19.伝言ゲームとは、往々にして正確には伝わらないものである。
かつて、こちら側とあちら側は出入り自由の状態だった。
つまり、いくらでも人間側に出入りできた魔のモノは好きなだけこちら側を蹂躙できていたわけだ。
当然、そんな状態に対抗すべく教会を中心に抗ったが人類の敵う相手ではなかった。
大聖女、と呼ばれる存在が生まれるまでは。
聖女はヒトでありながら、悪魔と呼ばれる異界のモノと同じ異能を扱えた。
魔王と渡りあえるほどに。
おそらく、彼女はあちら側の存在の血を引いていた。血と能力を受け継いで、なおヒトである事のできた稀有な存在だったのだ。
彼女は言った。
『さぁ、聖戦とやらをはじめましょうか?』
己の存在価値と矜持を賭けて。
「……とまぁ、こんな感じで異界大戦がはじまったわけなのですが」
"誰でも分かる異界大戦"ダイジェスト版と書かれた紙芝居を手に過去の出来事を語るパトリシア。
が。
「まてまてまてまてまてっーー!」
開始数秒でグレイからツッコミが入る。
「どうされました、旦那さま?」
もう質問ですか? とパトリシアは首を傾げる。
「なんなんだ、そのファンシーな絵は」
大聖女が異界のモノの血を引いていただとか割と衝撃的な事実が告げられたはずなのに、ファンシーさを前に全部台無し。
画風が画風なだけに緊迫した歴史的出来事が一切頭に入って来ず、しかも妙に上手いのが腹立たしい。
誰だよ、これ作ったのはと盛大に文句を述べたいグレイに。
「あちらでは子どもの教育にも使う割とメジャーなものですよ。魔王さま自ら手がけられましたし」
可愛いじゃないですか! と異議を認めないパトリシア。
「お前んとこの魔王暇か!!」
これ読むのすっげぇ苦痛なんだけど、と紙芝居の続きをペラペラめくるグレイに向かって、
「暇、でしたよ。クロアを亡くしてから1000年。布教活動でもしないと、間が持たないくらいには」
パトリシアは静かに物語の続きを紡ぎ始める。
クロア。それは、こちら側の歴史書にも残っている大聖女の名前。
「クロアはそちらではきっと自ら仕掛けた異界大戦を終結させ、盟約と誓約を結び境界線を引くことで魔のモノを退けた英雄とでも語られているのでしょう」
「ああ、そうだな」
「では、どうやってクロアが境界線を引いたかご存知で?」
尋ねられたグレイはゆっくりと首を振る。一応表向きは聖職者なので一通りの教典や教会関連の書籍には目を通しているが、機密扱いなのか記憶ない。
「答えは簡単。大聖女は自ら異界に渡り、そして明確な線を魔王様に引かせ扉を閉めさせた。まぁ人間的にいうなら人柱ってやつですわね」
つまり、現在の平穏は大聖女という犠牲の上に成り立っているという事らしい。
「そんな顔をなさらないでください。人伝に聞く物語が角度を変えれば全く別物だった、なんて良くある話でしょう?」
旦那さまに裏の顔があるように、とパトリシアは目を細め銃を指さす。
「人間はいつだって嘘と本当を織り交ぜて都合のいい部分しか見せません」
そして我々だってそれは同じなのですとパトリシアは紙芝居を手に微笑む。
「逆もしかり。人間とて一皮剥けば、その奥にあるものは我々とさして変わらない。"傲慢"で"強欲"。"怠惰"でありながら"嫉妬"深く、あらゆるものに"憤怒"する虚栄心の塊。覚えがあるのではなくて?」
パトリシアに問われるまでもなく、それは常にヒトの中にある。
そして、それらが露見しない様に自分を作るのだ。
「……さっき、これは"布教"だと言ったな」
「ええ、布教です」
誰に、何を? と考えた時、グレイの中に一つの仮説が浮かぶ。
「…………詐欺師」
「正解です。旦那さまと同じですね」
旦那さまの聖職者っぷりもなかなか見ものですわとどこからかペンライトを取り出し振り回すパトリシア。
「大聖女クロア・ファリシア。稀代の詐欺師の名前ですわ」
ちなみに神聖力とかありませんでしたよ? とパトリシアは大聖女の正体を語る。
「クロアは頭と口の良く回る子で、口八丁手八丁で悪魔相手に詐欺を繰り返し契約に穴を開けてはただ働きさせる、異界でブラックリスト入りを果たした初めての人間でしたわ」
ふふっと楽しそうにクロアを語ったパトリシアは、
「そして、私は異界に渡ったクロアの世話係でした」
彼女が息を引き取るその日までずっと、とどこか遠い目をして、寂しげに告げた。
「ヒトで言うところの親友と呼ぶような間柄でした。まぁ、そんな私をノワールの狗などと呼称する者もおりましたが」
ノワールの狗。そう嫉妬が呼んだ時、パトリシアは冷たくそして怒りを秘めたような顔をしていた。
「ノワールは白から黒に堕ちた者。つまり裏切り者を指します。彼らとて地に落ちて真っ黒だというのに笑わせてくれますわ」
ふふっと冷ややかな笑みを浮かべるパトリシアの目は怒りに満ちていて。
圧倒的強者なのだと分かるほど、側にいるだけで皮膚を焼かれるようなひりついた感覚が全身に走った。
裏切り者を擁護する者。
そう言って来たモノを喰い千切れるほどの実力者。
そして、異界大戦について語れるだけの古参。
グレイの中で、パトリシアの正体が確信に変わる。
「人間はあたかも自分たちだけが被害者のように語りますが、我々だってそれなりに困っていたのですよ。勝手に領域を渡ってくる不躾な存在に」
そう言って懐かしそうに紙芝居を撫でたパトリシアは、
「だから、クロアの提案に乗ったのです。まぁ、平たくいえば異界大戦なんて八百長ですよ」
しれっと歴史的出来事の裏事情を暴露した。
「八百長。よく成立したな」
大聖女との関係を聞き終えたグレイは率直な感想も述べる。
「双方にメリットがあった、というのが一番大きな要因ですが」
楽しい事でも思い出したかのようにクスクスと笑ったパトリシアは、
「魔王さまはクロアの機転が利くところをたいそうお気に召しておりましたし、クロアはクロアで現世には居場所がなかった」
パタンっと紙芝居を机に伏せて、
「人間風に言うなら"運命"というやつだったのかもしれません」
静かに言葉を締め括った。
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