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ロンドン  作者: 東堂 アカリ
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帰りのアン様は、フランス貴族たちが得意としていた楽しい会話や最先端のデザインのドレスで、この伝統的で重苦しいイングランド社交界の中心となりました。アン様はキャサリン様ほど肌も白くなかったですし、髪の色も黒く、一般的な「美人」という型から外れた方でした。でも、そのようなことが気にならないほど、一緒にいるのが楽しい方でした。誰もがアン様と話をしたがりました。何よりも、アン様の一番の信奉者はヘンリー様ではないかというほど、ヘンリー様はアン様に振り回されておりました。

 アン様にお仕えしているわたくしたちからすると、その時期が一番幸せな日々でした。

 ご結婚されたアン様のお腹がすぐに大きくなっていくのを見て、ヘンリー様が何故結婚を急がれたのかが分かりました。おそらくアン様の産んだお子様が男の子だった場合、自分の世継ぎにしたかったのでしょう。ヘンリー様はアン様の気分を害さないよう必死でした。珍しい果物を取り寄せ、たびたび宮中に来る宝石商を追い返すこともせず、アン様が宮殿内を贅沢に改装しても文句を言うことはありませんでした。

 やがてアン様はご出産されました。元気で可愛らしい女のお子様です。わたくしたちは初めての赤ちゃんのお世話で大騒ぎでした。子育てをしている先輩の侍女たちが、慣れた手つきで赤ちゃんを抱き上げるのを見て、しきりと感心したものです。赤ちゃんの名前はエリザベスと名づけられました。ふと窓の外を見ると、いつの間にか暑い夏は終わっていて涼しい風が吹くようになっておりました。

 ヘンリー様は、エリザベスさまが誕生されて、何か大きな式典を開くなどということはなさいませんでした。それどころか、生まれたのが女の子だったということにひどく落胆なさったようでございます。やがて、アン様へのお言葉も以前ほどの気遣いを感じられず、よそよそしいものになっていきました。ヘンリー様との関係が冷めていくにつれ、アン様はわたくしたちに酷く当たるようになっていきました。ある時は高価なグラスをわざと投げつけ、その責任を取らされた侍女は退職金も払われずに辞めさせられました。ドレスの着付けでお傍に寄ると、腕などをものすごい力でつねられました。特に白い肌や金髪の若い侍女への態度は酷いもので、アン様の周りは常に張り詰めた状態でした。わたくしも何度もアン様からつねられたり、きつい言葉をかけられました。でも、家のためにお仕えしているわたくしに何が出来ましょうか。わたくしはただ黙って俯き、アン様の気持ちが落ち着くまで目を伏せることしかできませんでした。

 アン様が侍女に酷い態度をとるのは、ヘンリー様との関係だけが原因ではありません。エリザベスさまをご出産されてから、再び妊娠したことが分かりました。しかし、そのお子様が無事に産まれてくることはありませんでした。そして、それは一度だけではありませんでした。

 お子様が天に還られたと分かるたび、ヘンリー様は落胆なさり、ますますアン様に冷たく接するようになっていきました。アン様は少しずつ心が不安定になっていき、近くにいるわたくしたちへの態度は益々酷いものになっていきました。また、気を紛らわすかのように贅沢なものを買い求め、常に社交界で話題の中心にいました。先ほどまで機嫌よく笑っていたかと思えば急に怒り出し、しばらくすると何か社交界で話題になりそうな催し物の計画を立てる・・・キャサリン様にお仕えしていたときに流れていた、ゆったりとした穏やかな時間というものが、アン様には全くありませんでした。

 アン様にお仕えするのを辞めたいと、何度思ったことでしょう。しかし、わたくしは思いとどまりました。それはキャサリン様のお子様であるメアリー様がいらっしゃったからです。

 エリザベス様が産まれてから、王位継承権はエリザベス様に与えられました。そして、キャサリン様との結婚そのものが無かったことにされたメアリー様は、ヘンリー様の血を引いているのにもかかわらず庶子に落とされたのです。キャサリン様の母国であるスペイン王家の力が無ければ、メアリー様は誰にも守られることなく命すらなかったことでしょう。アン様は嫌がらせのように、メアリー様へエリザベス様の侍女になることを命じ、身内の者にメアリー様を監視させていました。キャサリン様の大切なお子様を置いて逃げることは出来ません。わたくしは監視の目をくぐって、なんとかメアリー様にお会いしようといたしました。 

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