#悪役令嬢とお茶会
あれから数ヶ月が経った。
ゲームでは分からなかったが、ナルシアは王子の婚約者として、礼儀作法や魔法の勉強、この国の歴史や計算など覚えることが山積みで、激務の日々を送っていた。
「ジェーン、こっちとこっちのネックレス、どっちが似合うかな?」
「ナルシア様の瞳に合わせてラベンダー色も素敵ですが、エメラルドグリーンの方が相性が良いですよ」
「じゃあ、こっちのエメラルドグリーンにするわ」
あの頃とは違い、ジェーンはナルシアに優しい笑顔を向けるようになった。しかし、心の傷はまだ癒えていない。ナルシアがカップを食器に置く音や、疲れてムスッとしていると、今でもビクッと怯える様子が見て取れる。ただ、そうした瞬間は以前よりずっと減っていた。
ナルシアはクリーム色のドレスを身にまとい、エメラルドグリーンの豪華なネックレスをジェーンに着けてもらった。髪は半分を編み込み、残りは下ろして緩く巻き、金色の装飾で華やかさを加えてもらった。
今日はあの日以来、初めてアステリウスに会う日だ。王宮でお茶会が開かれるらしく、アステリウスの婚約者として参加しなければならない。
「久しぶりの王子殿下にお会いできるのが楽しみですね」と、優しい笑顔のジェーンを見つめながら、ナルシアは言葉を返さず、ただ微笑んだ。正直言って、堅苦しいお茶会には行きたくなかったが、豪華なドレスやヘアアレンジが楽しくて、我慢して行くことにした。
ナルシアは薄いレースの手袋をはめ、待たせている馬車に乗り込んだ。
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程なくして馬車の車輪が止まり、御者が「到着でございます」と告げ、扉が開かれた瞬間、ナルシアはその圧倒的な景色に目を奪われ、面倒に思っていた感情が一瞬で消えた。白い石で築かれた王宮の建物は、まるで空に触れんばかりに高く、壮麗なファサードが陽光を反射して金色に輝いている。その美しさと威厳に、思わず足が止まった。
「これ、ゲームで何度も見たやつだ…」
ナルシア自身は何度も王宮に来ているが、記憶が戻り、今まで何度もゲームで見た景色に涙がこぼれそうになった。
「ご無沙汰しております、ナルシア嬢。本日もとてもお美しいです」
「お久しゅうございます。お心遣い、嬉しく存じます。アステリウス様もお元気そうで何よりです」
金色の絹で作られたジャケットは、光を浴びてまばゆく輝き、襟が高く立って首元を覆っている。金糸で細かい模様が施され、ボタンも金色で装飾されていて、その豪華さが一目で伝わった。袖口にも金色の刺繍が施され、動くたびにきらりと光る。その姿はまるで小さな王のようで、見る者に圧倒的な印象を与えた。
ナルシアはカーテシーをすると、アステリウスが手を差し伸べてきたので、手を取った。
お互いに笑みを浮かべていると、周囲からは「なんて可愛らしい二人なんだろう」「まるで本物の王子様とお姫様みたい」と囁かれていたが、アステリウスは心の中で「どうか騒がず、大人しくしていてくれ」と願っているのだろう。
会場に到着し、二人は笑顔を崩さず、次々と挨拶をこなしていった。
嫌味な女性が「まぁ、ドレスに着られているみたいで可愛いわね」と言ってきたが、ナルシアは「可愛いドレスを着られて幸せです」と大人の対応をした。その瞬間、アステリウスの眉がわずかにピクリと動いたように見えた。
挨拶が一通り終わると、前回一緒に来ていた騎士の一人がアステリウスに耳打ちしていた。
「申し訳ありません、父上に呼ばれているので、少しの間失礼します」
「ええ、ゆっくりで構いませんので。庭を拝見してもよろしいでしょうか?」
「もちろんです。王家自慢の庭ですから、きっとご満足いただけると思います」
そう提案すると、アステリウスは快く受け入れてくれた。
彼が騎士の一人に案内を命じると、「こちらです」と案内された。
王宮の庭は広大で美しく、色とりどりの花々が一面に咲き誇っていた。高くそびえる木々が陰を作り、石の小道を歩けば、足元にふわりと砂利の音が響く。池の水面には白い蓮が浮かび、遠くで噴水の音が静かに響いている。手入れの行き届いた花壇や彫刻が散りばめられ、まるで王族のために作られた楽園のようだった。
しばらく歩いていると、正面から子供が歩いてきた。アステリウスではないようだが、誰だろう。
歩いてきたのは、ふわふわした赤い髪の男の子だった。
「こんにちは」とナルシアが声をかけると、男の子の目に涙が溜まり、駆け寄ってきては、しがみついて声を上げて泣き始めた。