59、謝罪
ノーティカ家。大きめの机を前にして、グロリアは両親と向き合っていた。グロリアの隣にはソムヌスがいる。
「グロリア、昨日は?」
「連絡したでしょう? 帰らないって」
グロリアはできるだけ冷たく言い放つ。
ちゃんと、話し合うつもりで来ているのだ。簡単に説得をできると思っていないが、グロリアも簡単に譲るつもりはない。
息を大きく吸ってから、グロリアは前振りもなく言った。
「お父さん、お母さん。何で、私の記憶を消させたの?」
グロリアがそう言うと、両親は目を見開いた。父がゆっくりと口を開く。
「グロリア、思い出したのか?」
「うん」
沈黙が流れ、グロリアは机に視線を向けた。グロリアが思い出したことに、両親がどんな反応をするか。知りたいような、知りたくないような。
「ソムヌス様、どういうことでしょうか?」
固い母の声が耳に入り、グロリアは顔を上げた。母の険しい表情が目に入る。グロリアが口を開く前に、ソムヌスが頭を下げた。
「申し訳ありません。グロリアさんの記憶を戻しました」
「ソムヌス様、それは約束と違いますよね?」
グロリアの母が声の勢いを強めた瞬間、グロリアが遮るように声を上げた。
「ねえ、お母さん。私の質問に答えてほしい」
隣のソムヌスが頭を上げた気配がした。
母の青っぽい瞳が、グロリアの方を見る。グロリアが黒の目で見つめ続けると、母は軽く息を吐いた。
「……それは、ソムヌス様の近くにいたら、グロリアは幸せになれないと思ったからよ」
母の言葉を理解するために数秒間黙り込む。瞬きを何度かするが、やはり上手くのみ込めない。
「なんで? やっぱり分からない。なんでそれを、私の意思なく決めるの?」
「グロリア、思い出したんでしょう? 自分が何をされたか」
「それは思い出したけれど……」
母が厳しい瞳をソムヌスへと向けた後、グロリアに向き直った。
「もう一度、あるかもしれないでしょう? この方みたいに存在しているだけで人目を引くと、隣にいれば妬みの対象よ」
その場にいるだけで、目が引き寄せられてしまう。近くにいる人が、羨ましくなってしまう。それは理解できる。
婚約を断られて、ソムヌスの元へと行っていたときのことを思い出す。向けられる視線は、普段とは比べものにならない量だった。その中には、羨望、嫉妬、憎悪。
たくさんの感情に塗れていて、ぞくりとしたのを覚えている。
しかし、だから何だというのだろう。向けられる感情怖さに、なぜソムヌスの手を放さなくてはいけない?
グロリアはソムヌスが好き。それ以上の何かがいるのだろうか。
脳内ではたくさんの気持ちが入り乱れるが、それを全てぶつけるのは躊躇した。感情的にはならず、冷静に話をしないと。
「それは知っているけど。それでも、それは私が選ぶことでしょう?」
「グロリア、あなたのためを思っているの」
そう言われ、言葉を詰まらせた。喉が塞がりそうな感覚からどうにか解放されるために、深く呼吸をした。
「お母さんが心配性なことは知っている。それでも、これは流石にやりすぎよ」
やりすぎ、という感覚は自分だけだろうか。
ソムヌスに記憶を消させた、という意味でも。グロリアから記憶を奪ったという意味でも。
何をどう言えば説得できるのか分からない。もどかしさがどんどん心に溜まっていく。
混乱している心に逃げたい、という気持ちが浮かぶ。ちらりとソムヌスの顔を見る。彼の顔色が悪い気がした。また、階段から落とされたグロリアのことを思い出したのだろうか。
「ソムヌスさんが何かをしたわけじゃないでしょう?」
「何もしなかった。手を打たなかった。それが問題でしょう?」
母の言葉に、首をかしげる。父をちらりと見るが、黙ったままだ。一体、何を考えているのか。
「それじゃあ、何ができると思うの?」
「いえ、ノーティカ伯爵夫人の言う通りだと思います」
ソムヌスに遮られ、そちらに視線を向ける。ソムヌスは姿勢を正し、再び頭を下げた。
「自分が人に与えている影響の把握、クレアティオという名の重さ、周囲との人間関係の構築。この全てに不足がありました」
その口調は、あまりにも真摯だった。その雰囲気に呑まれ、誰も口を開かない。開けない。顔を上げたソムヌスが、真っ直ぐに両親を見つめる。
「その私の至らない部分にグロリアさんを巻き込んでしまい、申し訳ありませんでした」




