#悪役令嬢と聖女様(多分)
従者が扉をバタンと閉める音が響き、ナルシアは肩の力を抜いてホッと息をついた。
「はっはっは!ナルシア最高すぎ!」
「笑いすぎよ!」
「いやー、あの3人の顔と言ったら、まるでヒュドラの尻尾を踏んだくらい青ざめてたぜ。」
「まあ!私のことをヘビなんかと一緒にしないでちょうだい!」
アルフォンスの大きな笑い声が、静かな廊下に響き渡る。長い廊下の両側には絵画が並び、煌びやかなランプが灯されている。お茶会の後、まだ会話を楽しんでいる貴族たちの姿もちらりと見える。ふと視線を向けると、ナルシアが助けた少女が少し気まずそうに俯いているのが見えた。まだ震えているのか、手をぎゅっと握りしめている。
「あなた、大丈夫?」
「は、はい…助けていただきありがとうございます。」
「そう、よかったわ…えーと…」
「も、申し遅れました!セレスティア・オーレリアと申します、爵位は男爵です。」
ナルシアは少女の名前を聞いたが、どうしてもピンと来ない。ゲームの中では自ら名前を入力するから、聖女だと確信するのは難しかった。
その時、少女は小さく足を踏み出し、ぎこちないカーテシーを見せる。目を見開いたナルシアは、そのカーテシーの不器用さに思わず驚きを隠せなかった。
「壊滅的に下手だな。」
アルフォンスが何の気なしに口にしたその言葉に、ナルシアは思わずアルフォンスを肘で軽くつついた。
改めて少女をじっくりと見ると、彼女のドレスは色が薄れてきているピンク色で、裾が少し擦り切れているようだった。アクセサリーも、つけているのは小さな赤いハートのネックレスだけ。それも、どこか使い古された印象を与えている。
さらに目を落とすと、靴が明らかに大きすぎて、歩くたびにガタガタと音を立てていた。きっと誰かのお古なのだろう。
「よかったな、オーレリア嬢。ここにはきっと帝国で一番綺麗なカーテシーをするナルシア嬢がいる。真似するならおすすめするぜ。」
アルフォンスの発言に、ナルシアは思わず目を輝かせ、「それだわ!」と勢いよく声を上げ、セレスティアの手を強く握りしめた。
「私がカーテシーを教えてあげるっていうのはいかがかしら!?」
セレスティアは突然の提案に驚き、顔を赤らめながら目を大きく見開いた。周囲の視線を感じ、少し慌てた様子で口を開く。
「え!いや…そんな、ご迷惑をかけるわけには…」
ナルシアは軽く肩をすくめ、セレスティアを見守りながらにっこりと微笑んだ。
「迷惑なんてとんでもない!私、家ではずっと勉強ばかりで、そろそろ飽き飽きしていたの!私の息抜きだと思って手伝ってくれないかしら!」
セレスティアは少し戸惑いながら視線を落とす。やっぱり少し、緊張が解けない。
ナルシアはその様子を見て、少し強引すぎたかもしれないと反省し、握っていたセレスティアの手をゆっくりと離した。
「ごめんなさい、私。少々強引でしたわね」
「……ま…」
セレスティアは顔を上げると、決意を込めて口を開いた。
「や、やります!!実はさっき、あの令嬢たちにおばあさまのドレスをバカにされたことも、お茶を飲むときに食器の音を立てて笑われたことも、本当はとっても悔しかったんです!」
セレスティアは今度は自分からナルシアの手を強く握り返してきた。その力強さに、ナルシアは少し驚き、心の中でその気持ちを受け止めて返す。セレスティアの目には、悔しさと決意が色濃く浮かんでいた。
ナルシアはその手をぎゅっと握り返し、優しく微笑んだ。
「厳しくいくわよ。」
セレスティアはその言葉に背中を押されたように、目をキラキラと輝かせて力強く答えた。
「はい!!」
その返事には、決意とやる気がみなぎっていて、廊下の静けさの中に少し明るいエネルギーが満ちたように感じられた。二人は再び歩き出し、廊下の絵画が、まるでその変化に合わせて少し色鮮やかに見える気がした。