12.攻撃とは、的に当たらなければ意味がない。
「あっれぇ〜、おっかしいなぁ。何でまだ生きている人間がいるのかしら?」
舞台にひらりと上がった彼女は全部爆ぜさせたはずなんだけど、とグレイを見て不思議そうな顔をする。
言われてようやく気づいたが、確かにヒトの気配が全くしない。
「ふふ、旦那さまはゲストではなく"商品"ですから」
くるくると指錠を回し楽しげに種明かしをするパトリシアは、
「私、これでも美食家なので。愛する旦那さまに、香水臭い女の匂いが混ざっては堪りませんもの」
手垢でもつこうものなら、相手をすぐさま殺してしまいますわ、と余裕の笑みを浮かべる。
「調子に乗るんじゃないわよ! この女狐がっ!!」
パトリシアに"嫉妬"と呼ばれた彼女が叫ぶと同時に、彼女の周辺の地面が爆ぜて消し飛ぶ。
「あら、随分お元気そうですわね」
最後にお会いした時は死にかけてましたのに、と目を細めるパトリシアに、
「ふふふふふっ、アタシが今一体いくつ魂を喰ったと思う?」
空中に怪しく光る丸い球体をいくつも浮かべて"嫉妬"はそう尋ねる。
「申し訳ありませんが、あなたと違って私にガラクタを数える趣味はありませんの」
挑発的な視線で突っかかってくる"嫉妬"にふふっと淑女らしい笑みを浮かべたパトリシアは、
「私、現在愛しの旦那さまの拘束プレイ及び痴態に悶え苦しむ様を眺めるのに忙しいので」
ぐっと親指で後ろにいるグレイの事を指差した。
「……痴態なんぞ晒した覚えねぇよ!」
淑女を演じるなら最後までやれよ! と全力で抗議の声を上げたグレイは、
「コレがお前の探し物か?」
と愛銃を構えながらパトリシアに尋ねる。
パトリシアはアレを"嫉妬"と呼んだ。人型を保ちつつも明らかにヒトではない禍々しい存在。
グレイの表の仕事は一応とはいえ聖職者。嫌というほど読まされた教典の中でその呼び名を目にした覚えがある。
それは異界と現世を境界線で分ける前に起きた異界大戦であちら側の主力であった七大悪魔の一人。
"嫉妬"の位を持つ上級悪魔エンヴィ。
誓約と盟約を捻じ曲げ境界線を越えてこちら側に来たにも拘らず、悪魔本体の姿で現れた彼女がダメージを負っている様子はない。
思念体だけコチラに渡り、遺体を依代としなければ存在できないパトリシアとは明らかに異なる。
「どうでしょう? こんな小者に奪われるほどうっかりさんだった覚えはないのですけれど」
だが、緊迫した様子で隙なく構えるグレイとは対照的に七大悪魔の称号を持つエンヴィを小者呼ばわりしたパトリシアは、
「お昼寝から覚めたらなくなってたんですよねぇ。階級証」
寝てたから誰に盗られたか実は知らないんですと笑い飛ばす。
「十分うっかりじゃねぇか!」
境界線を渡って来れる時点でなんとなく階級持ちの悪魔なんだろうとは思っていたが、上級悪魔がいいのかコレで? とグレイは突っ込まずにはいられない。
「どうぞご心配なく、旦那さま。階級証を失くしたことが魔王様にバレる前に回収できればノープロブレムですわ」
階級証の代わりに別の悪魔から身分証を剥ぎ取っておきましたので、異界に渡った事もバレませんわと何故かドヤ顔のパトリシア。
「大丈夫要素が一つもねぇ」
お前、さっさと帰って罪を償って来た方がよくないか? と余罪の多そうなパトリシアに呆れるグレイ。
「そうですわねぇ。旦那さまが聖職者らしくありがたーいお話の一つでもしてくださるなら、ペンライトと推しうちわを待って懺悔室にお伺いしますけど」
「悔いる気一切ないな!?」
懺悔室はそういうとこじゃねぇんだよ、とツッコむグレイの頬に痛みが走る。
ぐいっと拭えば紅い血がついていた。
「最期の語らいは終わったかしら?」
ポンポンっと球体を指先で操るエンヴィがそれを投げるとグレイのすぐ側の地面が抉れた。
「要するにソイツはもう七大悪魔ですらない、ただの死に損ない。アタシの敵じゃない」
今持ってる称号紋も剥がして闇に返してあげると口角を上げ牙を見せたエンヴィは、
「そのお気に入りを壊したら、アンタはどんな顔をするのかしら?」
そのヒトを小馬鹿にしたスカした態度が昔っから大嫌いなのよ! とパトリシアとグレイに指を向け連続的に攻撃を仕掛けてきた。
グレイの側で小さな球体がいくつも爆ぜる。
一つ一つの威力は高くないが弾切れしない銃弾を撃ち込まれているような状態にグレイは舞台から飛び降りて客席の間に身を隠す。
「随分嫌われてるみたいだな」
「ふふ、彼女は昔っから"嫉妬"深いのです」
その名の通り、と涼しい顔で笑うパトリシア。
「名前を当てろ、と言ったな。お前の方が"嫉妬"より序列は上か?」
「お前ではなく"パトリシア"ですわ、旦那さま」
ぷくっと頬を膨らませたパトリシアは、
「ノーコメントですけど、もし当てられたら、豪華賞品を差し上げますわ」
確率は7分の1ですよと楽しげに返す。
その瞬間、すぐそばにあった台や椅子が消し飛んだ。
嫉妬がアレなら、実質6分の1だけど、と思いつつ、
「ちなみに解答権は一回か?」
とパトリシアに確認する。
「ええ、他の悪魔の名前で呼ばれるだなんて耐えられませんもの」
空色の瞳はこんな状況でも楽しんでいるようで、焦りの色が全く見えない。
「じゃあ、いい」
「いい、とは?」
「解答するのは、もう少し絞れてからにする」
アレはパトリシアより小者なんだろう? と銃の状態を確認したグレイは、
「あの程度自分でどうにかできないなら、お前から逃げ切るの無理そうだしな」
鬼ごっこは割と得意分野だと言って走りはじめた。
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