中編
――初めて会った時、僕は彼女を美しいと思った。
ソードリリー子爵家において、僕は「出来損ない」という扱いを受けていた。まぁ、当然だ。
代々騎士を輩出している子爵家で、僕は強く期待されて育った。剣の才能があって、生まれ持った「弱点看破魔法」もそれを補強してくれる。真面目に鍛錬も積んでいて、模擬戦では敵なしだった。長男と次男が家督の継承を巡って僕を不安要素と見るくらいには、才能に溢れていたのだ。だがそんな幼少期の「神童」の姿は、今や見る影もない。
婚約者のヴェローナが声を上げる。
「キルトフ、また兵士魔亀が来たよ」
「は、はい……ががが頑張ります」
すると、妖精のティコが飛んできて。
「――戦意高揚」
フハハハハ、ティコの付与魔法で精神を強化されたおかげで、僕は存分に剣を振るえるのだァ! 彼女には感謝してもしたりないなァ! さぁ、魔物どもを斬り裂くぞォォォ!
「僕の可愛いヴェローナ。今度は全て僕が頂いてしまっても良ろしいかな?」
「うん、よろしく。敵の検証はもう十分だし」
「分かった。では、手早く片付けよう」
そうして、僕は普段の鍛錬通りに身体を動かす!
ハハハ、何せ剣の才能には恵まれたからな!
剣に最も威力の乗る動作は、鍛錬の中で何度も何度も繰り返し、考えずとも身体が動くよう覚え込ませた! そして、僕の「弱点看破魔法」でどこをどのように斬れば良いのかが手に取るように分かる! フフフ、実は僕は最強なんじゃないだろうか!
さてさて。魔物を相手取る時は、躊躇してはいけない。全身全霊を込めて剣を振り抜かなければ、ろくなダメージを与えられないからな。そこで少しでも考え込んでしまうようなメンタリティでは、勝てるものも勝てなくなってしまう。つまり、あまり考えずに思いっきりやればいいのだ!
自分の鍛錬を信じ、剣を信じ、魔法を信じる。
そして、全力で弱点を斬る。
兵士魔亀どもの首がポンポンと宙に跳ね飛ばされ、奴らは死体に変わる。フハハハハ、なんともまぁ、柔らかい魔物たちだ!
――そうして最後の魔物の首を刎ねた途端、僕に掛けられていた戦意高揚が解ける。
「ひぃっ……」
「お疲れ様、キルトフ。助かったよ」
すぐそばに横たわる魔亀の死体に、背筋がゾワゾワとして、飛び跳ねて後ずさる。あぁ、やっぱり僕は根性なしだなぁ。
「あたしの魔法のおかげだね!」
そうだなぁ。僕がどうにか戦えているのは、本当にティコのおかげだと思うよ。彼女の魔法がなければ、僕はろくに剣も握れない。我ながら情けないなと思うけど。
あと、魔法の副作用でヴェローナに対して歯の浮くようなセリフを吐いちゃうのが、めちゃくちゃ恥ずかしい。あれだけでもどうにかならないかなぁ。
◆ ◆ ◆
幼い頃の僕は神童と呼ばれ、いい気になっていた。
剣の先生には、五歳の時点で負けなくなった。父や兄たちの鍛錬の様子を見ていても、どうしてあんな無駄の多い動作をしているんだろうと疑問ばかりが浮かんで。現役の近衛騎士と手合わせをして、順当に打ち負かし、将来は近衛騎士団に入ることを誘われていたほどだった。
「僕はもっともっと強くなって、魔物災害から人を救うヒーローになるんだ!」
そんな驕りが崩れ去ったのは、七歳の時だった。
僕の滞在している都市に大鬼の群れが現れた。そして目の前で、剣の先生の腕がいきなり千切り取られたのだ。
「キルトフ、逃げろっ!」
「先生!」
「お前は神童だが、大鬼を一人で相手取るには経験が浅すぎる。今は逃げて、力をつけよ」
それまでの僕は、正直に言えば内心で先生のことを舐めていた。僕より才能がなく、ただただ無駄に長く剣を握っているだけの者に、これ以上学ぶことはない――そんな的外れな考えさえ持っていたのだ。
しかし先生は、利き腕を失ってもなお剣を握り、大鬼を相手に大立ち回りを繰り広げる。僕はその様子を見ながらゆっくりと後ずさり、そして背を向けて逃げた。
