#悪役令嬢と騎士団長
突然の出来事にナルシアは動揺を隠しきれなかった。ナルシアの記憶を辿っても、この少年とは一度も会ったことがなかった。それなら迷子だろうか、とナルシアは泣きじゃくる男の子の背中をぎこちなく撫で、落ち着かせることにした。
「…何してるんだ、アルフォンス」
騎士が呆れたように少年に声をかけた。知り合いなのだろうかと、さらにパニックになるナルシアに、騎士が「お知り合いだったんですね?」と言うと、ナルシアは音が鳴りそうなほど首を左右に振って否定した。
「アルフォンス、離れろ。ナルシア様が困ってる」
首根っこを掴まれた少年は仕方なさげにナルシアから離れる。しかし、その表情は名残惜しそうで、胸がきゅっと締め付けられた。
「アルフォンス…?まさか騎士団長の…?」
「なんだ、やっぱ知ってたんですか。こいつが騎士団長の息子、アルフォンスっす」
ナルシアはまるで電撃を受けたかのような衝撃を受けた。目の前にいる赤い髪の少年が、アルフォンス・フォン・リッツェンベルク。魔法乙の攻略対象キャラだ。
彼は、幼馴染のアステリウスを思って、婚約者であるナルシアが問題行動を起こさないように見張るため、王子の婚約者の護衛を買って出る。あまりにも人使いが荒いナルシアに嫌気がさすものの、アステリウスのためにと仕方なく最後まで監視し、逐一王子に報告していた。そんな彼はさっぱりとした性格で、基本的には明るく勝気なお兄さんっぽかったはずだ。しかし、たまに見せる悲しげな表情がファンを増やした。主人公の聖女に自分の弱さを打ち明けて救われ、惹かれ合う。最後に騎士団長になってハッピーエンドの展開だったはず。そんな彼が、幼い姿で目の前で泣きじゃくっているなんて、信じられなかった。
「こいつ、兄弟の中でも飛び切りの泣き虫で、ここ最近は剣の修行を頑張って兄弟たちにも追いついてきたって聞いてたんですけどね〜、また泣き虫に戻っちまったみたいですね」
アルフォンスにそんな設定があるなんて、ナルシアは驚きを隠せなかった。こんなに可愛い彼も、数年後には帝国で一番強い騎士になるだなんて、想像もできなかった。
「うるせー!強くなったら、お前なんかすぐぶっ飛ばすかんな!」
前言撤回だ!口の悪さは確かにアルフォンスそのものだ!
余裕そうな笑みを浮かべている騎士に、アルフォンスは「クソッ」と舌打ちをした。
でも、彼は一体なぜ突然泣き出してしまったのだろう。
「あの、アルフォンス…様。先ほどはどうされましたか?」
アルフォンスは、知り合いがいるのが気まずいのか、少し顔を赤くし黙り込んだ。
「あの、宜しければアステリウス様が戻られるまで、私のお話にお付き合いしていただけませんか?」
「…是非」
騎士から手を離されたアルフォンスは、少し照れくさそうに頭をかいた。
庭の中にあるベンチに二人で腰掛け、先程の騎士はにやついた表情を浮かべながら「俺はちょっと離れて見てますんで」と、ナルシアとアルフォンスが見える位置で待機してくれている。
「アルフォンス様…先程はどうされましたか?」
アルフォンスは照れくさそうに目を泳がせながら、重い口を開いてくれた。
「俺…いや、私には叶えたい夢があって。誰よりも、帝国一…いや、それ以上に強くなりたいんだけど、…どうしても今はまだ上手くいかなくて…。…王太子殿下の婚約者であるナルシア…様の顔を見たら、つい感情が溢れてしまって…」
申し訳ありません、と頭を下げるアルフォンスに、ナルシアはほっとして笑みを浮かべた。
「大丈夫よ、アルフォンス様なら誰よりも強くなれる。たくさんの人を救える騎士になれるわ。」
ゲームで見たアルフォンスは、帝国一強く、人々からとても信頼されていた。
そんなアルフォンスの未来をわかっていたから、ナルシアは自信を持って言った。
「もし誰かがアルフォンス様を馬鹿にしても、必ずその実力で見返せる時が来ますよ。」
「俺…私でも、大事な人を守れるようになるんでしょうか…」
「もちろん!誰が何と言おうと、私が必ず保証します!」
自信満々に自分の胸をぽんと叩くと、アルフォンスは思わず大きく笑った。
「あなたに言われたら、そうなれるような気がします」
歯を見せて笑うアルフォンスは、設定上は同い年のはずなのに、どこか大人びて見えた。その姿に、ナルシアは不意に胸が高鳴った。
「あなたの…ナルシア様のことも守ります。ここに誓います。」
アルフォンスは真面目な顔をした後、騎士らしくナルシアの前に跪き、誓いを口にした。ナルシアは、そんな大袈裟だなと思うも、小さな騎士を微笑ましく思いふわふわとした赤い癖毛を優しく撫でながら、「期待しています」と言うと、アルフォンスは静かな決意を込めた笑みを浮かべた。