らないはずがない。
つまり、この争いはどちらかが倒れるまで終わらない。
ここに来るより前から、パトリシアの答えは決まっている。
「別れを惜しむ仲でもありません。さぁ、終わりをはじめましょうか?」
パトリシアは大鎌を振り上げて高らかと開戦を告げた。
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