「グルオォオォオォォ!」
「がっ! あああぁぁぁぁ――」
気になって、振り返れば。
そこでは、生きたまま身体を齧られている先生が、血しぶきの中で断末魔を上げていた。僕は心底恐ろしくなって、それからは振り返ることなくひたすら走り続けた。
脳裏には、言い訳ばかりが浮かんで消える。
先生が逃げろと言ったから。僕はまだ幼いから。あんな恐ろしい魔物に人間が勝てるはずがないから。だから、逃げるのは仕方ない。仕方ないのだと。
「キルトフ、よく生きて戻った」
「父上……先生が……」
「あぁ、悔しかろう。だが、残された者はどんなに辛くとも、歯を食いしばって前を向かねばならん。剣を握れ。その割り切れぬ想いは、魔物を討ち滅ぼすことでしか解消できぬだろう」
そうして、父は僕を近所の森へと連れて行った。
そこにいたのは、一匹の小鬼だった。弱点看破魔法の視界には、それこそ全身どこもかしこも弱点だらけに見える、本当に弱い魔物だ。
だけど……僕は剣を握れなくなっていた。たった一体、弱い魔物が目の前にいるというだけで、手に力が入らなくなり、身動きも取れなくなる。そうして、襲いかかってきた小鬼から飛び上がって逃げたところで。
父の剣が、小鬼を真っ二つに斬った。
「父上……」
「もう私を父と呼ぶでない。キルトフ、お前はここまでの男だったようだな……期待していたが、残念だ」
そうして、父は僕の顔を見なくなった。
失意の中、剣だけは惰性で振り続けていた。剣の振りを研ぎ澄ませ、身体に覚え込ませる。魔物を前にすると身動きの取れなくなるような僕が、そんなことをしても無駄だというのに。
そうしているうちに、僕は一人の女の子と面談をすることになった。寄親のクランベリー伯爵のお嬢さんで、婚約者を探しているというのだが……どうやら彼女は、例の魔物災害で大鬼に母を奪われ、将来は魔物狩りになりたいのだという。
「すごいな……君は、魔物を目の前にしても戦おうと思える子なんだね。羨ましいよ。僕はどうしても震えてしまって、剣が持てないんだ」
似たような経験をしたのに、僕はこんなにもしょぼくれていて、彼女はこんなにも眩しい。そんな、憧憬や嫉妬の入り混じった複雑な感情を抱いていると。
なぜか彼女は、僕なんかを婚約者に指名した。
こんな、神童崩れで剣士未満の男を。
◆ ◆ ◆
ある時は戦意高揚状態の僕が魔亀を斬り裂き、ある時はヴェローナの雷魔術が魔亀を焼きながら、占領されている都市の内部へと進んでいく。
小型の兵士魔亀だけでなく、騎士魔亀や砲術魔亀、といった中型の魔亀もどんどん増えていって、それらをどうにか処理しながら進む。
できるなら女王魔亀だけに注力したいところだったが、戦っている最中に乱入されても困る。ある程度の間引きはしておかないとマズいという判断だ。
進みながら、ヴェローナがぽつりと呟く。
「想定以上に、魔術耐性が高いね」
「そ、そうなんですか?」
「うん……たぶん、女王魔亀に私の魔術は効かないと思う。身体の内部を焼ければ別だろうけど、まず体表面は貫けないかな」
そんな話をしていると。
「キルトフ!」
「へっ?」
ヴェローナが突然、僕に突進してくる。
すると次の瞬間、ものすごい勢いで飛んできた大きな塊が、彼女の背中を掠め、転がっていった。よく見るとそれは、兵士魔亀だったようで。
ヴェローナの背中から飛び散る血。
すると、ティコが慌てた様子で飛んでくる。
「――高速治癒」
「ティコ、ヴェローナは……」
「治せるけど、付与魔法ベースの治癒だから時間がかかるの! お願い、キルトフ。マスターを敵から守って! あとごめん、戦意高揚を使う余裕はないの!」
ティコの言葉に振り返れば。
何体もの兵士魔亀が、甲羅に手足をしまった状態で、空から降り注いできたところだった。





