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前編

――女が戦場に出るべきではない、というのは侮辱だ。


 戦う意志があって、能力があって、研鑽を積んできたのであれば、それはもう戦士だ。戦場へ向かうことを止められる理由などない。たとえそれが、貴族令嬢であったとしても。


 そんなことを考えながら馬車に揺られていると、私の左肩の上で、妖精型魔法生物(ホムンクルス)のティコが耳を引っ張ってきた。


「ねぇ、聞いてる? マスター」

「私の意思は変わらないよ」

「もう。マスターの強さはあたしも知ってるけどさぁ、さすがに今回は無理でしょ。女王魔亀(クイーントータス)……推定年齢は千歳だよ。厳しい野生で長生きする個体には、それだけの理由があるんだから」


 ティコが言うことも一理あるのだが。

 しかしそれは、私が杖を置く理由にはならない。


「確かに今回の女王魔亀(クイーントータス)は強敵だね。都市をひとつ滅ぼし、万単位で人を食らって力も増している」

「ほらぁ、マスターの魔術でも勝てそうにないよ」

「勝てそうにない相手を打ち倒すのが魔術師なんだよ」


 そうして、私は杖を強く握る。

 出発前、占領されている都市から避難してきた人々に会ってきた。恋人を奪われた者。子を奪われた者。親を奪われた者。魔物はいつだって悲劇を引き起こす。奴らは駆逐しなければならない存在だ。


 ふと前を見れば、私の対面に座っている男は顔を真っ青にしてプルプルと震えていた。


「ヴェローナ。さ、策はあるんですかぁ?」

「奴を見てから考えるよ。どうとでもなるって」

「ひぃぃ……ぼぼぼ、僕は役に立てませんよぉ」


 彼はキルトフ・ソードリリー。

 この私、ヴェローナ・クランベリーの婚約者であり、クランベリー伯爵家の寄子であるソードリリー子爵家の三男だ。私と同い年の十七歳で、こう見えて剣の腕はめっぽう立つのだが。


「……キルトフは強いのに、どうして実戦になるとへっぴり腰になるんだろう」

「うぅ、すみません」

「マスターってば、またそんなこと言って。キルトフだってやる時はやる男なんだよ?」


 いや、キルトフの扱いについてはティコの方がわりと酷いと思うんだけど。

 そんな話をしながら、私たちは一路、クイーントータスが我が物顔で居座っている都市へと向かっていった。


  ◆   ◆   ◆


 魔法というのは、誰しもが生まれつき一つだけ持っている才能だ。そして私は、この身に「雷魔法」を宿していた。


 幼少期、お母様から言われたことがある。


「ヴェローナ。魔術を学んでみない?」

「魔術?」

「貴女の雷魔法は、魔術と組み合わせると非常に強力になるわ。魔術師になれば、将来の選択肢も増えると思うし――」


 クランベリー伯爵の六女という中途半端な立場の私が幸福な未来を掴むには、生まれ持った才能を活かし、宮廷魔術師として王族女性の護衛にでもなるのが良い――おそらくお母様は、そんなことを考えていたのだと思う。


 その勧めをどのように断ったのか。

 今となっては記憶の片隅にも残っていない。


 私が何の研鑽を積むこともなく、いたずらに歳を重ねる中。

 七歳の冬のある日。魔物の襲来を告げる鐘の音が、カンカンと鳴り響いた。伝令に話を聞けば、大鬼(オーガ)が群れをなして押し寄せてきたのだという。


 私たちは護衛をつけて都市を出たが、それを待ち構えていたように大鬼(オーガ)の集団が現れる。


「ヴェローナ、どうか生き延びて」

「お母様!」

「振り返ってはダメよ。前だけを向いて走るの。大丈夫。こう見えても私は、風を扱う魔術師として国王陛下から勲章を頂いたこともあるのよ。それにね――勝てそうにない相手を打ち倒すのが、魔術師というものなの」


 鈍色の空から、静かに雪が降っていた。

 私はお母様に背を向けて、走った。お母様はかつて王女様の護衛まで務めていた凄腕の魔術師だ。不可能を可能にする人。だからきっと、逃げ延びた先で待っていれば、いつものように飄々とした顔で現れるのだと、そう考えて。


 しかし、心のどこかでは、理解していたのだ。

 もう二度と、お母様には会えないということを。


「――許さない」


 逃げ延びた先で。大鬼(オーガ)の群れを討伐した騎士団が持ち帰ってきたのは、お母様の上半身だけだった。私はそれに縋りつきながら、強く誓ったのだ。


「絶対に許さない」


 魔物どもが、のうのうと生きることを、許さない。

 私自身が、弱くあることを、許さない。


 それから、お父様に直談判して、魔術の先生をつけてもらった。そして、自分は将来魔物を狩って生きていくという決意も伝えたのだ。それ以外の生き方などしない、考えられないと。


「ヴェローナ。結婚はしなさい」

「いえ、私は」

「君の気持ちは分かった。だが私がクランベリー伯爵という立場でできる譲歩は、そうだな……せめて君自身に婚約相手を選ばせてやることだけだ。魔物狩りをしたいなら、それを許してくれる相手を選びなさい」


