AV男優の中田さん
「あ、あっ、ああっ……!
そろそろイキそう…………イケたらイクゥ!!」
「ブフォオッ!!」
「はい、カットオオオォォ!!」
女優さんが爆笑してしまい、撮影は中断せざるを得ない状況になった。
アダルトビデオの撮影には魔が潜む。
何が起こるかわからない。
「ごめんなさい、私……ブフッ!
なんか急にツボに入っちゃって……プククク!」
「いや、エリカちゃんのせいじゃないよ……
……おい中田ぁ!! ふざけてんのかお前ぇ!!
何が『イケたらイク』だバカヤロー!!
なんだその、誘いを断りづらい時の常套句はよぉ!!」
中田“グレートボンバー”士郎。
彼は今年デビューしたばかりの新人男優である。
「すいません監督
このタイミングでいいのか迷っちゃって、つい……」
「これは人妻レ◯プ物の撮影なんだよ!!
なに和気藹々とした雰囲気醸し出してんだよ!!
必要なのは悲壮感とか、そういうやつだよ!!
台本に無いセリフで笑わせてんじゃねえ!!」
「はい、以後気をつけます……」
落ち込む中田だが、女優さんには大ウケだったので
その後の撮影はキャスト変更などせずに続行された。
「あ、あっ、ああっ……!
奥さん、そろそろ…………はじめチョロチョロ、なかパッパァァ!!」
「ブフォオッ!!」
「はい、カットオオオォォ!!」
またしても女優さんが噴き出してしまった。
これだからAVの撮影というものは難しい。
今、借りているスタジオには制限時間がある。
その限られた時間内で、撮りたい画を収めなければならないのだ。
「もしかして、また僕ですか!?」
「お前以外ありえねえだろうよ!!
なんだ今の掛け声!? 舐めてんのかお前ぇ!!
何が『はじめチョロチョロ、なかパッパ』だバカヤロー!!
お米を鍋で炊く時のちょうどいい火加減かよ!!」
「はい、その通りです
台所での撮影だったもんで、つい言葉に出てしまいました
僕、最近、土鍋での調理にハマってましてね
炊飯器の仕上がりとはまるで別物で感動しますよ
やはり昔ながらのやり方っていいですよね」
「そういうことを聞いてんじゃねえよ!!
俺が撮ってんのは料理番組じゃねえんだよ!!
AVなの!! アダルトビデオ!!
そこを理解しろってんだよ!!」
「はい、すいません……」
またしても監督から怒られてしまったが、
やはり女優さんには大ウケだったので撮影は続行された。
男優の仕事は、いかに監督の指示通りに動けるかに尽きる。
ナニのデカさだとか、女優さんとのコミュニケーション能力だとか、
そういうのは二の次だ。
作品の主役は女優さんかもしれないが、
撮影の主役は監督なのだ。それを忘れてはならない。
ゆえに、常に監督を意識しながら撮影に臨まなければいけない。
「あ、あっ、ああっ……!
監督、僕そろそろ…………監督、イキそうです!
ああっ、監督……もう我慢できそうに…………平川監督ぅぅ!!」
「バカヤローーーッッッ!!!」
「ブフォオッ!!」
どうやらまたアクシデント発生のようだ。
監督は眉間にシワを作り、わなわなと震えている。
「また僕ですね」
「当たり前だバカヤロー!!
『監督、監督』ってお前……一体何考えてんだよ!?
俺をキュンとさせてどうすんだ!!」
「キュンとしたんですか?」
「やかましいわ!!
……くそっ、何度も中断してるせいで
残り時間ギリギリじゃねえかよ!!
できれば今すぐお前を追い出したいけど
代役いねえし、このまま最後まで撮るぞ!!」
「はい、頑張ります!!」
時間、時間、時間。
どんな仕事も、いや、どんな人間も時間に追われて生きている。
それは当たり前のことだけど、つい忘れてしまいがちだ。
その限られた時間の中で、僕はどう生きればいいのだろう。
僕がこの世界に生きた証を、何か一つでも残せるのだろうか……。
「あ、あっ、ああっ……!
本当にそろそろ10…………
9……
8…
7
6あっ」
「えっ!?」
「はい、カットオオオォォ!!」
しまった。
暴発だ。
「……お前さあ、百歩譲って暴発は許すよ?
で、一万歩譲ってカウントダウンも許すとして、
なんで途中で発射したかなあ?
自分で数え始めたんなら、そこは0まで持ち堪えろよ……
もうタイミング滅茶苦茶になって、
エリカちゃん完全に爆笑しちゃってんじゃん……」
ベッドでは女優さんが腹を抱えて笑い続けている。
誰かを笑顔にできて僕は少し満足しているが、
監督の撮りたい画とは随分かけ離れた物になってしまった。
これは後日、撮り直すパターンだろう。僕以外の男優で。
「本当にすいません……
その、なんというか…………見切り発射と言いますか……」
「見切れてねえんだよ!!」
「ブフォオッ!!」
女優さんは過呼吸寸前だ。
──いよいよスタジオの残り時間もあと数分となり、
撮影班は撤収に向けて速やかに機材の回収などを行なっていた。
さすがは“平川軍団”と呼ばれる職人たちの集まりだ。
平川監督との付き合いが長く、現場での立ち回りを心得ている。
誰一人として無駄な動きをせず、それぞれの仕事を完璧にこなしていた。
これは当然のことだが、AVの撮影には大勢の人間が関わってくる。
女優さんと男優だけで成り立つ世界ではない。
監督をはじめ、カメラマンさんや照明さん、音響さん、メイクさん……。
他にも色々な役割を持った人たちが現場に集まり、一つの作品を作っているのだ。
平川監督はよく『平凡な作品しか作れない』とか『ありきたり』だとか、
そう評価されることが多い監督ではあるが、逆に言えば“王道”を貫いている。
流行に流されず、昔ながらのやり方で生き残ってきた人なのだ。
彼もまた、紛れもなくAV職人の一人で間違いない。
そんな王道監督の作品に少しでも携われたのだ。
この経験はきっと無駄にはならない。
今日、怒られていたのは僕だけだ。
「新人だから」などと言い訳する気は無い。
僕が力不足だった。ただそれだけの話だ。
そう自省しながら撤収作業の手伝いをしていると、
この光景を監督がハンディカムで撮影しているではないか。
え、これはまさか……“平川シアター”を撮っているのか?
平川監督にはこだわりがあり、撮影前後の状況をおまけ映像として
毎回ユーザーさんに提供しているのだ。
それはいつしか平川シアターと呼ばれるようになり、
一部のメイキング映像マニアには喜ばれているそうだ。
これを撮影してるってことは、もしかして僕の映像が使われるのか?
……いや、それはないか。あれだけ監督を怒らせてしまったのだ。
僕はスタッフの1人としてチラッと映る程度だろう。
いや、それすらも危うい気がする。
「今日の撮影、どうだった?
その……気持ちよかった?」
監督からの質問に感極まり、僕は正直な感想を口にした。
「はい……!!
すごく気持ちよかったです!!」
「お前じゃねえよ……!!
なにいい返事してんだよ!!」
「ブフォオッ!!」