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15/27

15.安息とは、自宅に戻るまで得られないものである。

「……終わった、のか?」


 パトリシアの周囲から禍々しいほどの圧が消え、グレイが声をかける。


「一応、コレに関しては終わりです。私の探し物ではなかったですけれど」


 掌で真紅の結晶を弄ぶパトリシアは、グレイの問いかけに答える。


「ハズレって事か?」


「先程"嫉妬"が言っていたように、彼女は私の階級証(称号紋)を所持しておりませんでした」


 パトリシアは嫉妬(エンヴィ)から奪い取ったそれを階級証(称号紋)と呼び、グレイに真紅の結晶を見せる。


「コレは、存在の証であると同時にその特性に応じて様々な権限が付与されるアイテム」


 故に、我々は常にコレを欲しているのですとパトリシアはグレイに説明する。


「とはいえ、さっきあの子が自分で言っていたように、これだけの事を起こせる力があの子にあったとは思えませんし。"嫉妬"にヒトの臓器への執着はない」


 "嫉妬"の執着対象は"美"ですからと眉根を寄せるパトリシア。


「心臓はコールトンが集めていたんじゃないのか?」


「屍体愛好家なのに、ですか?」


 グレイの問いかけに問いかけで返すパトリシア。


「私の認識では、その手の類の人間は一部を蒐集して満足するような存在ではなかったかと」


 パトリシアの指摘によくよく思い出して見ればコールトンはパトリシアを認識し、空の胸部に歓喜した。動く屍体と。

 では、一体誰が? 

 何の目的で?

 そもそもコールトンの言った"あの方"は本当に嫉妬(エンヴィ)だったのか?

 考え込んでしまったグレイに白い指を伸ばしたパトリシアは、


「まぁ、難しいお顔」


 凛々しいお顔も好きですけどと言いながらぐぐーっと眉間の皺を伸ばそうとする。


「って、何してやがる」


 やめろっと払ったグレイに、


「人間とは笑っていないと不幸になってしまう生き物なのだそうですよ」


 と優しげに笑うパトリシア。


「だから、どこ情報だそれは」


 すっかり毒気を抜かれたグレイは、呆れた口調でパトリシアを見る。

 先程嫉妬(エンヴィ)と対峙していた時に感じた禍々しさはなく、お疲れ様でしたとまるで猫のように擦り寄ってくるパトリシアにうっかり情がうつりそうになったグレイは慌てて首を振った。


「ここで議論したところで何も変わらん。とりあえず一度戻るか」


 差し出された手とグレイのシーブルの瞳を見つつ驚いたように空色の瞳を瞬かせたパトリシアは、


「そうですね。ご褒美忘れないでくださいまし」


 私お腹が空きましたと満面の笑みでグレイに腕を絡める。


「引っ付くな、鬱陶しい」


「あら、うら若き乙女の肢体ですよ?」


 いかがです? とパトリシアは柔らかな肉体をぎゅっとグレイに押し当てる。


「若いって、お前俺よりずっと年上だろうが」


 全く動じないグレイに、


「あーレディに数字がつくものは厳禁なのですよ」


 ぷくっと頬を膨らませるパトリシア。


「とにかく、帰るぞ」


 いつも通り呆れを馴染ませた口調。なのに、絡めた腕は振り払われることはなく。

 だからといって心を赦すほどには隙がない。

 もし、今自分が武器を取り出したなら、きっとグレイは顔色一つ変えず応戦してくるだろう。

 だが、その瞬間まできっと彼はこの手を払わない。

 ここにいるのが骸に身を寄せた異界の存在だと分かっていても。


「……旦那さまは、何というか」


 殺し屋という職業を生業とし、狙った獲物には容赦ないくせに、それ以外に対し冷酷になり切れないという矛盾。

 神を信じていないこの聖職者は一体誰に何を祈るのか。


「なんだよ」


 なんて複雑で奇怪で面白い存在なのだろう、とパトリシアは海の底のように奥底に秘めたモノが見えない仄暗い瞳を眺めながら思う。

 一言で言えば興味が尽きない。

 が、グレイに対する正しい表現が分からなかったので。


「砂糖菓子のように甘ったるい存在ですね」


 砂糖菓子食べた事ないですけど、とにこやかにパトリシアは笑った。


「ああ゙!?」


 喧嘩なら買うがとじとっと睨んでくるシーブルーの瞳。


「あら? これは褒め言葉ではありませんの?」


 人間皆甘いお菓子が好きなのでしょう? と首を傾げるパトリシア。

 きょとんとした顔を見ていつものごとくほぼほぼ間違った人間情報で悪気はないらしいと悟るグレイ。


「……違う。つーか、砂糖菓子も食ったことねぇのかよ」


「必要ありませんので。あちらにはヒトの嗜好品などありませんし」


 ふるふると首を振るパトリシアに。


「必要がないだけで、食えないわけではないのか」


 とグレイは問いかける。


「そうですねー。元来私達とヒトとは味覚が異なりますが、この入れ物は元々人間(パトリシア)の身体ですから」


 食べようと思えば食べられますねとパトリシアは簡潔に答える。


「なら、後でやる」


「はい?」


 瞬く空色の瞳に、


「まだパトリシアは出て行きそうにないからな。いい加減、その間違った人間情報正しとけ」


 だいたい、その情報は誰に吹き込まれたんだと呆れるグレイ。

 パトリシアにとって妻だと名乗ってグレイに絡む日常は気まぐれにはじめたごっこ遊びに過ぎない。

 だが、放っておけばいいのに一々真面目に取り合おうとするグレイを見て思う。


「……ふふっ、旦那さまはやっぱり甘々ですねぇ」


 ヒトはこの温かな気持ちに何と名前を付けるのだろうか、と。


「そうですね。戻ったら紅茶をお淹れしましょう。ハズレとはいえ収穫はあった事ですし、これからじっくりコレを解析して」


 パトリシアの言葉は途中で途切れる。

 取り出した真紅の結晶はパトリシアの手ごと消失した。

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