 お父様が用意してくれた婚約者候補は、下級貴族の中でも将来は家を継げなさそうな三男以降の者たち。彼らと交渉して、私の生き方を認めてくれる者を選べ――というのが、お父様の決定だ。


 当然のごとく、私の婚約者選びは難航した。

 日々魔術の勉強をしながら、たまに男の子と面談をする。だけど誰も彼も、結婚相手に求めるのは「将来は家にいて、家庭を支えてくれること」というものばかり。私が魔術を学んで強くなること自体に否定的な者さえいる有り様だった。


 キルトフと出会ったのは、そんな時だ。


「すごいな……君は、魔物を目の前にしても戦おうと思える子なんだね。羨ましいよ。僕はどうしても震えてしまって、剣が持てないんだ」


 キルトフは、他の男の子とは全然違った。

 彼は私が魔術を学んでいることを肯定し、魔物を狩りたいという意思を尊重してくれる。それに、庭で剣を振る姿は本当に綺麗で、力強かった。彼と一緒なら、望んだ未来を手に入れられる。そんな気がした。


 そして、私はキルトフを婚約者として選んだ。


  ◆   ◆   ◆


 馬車を停めた私たちは、魔物に占領された都市へと徒歩で近づいていくことにした。キルトフは既にガクガク震えているが、ティコは私の左肩で妖精の羽を揺らしながら呑気にあくびをしている。


 都市を遠目に見れば、大小の亀魔物が闊歩しているのが見えた。

 魔物の女王個体は、食べたものを材料にして、生殖行動なしに配下を産み落とす習性がある。だからきっとあの魔物たちは、食らった数万の人間の肉から作り出したものなのだろう。


 すると、魔物の集団が私たちの方へと近づいてくる。


兵士魔亀(ソルジャートータス)、魔亀の中でも一番小ぶりな奴だね。腕慣らしには丁度いいか」

「ひぃっ」

「キルトフ、よろしくね」


 私がそう言うと、ティコはパタパタとキルトフの方へ飛んでいき、その頭に触れる。


「――戦意高揚(バーサーク)


 ティコは高位の錬金術師から譲り受けた魔法生物なんだけど。彼女は元から付与魔法というものを使うことができたから、それをベースに、キルトフ専用の派生魔法を作ったんだ。


 戦意高揚(バーサーク)

 これは、気弱なキルトフでもやる気がギンギンになってしまう魔法である。うん……なんというか、キルトフには申し訳ないなぁとは思うけど。


「僕に任せてくれ。ヴェローナの美しい顔を、魔物どもに傷つけさせはしない」

「うん。魔亀への魔術の効きを確認したいから、とりあえず機動力だけ奪ってきて」

「ふふ、僕の婚約者はずいぶんと可愛いワガママを言うものだ。ご所望のプレゼントを持ってくるから、少しだけ待てるかい、レディ」


 うーん。戦意高揚(バーサーク)状態のキルトフはいつもこんな感じなんだけど。普段とのギャップが激しすぎて、「誰これ」って思うよね。


 程なくして、キルトフは魔亀を引き連れてこちらに戻ってきた。走りながら、一体ずつ足を切り裂いて動けなくしていく。

 彼は弱点看破魔法というものを持っていて、対峙する相手の防御が薄いところを視認できるらしい。ただでさえ剣の才能があるところに、こんな有能な魔法を持っているのはいっそズルいくらいだと思う。本来なら魔亀に物理攻撃は効きづらいんだけど、キルトフの剣は難なく奴らを斬る。


「僕の可愛いヴェローナ、仕上げは任せたよ」

「えぇ、ありがとう――雷矢(スパークボルト)


 構えた杖先から、雷の矢が放たれる。

 これは雷魔法と矢魔術を組み合わせた合成魔術というものだ。通常の矢魔術よりも速く、突き刺さした相手を感電させ、内部から焼き殺す。


 兵士魔亀(ソルジャートータス)は六体。魔亀の中でも最下級だから、一体につき一発で仕留められた。それはいいのだけれど。

 私は魔物の死体を検分する。


「うーん。甲羅にダメージを与えられていない。通常の兵士魔亀(ソルジャートータス)よりも魔術耐性が高いみたいだね――これはおそらく女王魔亀(クイーントータス)の性質を受け継いでいる」


 さて、これは厄介かもしれない。

 物理攻撃にも魔術攻撃にも強い魔亀の女王。キルトフと私が正面から戦っても、難なく弾き返されてしまうだろう。何か作戦を立てる必要がありそうだけど。


 そうして考えているうちに、キルトフにかけられていた戦意高揚(バーサーク)の効果が切れたようだ。


「ま……またやってしまった……」

「素敵なプレゼントをありがとう」

「やめてぇ……あの発言は忘れてぇ……」


 顔を茹であげて身悶えているキルトフを眺めながら、フッと息を吐く。

 都市の中心を陣取っている女王魔亀(クイーントータス)は高さが五十メートルほどあって、遠くからでも視認できる。普通に戦っても、勝てそうにない。


「――さて、作戦を考えようか。勝てそうにない相手を打ち倒すのが、魔術師だからね」


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