プロローグ:昨日の今日は今日の昨日へようこそ/ 2
柚木は「入室」のボタンを、震える手でクリックした。すると、ハンドルネームの入力画面が出てきて、柚木は何かあると使っている「深雪」という名前を入力、決定した。柚木は生まれてこの方、チャットルームなんて参加したことがなかった。というより、パソコンの知識も、小学校で学校で習う基礎知識すら危うい。
挨拶しなければ、と思っているうちにログは流れていく。当然のことながら、柚木のタイピングは速いか遅いかで言われたら遅い。更に、今、緊張からのタイプミスの連続で焦って、更にタイプミスが増えていくという悪循環に陥っていた。普段、機械はスマホしか使わない柚木にとって、キーボードを指のように使える人間は尊敬に値する。
hito<大丈夫ー?パソコン初心者かな?>
kanapo<hitoのウェルコメ弾幕にびっくりしてるんじゃない?>
ひらがなで「はじめまして」と打つまで、3分は掛かった。その「はじめまして」にすぐに返事をくれたのは「hito」という人だった。
hito<おー!ようこそ、きのきょへ!>
kanapo<きのきょ、じゃ分からないよ。ようこそ、昨日の今日は今日の昨日へ、でしょ!>
hitoをサポートするkanapoも、柚木の印象では優しそうな人だった。柚木がチャット画面の左上を見ると、現在、オンラインのメンバーの名前が出ていた。「hito」「kanapo」「戸羽乃」「かほり」「深雪」。hitoが言うには、深雪を含めてフルメンバーは7人。「戸羽乃」と「かほり」は離席中であるとのことだった。
hito<俺とkanapoが管理者、戸羽乃は俺とkanapoに何かあったら動く役なんだ>
深雪<あの、このチャットルームの皆さんって、訳ありで……?>
hito<そうだよ。あ、タイピング、慣れてきた?>
深雪<あーいや、そうでも……>
深呼吸をしながらタイピングをすると、少しマシだということが分かったから、漢字も使えるようになったのだが、柚木の緊張はまだまだ取れない。
離席中だという2人が戻ってきたら、またひらがなオンリーに逆戻りなのは分かっている。hitoはhitoだけに人当たりが良い。hitoをちょいちょいサポートしているkanapoもまた、言葉に性格が滲み出ている。しかし、hitoもkanapoも「訳あり」だという。2人からしてみたら、柚木も「訳あり」とは思えないのだろうか。