エピソード9:俺の話も聞いてはくれないか、は大抵、前者より重い / 3
後日、言葉はhito夫妻の家へ婚姻届を送った。あれから、毎日気分が良い。彼女を介助していると、今日もご機嫌ね、と笑われる。彼女の利き手ではない方の手が動くことはもう有り得ないと医師から言われているが、毎日のマッサージは欠かさない。彼女は左足も不自由で車椅子を常用しているが、今の自宅ではやや手狭だ。
引っ越しを検討しているのだが、カフェを移転させることには抵抗がある。今の地域だからこそ出会えたお客さんたちと別れたくなかった。しかし、その件については、きのきょで相談するつもりはなかった。どこまでも甘えてしまってはいけない。甘えを許してくれる人たちだからこそ、甘えてはいけない。
ある日の晩、言葉はヴェノニクスでの新しいイベントを企画しようとしていた。しかし、良い案が浮かばない。そんな時、車椅子を使って、言葉の部屋へやってきた言葉の大切な彼女が、ヴェノニクスの映ったパソコン画面を見て、声を上げた。綺麗……!と。綺麗。その言葉を聞いて、言葉は閃いた。いつかの柚木との約束も果たせる。
言葉はコトコトシチューとして、ヴェノニクスに揃っているきのきょメンバーに新しい企画を発表した。
コトコトシチュー「みんな!いつか話してた、戦闘なしの小旅行に行こう!」
深雪<戦闘なし!>
ゆみポ<珍しいね、戸羽乃さんが血生臭くない企画するの>
随分な言われようだ。しかし、戸羽乃が戦闘系の企画を持ってくることは、確かに多い。しかし、小旅行とは言っても、何処へ行こう。深雪の行ったことがないところがいいだろう。まぁ、しばらく考えて、考えがまとまらなかったら候補を募ろう。それより、本来なら眠っているはずの彼女が起きてきたということは、何処か痛んだのだろうか。
……いや、言葉はそれが当たり前だと思っていたが、そうではないのだ。彼女は片手が麻痺していて、1人では車椅子に乗れないはず。そのことに気付いた時、言葉は思わず、彼女の両手を握っていた。彼女の両手が、言葉の両手を握り返す。……奇跡だ。言葉の目から涙が流れる。その涙を、彼女の手が拭った。
「あなたのマッサージのおかげね」
「……今度、先生をびっくりさせようか」
パソコンで繋がっている、その先の世界に集う仲間たちは、言葉に何かがあったのだと察していた。この夜は長かった。彼女が寝付いたあと、言葉はきのきょのメンバーにお祝いをしてもらったのだ。題して、海水浴大会!企画はhitoだ。ヴェノニクスの海は泳げる。潜れる。戦える。採れる。何でも出来るのだ。
早朝まで大盛り上がりをして、何人か寝落ちして、最近のイベントでは1番盛り上がった。たまには参加者もいいな、と、言葉は笑いながら呟いた。そして、眠った。




