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ロンドン  作者: 東堂 アカリ
7/15

 先ほどまで目の前にいた女性は、すーっと透明になってすぐに見えなくなった。どうやら今日の話はここまでのようだ。 その数秒後に、何人もの靴音が聞こえ、案内の女性がチャペルの説明をしながら入り口から入ってくるのが見えた。

 わたしはゆっくりと立ち上がり、賑やかな見学者たちの邪魔にならないように、そっとチャペルを後にした。幸い、案内役の女性や見学者たちに何か言われるわけでもなく、わたしは思考の海の中に浮かんだままだった。

 彼女が仕えていたというアンという女性は、おそらく今でいう女優のような華やかで迫力のある美人だったのだろう。そして、美しいだけでなく、とても頭の良い女性に違いない。しかし、先ほどまで目の前にいた女性も、白い肌を持ち豊かな金髪で、控えめながらも凛とした雰囲気がとても印象的だった。また話が聞けるだろうか、そう思いながら、その日はそのまま宮殿を後にした。


 次の日は見学者も多く宮殿全体が賑やかだったため、私は早々に尋ね人を探すのを諦めて帰ったが、その次の日は朝早くに来たこともあり、人のいない宮殿の中を歩き回ることが出来た。   一昨日、女性と会ったチャペルの周りをうろついたが、残念ながら彼女は見つからない。私はそのまま、何となくいくつもの扉が並ぶ廊下を歩いてみた。そこは初めてこの場所に訪れたときに案内された、公開していない立ち入り禁止の部屋もある場所だ。すると、向かい側から、先日と同じドレスを纏った女性がゆっくりと廊下を歩いてくるのが見えた。私はすれ違いざまに「先日は興味深いお話をありがとうございます」と声をかけた。彼女はゆっくりと振り返ってこちらを見ると、何もわからないと言うように小さく首を傾けた。

「ヘンリー様とアン様の結婚式に話はとても興味深いお話でした。できることなら、もっと知りたいのです。まるで本に出て来る王女様のようなあなたの話を。」

「・・・」

「神に誓って、あなた様とのお話は他の人に話さないと誓います。」

「・・・」

彼女は少しのあいだ何かを考えるように上を見つめると、やがて「わたくしは王女様ではありませんわ」と何の感情も読めない声で答えた。そのまま歩いて行こうとしたのを見て、私は咄嗟に彼女の目の前にあるドアノブを引っ張った。彼女はためらいもなくすっと部屋の中に入っていった。

 その部屋が公開されているかどうかは分からなかったが、先日入ってはいけないと言われた部屋ではないことは確かだった。部屋は綺麗に掃除してあり、家具はなかったが深い緑色で金色の縁取りがある立派なカーテンが掛けられていた。勝手に部屋には行ったことを後で怒られるかもしれないが、この機会を逃すことの方が惜しい。呼吸する音しか聞こえないような静寂の中で、彼女は再び話し始めた。


  わたくしを王女様と思われるなんて、他の方におっしゃらない方が身のためですよ。だってわたくしは、ヘンリー様のお妃となられたアン様と同じくらい低い身分なのですから。今でこそ、こうして豪華なドレスに立派な宝石をつけていますが、侍女になる前は着古したおさがりのドレスを何着か持っているくらいだったのです。わたくしが他の貴族たちからあまり悪く思われないのは、もともと低い身分だったにもかかわらずお金や権力を振りかざしていたアン様よりも、ましだからというくらいしかありません。

 本物の王女様というのは、キャサリン様のことを表す言葉です。あんなに上品で気立ての良い方を、ヘンリー様は何故最後の最後まで辱めようとしたのか分かりません。宮中での生活は息の詰まりそうなことの方が多かったのですが、キャサリン様と交わしたお言葉だけが今でも美しい思い出として残っております。

 ヘンリー様はアン様と強引に結婚なさいましたが、どんなに豪華な衣装に身を包み大きな宝石で飾り立てても、キャサリン様ほどの品格はありませんでした。そして、それは生涯けっして変わることはありませんでした。そのことに、キャサリン様をお慕いしている者たちはこっそりとため息をついたものです。

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