21.デートとは、互いを知るために行うものである。
デートと称してパトリシアが連れて行かれた先は、観光名所の一つである大聖堂だった。
「傷は、まだ痛みますか?」
「いや、大したことはない」
実際ズタズタに引き裂かれたとは思えないほどの治り具合で、傷跡こそ痛々しいがパトリシアのおかげで動くのに支障はなかった。
「それよりもお前はこういう場所に立ち入って平気なのか?」
まぁ、グレイの受け持ちしている教会でも最前列でペンライトを振り回していたくらいだ。
多分大丈夫なのだろうけど、と思いつつグレイはパトリシアに尋ねる。
「旦那さま。そういうことは普通連れてくる前に確認するべき事項ですわ」
ふふっと楽しそうに笑ったパトリシアはステンドグラスを眺めながら、
「旦那さまのお言葉をお借りするなら"お前の悪魔情報ほぼほぼ間違ってんぞ"ですわ」
綺麗ですねとグレイの方を見返した。
「それにしても随分とヒトの多い」
物珍しげに視線を流していたパトリシアの空色の瞳は一点を見つめ、止まる。
「……クロア」
「そう、大聖女クロア・ファリシア」
大聖堂に飾られたそれは異界大戦の象徴と戒め。
この国の人間なら一度は目にしたことがある像の前で足を止めたパトリシアはただじっとそれを見つめる。
パトリシアの目に懐かしさと哀惜の色が宿る。
「お花、あげてもいいですか?」
パトリシアは大聖女の足元に供えられた沢山の花と花売りを指差しグレイに尋ねる。
「ヒトとは、そうやって死を悼む生き物なのでしょう?」
我々にはない文化ですけど、と言ったパトリシアに、
「ああ、そうだな」
と肯定したグレイは花束を購入し、パトリシアに渡す。
ヒトの中に混ざり膝を折って手を組み目を閉じて祈るパトリシアの姿は、人間と何も変わらなくて。
随分長い間そうしていたパトリシアが立ち上がるまで、グレイは静かに待っていた。
大聖堂を後にして、街中をふらりと歩いた後は露天でいくつか食べ物を買い込んで、見晴らしが良い展望台にやってきた。
寒さのせいか人気はなく、世界から切り取られたようにひっそりとしていた。
「食べるか?」
差し出されたパンをじっと眺めたパトリシアはゆっくり首を振る。
不要な嗜好品を味わえるほどの力がもうパトリシアの中には残っていなかった。
それを誤魔化すように、パトリシアは静かに口を開く。
「少しだけ、クロアが言っていた事が理解できた気がします」
「なんて、言っていたんだ?」
「世界はとても残酷で、誰にでも平等に冷たくて。でも時々びっくりするくらい美しいから、手を伸ばさずにはいられないのだと」
何もない空に向かって手を伸ばすパトリシアは、
「ああ、きっとクロアは顔も知らない神様とやらではなくて、自分自身に誓っていたのですね。こうでありたい、と」
腑に落ちたように静かにそう口にする。
「きっと、あなたもそうなのでしょう。得体の知れない存在に縋らず、祈らず、自身の力で切り開く」
決めてしまったのですね、と空色の瞳はグレイの覚悟を拾い上げる。
「俺のところにユズリハが戻ってこなくても、それをユズリハが自分で決めたならそれで良い。ユズリハがどこかで生きているほうが、ずっといい」
たとえ、異界の一員になって二度と会えなくなったとしても。
妹がユズリハとして生きているならそれだけで。
「だから、そのためにできることならなんだってする」
シーブルーのその目は一切の迷いはなくそう言い切る。
「俺の事はともかく、今のユズリハはお前の事も分からないようだった。アレは、傲慢の能力なんだろう」
傲慢は異界大戦の記録に数多く記されていた。
つまりそれだけ多く人前に現れ、ヒトと接触し、その異能を晒していたということ。
ヒトのような取るに足らない存在に、異能がバレたところで痛くも痒くもないと言わんばかりに。
過去の記録と実際に遭って認知すらできなかった事情を照らし合わせたグレイは、
「傲慢の能力。多分、幻惑なんて生易しいものではない。あれは事象の改竄だ」
そう結論付ける。
時間も記憶も捻じ曲げて、過去を造り変える異能。
他者を踏み躙るその存在はまさしく"傲慢"。
「傲慢の異能で事象が改竄されるなら、仮に銃弾が届いてもなかった事になる。だとすれば人間の俺には、ユズリハのあの状態を解く術がない」
