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11.契約とは、注意事項を読み込んでおかなければ痛い目をみるものである。

「旦那さまはすでに売約済みなのでお売りできませんが、コチラをどうぞ」


 グレイに呼ばれたパトリシアがアタッシュケースを派手に舞台上に投げ入れれば、まるで花びらのように金が舞う。

 途端、会場は様々な人間の欲望の渦に包まれる。

 そんな人間には興味がないと言わんばかりのパトリシアは自分に注がれる視線には一瞥もくれず、支配者のごとく優雅な足取りで真っ直ぐグレイの元までやってくると、


「私はこんな紙切れになどに興味はありませんが、人間とはこういう演出がお好きなのでしょう?」


 愛おしげな表情でグレイにのみ微笑みかける。


「だから、どこ情報だそれは」


 まぁ、概ね合ってるけどと返すグレイは、


「さっさと指錠(コレ)を外せ」


 あと俺の銃も返せとパトリシアに命令する。


「あら、私といたしましてはもう少し囚われの旦那さまを愛でるのも一興かと思っていたのですが」


「捕らえたのお前だろうが」


 拘束プレイは得意分野ですわ、と楽しげな空色の瞳を睨んだグレイは、


「そういうのを自作自演っていうんだ」


 と呆れた口調でそう言った。


「せっかちな旦那さまですね」


 ふふっとまるで女神のような笑みを溢したパトリシアはドレスの胸元に手を入れ鍵を取り出す。


「……お前、どこに入れてんだよ」


「ちょうどいい空間がありましたので」


 ズレたドレスの隙間から露見したのは胸元にある大きな傷。本来なら、そこにはパトリシアの心臓があったはずの空洞。

 コツ、コツっとヒールの音を響かせて近づいてくるパトリシア。


「ああ、ああ。本当に! 本当にいたんだ!!」


 それまで事の成り行きをただただ見ている事しかできなかったオークションの主催者は、パトリシアをもっとよく見ようと自ら仮面を外す。

 曝された顔はやはりコールトンだった。


「ああ、私の愛しの動く屍体(パトリシア)!!」


 コールトンはパトリシアの胸元を凝視しながら、歓喜というより狂気に近い色の声を上げた。


「あの方の言うとおりだ! あの方に従えば私の女神は私を訪ねてきてくださると」


 熱に浮かされたような虚な瞳でそう言ったコールトンはおぼつかない足取りでパトリシアに近づき、手を伸ばす。


「バカ、やめろっ!!」


 パトリシア(悪魔)に近づくなとコールトンにグレイが叫ぶ。


「ぎゃあーーーー」


 だが、その忠告も虚しくコールトン伸ばした指先がパトリシアに触れる直前、彼の腕から先がなくなり叫び声が場内に響いた。


「躾のなっていない狗ですねぇ。許可なく淑女(わたくし)身体(モノ)に触れようだなんて」


 パトリシアの手にはいつの間にか大鎌が握られており、そこからは紅い雫が滴り落ちる。

 一瞬、会場が静寂に包まれた後、状況を理解した人々の絶叫が響く。

 コールトンを見て逃げだそうとパニックに陥った人々は蜘蛛の子を散らすように他者を押しのけ出入り口へと走っていく。

 そんな会場中に蔓延る絶望の音を全て無視したパトリシアはコツコツとうずくまるコールトンに近づくと大鎌の刃で彼の顎を持ち上げ、にこっと微笑む。

 だがその空色の瞳は全く笑っておらず、見ているだけで背筋が凍る。


「不誠実な方。そんなにプンプンと他の(悪魔)の匂いを纏わせているくせに、私を欲するだなんて」


 パトリシアが大鎌を横に引けば、ぱらりと衣服だけが破ける。

 顕になった皮膚には紫色の契約印が浮かんでいた。


「あら、まぁ。あなた(・・・)でしたか」


 その契約印を見て、にやぁぁっと楽しげに目を細めたパトリシアは、


「旦那さま、お客様がお見えです」


 迎撃の準備を、と告げパチンと指を鳴らし、グレイを檻から解放した。

 檻から出たグレイはコールトンにまだ息があることを確認し、すぐさま止血を試みる。


「やり過ぎだろうが」


 コールトンにはまだ吐かせなければならない事が多々ある。ここで死なれては困る。


「約束通り、コールトン(コレ)は俺が貰う」


 そう宣言するグレイを不思議そうに見つめたパトリシアは、


「……人間とは難儀な生き物ですわね。皆殺しの方が楽ですのに」


 そんな無価値な存在(ガラクタ)で良ければどうぞと了承する。


「人間には人間のルールってモンがあるんだよ」


「ああ、そう言えばあの子(・・・)もそんな事を言っておりましたわね」


 ぽんっとわざとらしい動作で会得を告げるパトリシア。

 あの子? とグレイが首を傾げたのと、止血が完了したコールトンの身体が内側から爆ぜたのはほぼ同時だった。


「なっ!?」


 コールトンはもはやヒトの形を成しておらず、血溜まりだけを遺して存在が消滅していた。


「あらあら、まぁまぁ、なんてこと」


 それは旦那さまの獲物でしたのに、とパトリシアは視線を上げると、


「望みを叶えずに殺してしまうだなんて、契約違反ではなくて? "嫉妬"」


 何もない暗闇にそう問いかけた。


「ふ、あははははははっ!! 契約違反!? 随分な言いがかりじゃない?」


 パトリシアに応じるようにコツコツコツコツと足音を響かせて姿を現したのは、真っ赤なミディアムヘアの髪に燃えるように紅い瞳をした女の子。


「ソレは、アタシという契約者がありながらアンタにうつつを抜かしたのよ?」


 その身を纏う赤と黒を基調とした露出度の高いドレスは見た事のないデザインで。

 

「契約違反はソイツの方でしょ」


 だから爆ぜたのよ、と傲慢にそして尊大に言い放った彼女の頭部にはヒトにはないツノが生えていた。

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