16、闇魔法で何ができるか
「クレアティオ公爵様」
「はい」
「それじゃあ、闇魔法の本質はなんでしょう?」
アエラスが頷く。ルースは軽く首をかしげ、ソムヌスは目を見開いた。突然闇魔法の話を始めたからだろう。
「確認なんだけど、グロリアさんは、闇魔法に適性が?」
「はい」
「そうか。闇の本質、ね」
闇魔法は光魔法と同じくらい適性を持つ人間は少ない。だからルースもソムヌスも驚いているようだったが、アエラスはあまり驚いている様子はない。それが少し引っかかったが、アエラスほどの人なら闇魔法に適性を持つ人間の知り合いがいても不思議ではないだろう。
「光の反対と考えるなら、闇の本質は見えているものを見えないようにすること、かな?」
「それじゃあ、隠すんでしょうか」
「うん。でも、表裏一体だよね。例えば扉を開けば、閉めることができるように。仮に何かを隠すことができるのなら、それを暴くことも理論上はできる」
「隠す」の反対は「暴く」だ。アエラスの扉の例はわかりやすい。あくまで「理論上」に過ぎないが、できる可能性もありそうだ。
「それじゃあ、光魔法で隠すことも?」
さきほど、ルースの光魔法で「照らす」ことを成功させた。照らすの反対はなんだろうか。
「『照る』の反対は『翳る』じゃない? 光魔法では隠す、というよりは『目立たないよう、光をあたらないようにする』つまり『翳らせる』のが限度じゃないかな?」
限度、という言葉をアエラスは使った。万能ではなく本質を考えるにも限界があるのだろう。必死に頭を整理しながら、グロリアは口を開いた。
「それじゃあ、闇魔法では何でも暴くこともできるんですか?」
「闇魔法でできるのは、あくまで『隠したいことを暴く』くらいかな?」
隠したいことを暴く。アエラスの言葉を頭の中で繰り返す。しかし、それが可能かもしれないという情報を聞いても、特段心は弾まない。なぜなら。
「それって必要ですか?」
闇魔法の存在意義が結局分からない。グロリアからの問いかけに、アエラスは苦笑した。
「必要かどうかは難しいよね。なくてもどうにかなるし、加えて自身の倫理観が問われる。……私の特殊魔法のように」
「俺の特殊魔法だって、必要かと問われればいらない人が多いだろうな。兄さんが言うように、倫理観いるしな」
アエラスの特殊魔法、感情や意思を消すものだが、それを使うのと似たような心配があるだろう。相手の意思を無視して使える場合、何をもたらすのか。相手の意思に関わらず、内面に干渉できることとなってしまう。
ソムヌスの記憶消しは、なくても困っていない人が多いだろう。そんなことをしなくても、記憶は薄れていく。
ソムヌスは正しさなんて、知らないといっていた。それでも、自分の持つ力をあくまで必要とする人に使ってきた彼は、間違いなく最善の使い方をしている。『正しくない』という人がいたとしても、『最善』なのだ。
心の中に重しがのった気分だ。自分の倫理観。そんなものを簡単に信じられるほど、自分はできた人間ではない。
そんなものに自制心を保つことを任されてきたアエラスも。人の記憶を消すことができる、というソムヌスも。一体、どれくらい苦しんで自分の力と向き合ったのだろう。
目の前の2人の兄弟を見つめ、グロリアは自分に問いかける。この人たちのように自身の力と向き合えるだろうか。
「それでも自分の力で何ができるのかを把握しておくことは必要なんじゃないかな? 自覚のない力って周りにとっては脅威だから」
「確かにそうですよね」
アエラスの言いたいことは分かる。自覚をすることが始まりだろう。
「グロリアさん、やってみる?」
散歩でもするかのようにアエラスは軽く言う。グロリアは即答することができない。ソムヌスの方を見ると、暗みがかった金の瞳はしっかりこちらを向いていた。
「あくまで俺の意見だが、やってみたらいいんじゃないか? 仮に厄介そうなら、なかったことにすればいい。全員が口をつぐめば、なかったことと同じだ」
逃げを否定しない言葉に口元が緩む。ソムヌスらしい言葉だ。逃げ道を残してくれる彼の考え方が好きだ。口をつぐめば、という発言に思わず笑みが零れる。
「共犯者みたいですね」
「いいな。その言葉。もし君が試してみたい、というのなら俺たちは共犯者になろう」
優しげなソムヌスの笑みをみて、グロリアは深く息を吸った。知るには、覚悟が必要だ。それでも、一人じゃなければ、覚悟をできそうだ。
「はい。やってみます」
「よし。試してみようか」
グロリアの言葉にアエラスは微笑む。それを見ながら、グロリアは1つ大事なことに気がついた。
「えっと……。すみません。この場にいるどなたで試しても、なんか知ったらいけないことを知りそうで……」
暴いても良い秘密を、決め打ちできたらいい。それでも、仮に失敗した場合。目の前にいる人たちの持つ秘密を知ったとして、今と変わらない生活ができるのだろうか。
そう言うと、全員が目を逸らした。ソムヌスですら。グロリアは思わず乾いた笑みをこぼした。
「えっと……。失敗して別の秘密を知られてしまった場合、知った君が苦労するようなことばかりいくつも……。ごめんね」
「……すみません」
「……悪い」
アエラス、ルース、ソムヌスの順に謝られ、グロリアは苦笑する。
「いえ」
ソムヌスも自分のことはあまり喋らないから、言いたくないこと、言えないことも多いのだろう。ルースは訳あり感があり、子どもだからといって秘密がない人間とは決めつけられない。アエラスについては言うまでもない。クレアティオの人間、怖い。
今、闇魔法で実験することはできなさそう。少し残念だ。アエラスは散歩にでも来るようにソムヌスの店に来ているが、彼だって忙しいはず。アエラスという有識者がいる場で試したい気持ちはあるが。
――グロリアが記憶を消す前に試すことはできるだろうか。
「どうしようか。別日に誰か連れてくる?」
「兄さんが連れてこられる人、いるのか?」
「……」
「そこで黙らないでほしい」
黙り込んだアエラスに、ソムヌスが呆れたような声を出すが、アエラスは苦笑するばかり。部屋には静寂が訪れた。




