後編
――あたしは魔法生物として「ハズレ」らしい。
錬金工房で生み出されたあたしは、初っ端からあからさまに落胆された。あたしを生み出した錬金術師はかなり優秀な研究者らしく、どうやら「万能の使い魔」を作り出すために頑張ってたみたいなんだけど。
どうもあたしの「付与魔法」は、彼の眼鏡には適わなかったようだ。
不良品のあたしは、もうすぐ素材に還される。するとそこに現れたのが、魔術師らしい一人のオバサンだ。
「へぇ。よく出来た魔法生物じゃない」
「いや、ダメだ。こいつは失敗作だ」
「うーん。それなら、この子は私にちょうだいよ。私が魔術を教えている生徒がいるんだけどね。ちょっと危なっかしいから、使い魔でもつけてやろうと思ってたところなのさ。この妖精ならちょうどいい」
そうして、あたしはオバサンに貰われていった。正直、あたしなんかが何の役に立つのか、疑問だったんだけど。
そこで出会ったのは、何やらギラギラとしたやる気に満ちあふれている女の子だった。
「よろしくね。貴女の名前は……ティコにしよう。私のお母様の名前から一部もらってね」
「お母さん?」
「うん、魔物に殺されたの。だから私は、将来は魔物狩りになろうと思ってるんだ。魔術を鍛えて、魔物を殺して、殺して、殺しまくる。だからティコには、それを手伝ってほしいんだよ」
ヤバい子と契約しちゃった。
あたしは戦慄しながら、それでもなんだか放っておけない気分で、幼いマスターのために付与魔法を活用しようと、派生魔法を研究し始めた。
◆ ◆ ◆
キルトフは、あたしの戦意高揚がないと戦えない。そう思っていたんだけど。
どうやら兵士魔亀くらいならどうにか対応できるらしい。見ていて可哀想になるくらい膝が笑っているんだけど、いざ剣を振る時の太刀筋は不思議と綺麗だ。いつも剣の鍛錬を欠かさないから、きっと身体に染み付いているんだろう。
「うおおおお! バーサーク! バーサーク!」
彼が戦意高揚を唱えようと何の効果も発揮しないのは分かりきってるけど、それでも、どうにか自分を鼓舞して頑張ってくれているんだろう。
あたしを作った錬金術師の言っていたように、付与魔法というのは万能とは程遠い。あえて言うなら「器用貧乏」というのが妥当だ。様々な効果をじんわり効かせられる、という中途半端なもの。
派生魔法「高速治癒」は、あたしの全ての魔法リソースを治癒力強化にあてることで最大限の効果を発揮するよう組み立てた魔法だけど、それでも本職の治癒魔法使いにはまったく及ばない。
「だとしても、今はあたしがやらなくちゃ」
――失敗作でも、ハズレでも、何でもいい。
あたしはただ、マスターの力になりたい。
ずっと全力で走り続けるマスターが、ふとした瞬間に見せる優しさが好きだから。夜中に魘されて、汗をかきながら飛び起きて、それでも強がってあたしに向けてくれる笑顔が愛おしいから。キルトフの歯の浮くようなセリフを時おり思い返して、幸せそうにしているマスターを守りたいから。
「……ティ、コ」
「マスター!」
「状況は……」
ズン、ズンとあたりの地面が揺れる。
顔を上げれば、キルトフが三メートルほどある騎士魔亀の首を刎ねたところだった。
そして彼は、そのまま魔亀の死骸に剣を差し込むと、背中の甲羅を一気に引っ剥がす。何をやっているんだろう、と思っていると。
「ティコ! ヴェローナを動かせるか!」
「キルトフ……! うん、それはできるけど」
「この甲羅に身を隠してくれ。奴が来る!」
奴というのが女王魔亀だということは、すぐに理解できた。先ほどからズンズンと響き渡っているのはその足音で、キルトフは険しい顔をしている。
あたしは魔力の腕でマスターを持ち上げながら、キルトフの用意してくれた甲羅の内側に隠れる。物理耐性も魔術耐性も高いこの甲羅は、確かに現状では一番安全な場所だ。
