16.再会とは、思いがけないタイミングで巡って来るものである。
気を抜いていたつもりはなかった。
だが、一切感知できなかった。
「パトリシア!!」
「ご心配なく、この程度すぐに戻せます」
警戒心を馴染ませたパトリシアはグレイを見返すことなく手を元に戻し、大鎌を表出させる。
「……ハート、ない」
小さな少女の声がぽつりと静かに響く。
「ええ、アレのハートは既に抜いた後ですので」
瓶に詰められた心臓を手に抱えた白銀髪にシーブルーの目をした少女は、背の高い美丈夫に抱き抱えられていた。
そんなはずはない、と思いながらグレイは少女から目を離せなくなる。
「何故、あなたが」
嫉妬を相手にしていた時とは違い、一分の隙もないパトリシア。
「我が同胞、嫉妬は返してもらう」
パトリシアを見てにぃーっと不気味に笑った男はそのまま真紅の結晶をパクリと飲み込んだ。
「探し物は称号紋だろう?」
代わりに取り出したのは、空色の結晶。
「返しなさいっ!」
禍々しいオーラを纏い叫んだパトリシアに、
「おや、そんなに取り乱すほど、コレを所望しますか」
嘲笑ともに男は答える。
「そんなモノはくれてやります。ですから、ユズリハを離しなさい」
これはお願いではなく、命令です。そう言ったパトリシアの言葉を拾った瞬間、グレイの手から銃が落ちる。
「……ユズ、なのか?」
そんなはずはない。
だってもうアレから10年の歳月が流れている。
『いってらっしゃい、お兄ちゃん』
それでも目の前にいるのは、見間違いようがなく。
「ユズリハ!!」
連れ去られた時と同じ容姿のままの妹、ユズリハ・アーディその人だった。
地獄の始まりを忘れた事など一度もなかった。
ただ、たった一人の妹を取り戻したかった。それこそ、どんな犠牲を払っても。
「ユズ。ユズリハなんだろ?」
時が止まってしまったかのようにいなくなった時と同じ姿のユズリハにグレイはそう話しかける。
だが、青く澄んだ瞳は真っ直ぐグレイを映したまま。
「……あなた、だぁれ?」
と首を傾げた。
「そっか。俺の事、覚えてないか」
随分と時間がかかったしなとつぶやいたグレイは落とした銃を手に取り構える。
ユズリハが覚えていなくても構わない。
ユズリハが何者になっていたとしても、彼女が妹であることに変わりはない。
なら、やる事は一つだ。
「今助ける。話は全部それからだ!!」
グレイは迷いない足取りでユズリハを抱える男に向かって走りながら発砲した。
足を狙った銃弾は全て外れる。照準は確かに合っていた。
銃弾が届くより相手の避けるスピードが速いのだ。
「ふふ。こんなオモチャで私に挑んでくるだなんて」
格の違いすら分からないなんて困ったものですねと余裕を浮かべていたその頬に痛みが走る。
「っち、掠った程度か」
次は当てるとグレイは目を逸らす事なく弾を込める。
男は頬に手をもっていく。ぬるりと紅い液体が指先についた。本来であれば悪魔である自分にただの銃弾が掠めた程度で傷がつくはずもない。
なるほどとつぶやいて乱暴に血液を服で拭い取った彼は、
「聖銃、というやつですか。久しぶりに拝見いたしました」
随分と昔の品をお持ちなのですね、と口角を上げる。
「一応表の生業は聖職者なんでな」
自動式の拳銃が主流になった今ではもう使っている人間なんてほぼいない異界大戦時代の聖遺物。
グレイはもしもの事態に備えてずっとこの銃を愛用してきた。
「ふっ、どうやらあなたはこの世界の神様とやらに随分と気に入られているようだ」
鬱陶しいほどの神気と加護ですねと頷き、ユズリハをそっと降ろすと。
「アレ、目障りなので早々に始末しちゃいましょう♪」
ついでにあの心臓も取って参りますよとユズリハに微笑んだ。
「……分かった。お願い」
コクンと小さく頷いたユズリハは、
「我が悪しき名において命令する。"傲慢"よ、迎撃せよ」
淡々とした口調で命令を下す。
途端、男の姿が変わる。
それは荘厳と呼ぶに相応しい黒い羽を持った美しい悪魔の姿だった。
グレイは銀色に輝く銃弾を取り出すと、次は外さんと狙いを定める。
「羽が生えたくらいで調子に乗るなよ、悪魔が」
グレイが銃弾を連射したのと、
「いけません、旦那さまっ!」
パトリシアがそう叫ぶのはほぼ同時で。
「……がはっ……」
口内に血の味が広がり、四肢を引き裂かれるような痛みがした。
視界が真っ赤に染まる。
何が起きたのか、理解することすらできないなんて経験、殺し屋家業に手を染めて10年で初めてのことで。
「動いてはいけません、旦那さま」
「……はな……せ」
薄らいでいく意識の中で覚えているのは、必死に制止するパトリシアの声と。
「おや、まだ生きていましたか」
真っ黒な悪魔からの見下すような嘲笑。
「……ユズ」
ようやく見つけた妹に、手を伸ばすことすらできない絶望感。
「ユズリハっ!!!!」
最後の気力を振り絞って叫んでも、ユズリハにその声が届くことはなく。
白銀の髪は背を向け、振り返ることすらしない。
真っ黒な闇に押さえつけられ、胸に爪を立て抉られる。
そんな感覚を最後にグレイの意識は途絶えた。