「そうですね。一度の対面でそこまでご理解頂けるだなんてさすが旦那さまですわ」
グレイの言葉を肯定したパトリシアは、
「説明の手間が省けました。ですから、旦那さまは大人しく」
グレイを置いて行こうとする。
「だが、手がないわけではない」
そんなパトリシアの言葉を遮ったグレイは、
「アイツは、ユズリハが"命じた"途端に嫌な気配が跳ね上がった。ということは、傲慢も例に漏れず盟約に縛られ"制約を受けている」
そうさせないための言葉を重ねる。
「俺一人なら到底無理だろう。そして何らかの制約を受けているパトリシアもユズリハが"命じた"状態の傲慢相手では分が悪い」
一人で行かせまいとパトリシアの手を掴んだグレイは、
「敵が同じで目的も同じ。なら、協力し合う理由にはならないか?」
縛りプレイが好きなんだろ? と挑発した。
「……不様にボロ雑巾のごとく切り裂かれたくせに、よく見ていらっしゃいますね」
ふふっと応戦するように笑ったパトリシアは掴まれているグレイの手に自身の手を重ね、手首からそっと剥がすとそのままグレイの手を自身の頬に当てる。
「その要求は棄却いたします」
黙ったまま何故、と尋ねるその目を真っ直ぐ見つめ、パトリシアは言葉を紡ぐ。
「私にかけられた制約は契約遵守。破ればペナルティを受けます。ゆえに契約の執行はそれがどんな内容であろうとも私にとって最優先事項なのです」
「最優先事項? 絶対、ではなく?」
問われたパトリシアはフルフルと首を振り、
「この世界はとても退屈、だったのです。他者を問答無用で蹂躙できるほどの力を有し長い時間を生きてきた私にとっては」
そう告げる。
パトリシアにとって契約遵守は制約を破った事によるペナルティを受けないためのものではなく、ただ単純に退屈な毎日にスリルをもたらすために設けたものでしかなかった。
だから、自ら上げたハードルで制約のペナルティを受けてもそれならそれで構わなかった。
けれど、今は違う。
「それを除いても私はあなたを殺したくありません」
パトリシアは今までのグレイの行動と先程なんでもする、といった彼の決意を思い出す。
その言葉に偽りはなく、本当にグレイはなんでも差し出すだろう。
パトリシアが傲慢に対抗するために必要だといえば、その命さえも。
今まで多くの命を刈り取ってきたし、沢山の命を見送ってきた。
それはパトリシアにとって当たり前の日常で、そこに躊躇いなどなかった。
そんなパトリシアが自分の力を削り直接干渉してまで誰か助けたのは初めてのことだった。
なぜ、そうしようと思ったのかパトリシア自身にも分からない。
この不可解な選択をさせたこの気持ちをヒトは何と呼ぶのだろう。
そんなことを考えていたパトリシアの耳が、
「なら、そうならないようにすればいい」
勝手に殺すな、と呆れたようなグレイの声を拾う。
「アイツをぶっ飛ばして全部取り返す」
単純な話だろう、とさも当然のように言い切ったグレイを見ながらパトリシアはパチッパチッと空色の瞳を瞬かせる。
グレイのその目は何一つ諦めていなかった。
「ふふっ、なんて"強欲"な」
そうだった、とパトリシアは今更ながら思い出す。
悪魔であるパトリシアにとって、人間なんて片手で消し去れるほどか弱い存在だというのに、その内は悪魔に劣らず"傲慢"で"強欲"。そして、悪魔にはない熱意を秘めている。
覚悟を決めた人間が何かを成し遂げようとする時、それは予測をはるかに超えた結果をもたらす事がある。
『だからね、それをヒトは』
奇跡、と呼ぶのだとかつて親友が言っていた。
そして、彼女は成し遂げた。自分のために異界と現世を分けるなんて荒技を、悪魔と魔王を利用して。
パトリシアは真っ直ぐとシーブルーの瞳を映す。
クロアの魂を持つ、ユズリハと同じ色の瞳。
もしかしたら、と奇跡とやらを信じてみたくなる。
「そうですわね。私、縛りプレイが好きなんです」
ハードルが高ければ高いほど燃えますね、と笑ったパトリシアは、
「反撃開始といたしましょうか。旦那さま」
とても楽しげにそう宣言した。
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