「……ティコ」
「マスター、まだ動かないで」
「杖を……持ってきてくれ……」
甲羅の外では、女王魔亀の低く重い鳴き声が聞こえてくる。そして、キルトフが剣を振るう音も。
「マスター、もうちょっと治療しないと」
「ティコ……杖を持つだけだ。頼む」
「……もう!」
あたしは使い魔だから、マスターがどうしてもと言えば命令を聞かざるをえない。甲羅から外に出て、マスターの杖を拾いに行く。
ふと見れば、キルトフは魔力を駆使して宙を蹴り、高さ五十メートルほどの魔亀を翻弄していた。頼もしいとは思うけど……あんな戦い方、いつまでも続けられるわけがない。
甲羅の中に戻って、マスターに杖を手渡し、あたしは高速治癒を再開する。今のあたしにできるのは、一秒でも早くマスターの身体を治して、戦線に復帰してもらうことだけだ。
「ふぅ……ふぅ……」
「マスター、あのね。キルトフが今、戦ってるんだよ。あたしの戦意高揚なしで、頑張ってくれてるの」
「そうか……良かった。少しは過去を吹っ切れたのかな……戦いたいと思っているのに、身体が言うことを聞かない。キルトフはずっと、悩んでいたみたいだから」
外からは、激しい戦闘音が聞こえる。
そしてポツリポツリと、雨粒が甲羅を叩く音が聞こえ始めていた。剣士にとって、雨天はあまり歓迎できないはずだけど……キルトフは大丈夫かな。
「よし、そろそろ動こうか」
「マスター? まだ怪我が」
「この戦闘が終わったら、続きの治癒をお願いするよ。たぶんそろそろ、キルトフがやってくれている頃だと思うから」
そうして、マスターは杖で身体を支えながら、重い足取りで甲羅を出ていく。
あたしも一緒に外に出て、キルトフの戦闘の様子を確認する。雨の中、彼は宙を駆け回って、全身で剣を振るっていた。
――女王魔亀の甲羅の一部が剥がれ落ち、キルトフがそこに剣を差し込む。
「ヴェローナ!」
キルトフが叫ぶ。
するとマスターは、杖を高々と掲げて。
「――召雲万雷」
刹那。雨雲から降り注ぐいくつもの雷が、女王魔亀に迫る。それは、キルトフが突き刺さした剣を通して、女王魔亀の体内を焼いたらしい。この世のものとは思えないほど重苦しい叫び声が響き、そして。
ズン、と女王魔亀の身体が地に沈む。
「……マスター?」
「事前の作戦通りでしょ」
「え……あー。雷雲召喚か」
そういえば、事前にそんな作戦を立ててたっけ。
すっかり忘れてた。
あたしがポンと手を叩くと同時に、キルトフが帰ってくる。疲れ切った様子だったけど、しっかり役割を果たしてくれたみたいだね。なんて思っていると。
キルトフは地面に崩れ落ち、オロロロロと胃の内容物を盛大にぶち撒け始めた。うわぁ。
「ねぇ、ティコ……」
「何? マスター」
「……ごめんね、私ちょっと意識を保てないかも。ホッとしたらなんか背中の痛みがぶり返して……魔亀の残党がいるから、キルトフと一緒に切り抜けてね」
そうして、マスターは地面に座り込み、そのまま倒れてしまった。えーっと、どうしよう。そういえばまだ魔亀がいるんだよね。でもキルトフは剣も持ってないし。えーっと、えーっと。
そうこうしている内に、遠くから近づいてくる魔亀の姿が見える。
「ごめん、キルトフ――戦意高揚」
◆ ◆ ◆
マスターとキルトフは、女王魔亀を討伐した功績を国王陛下に認められ、勲章を賜ることになった。報奨金も貰って、一生困らないくらいの財産は手にしたんだけど、その後も魔物を狩り続ける生活を続けている。
私はマスターの使い魔として、今日もあれこれと二人の世話を焼いているのである。相変わらずマスターは好戦的だし、キルトフは震え上がっていて、なかなかに刺激的な毎日だ。





