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ロンドン  作者: 東堂 アカリ
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彼女は戸惑うことなく、すっとチャペルのある扉を進んで行く。私も黙って彼女について行った。

「ヘンリー8世のことをよく御存じなのでしょうか。」

「ええ。でも、それ以上にお妃さまのこと、キャサリン様のことは存じ上げておりますわ。・・・アン様のことも。」

「そうですか。お会いしたことが無いので羨ましいことです。」

「そう。よく羨ましがられたけれど、わたくしは良かったと思ったことなどあまりないのよ。」彼女は寂しそうにそう言った。

「よろしければ、もっとお聞かせいただいても?」

そう言うと、彼女は「他言しないと神に誓うのなら」と答えた。私が「神に誓って、貴方の仰せの通りに」と言うと、彼女は満足したのか話し始めた。


 


 わたくしがロンドンに参りましたのは、ヘンリー様の妃であるキャサリン様にお仕えするためでした。ヘンリー様の部下でもあった父が、より多くの権力を持つための糸口にしようと、わたくしを送り込んだのです。それと、奥手で華やかさに欠けるわたくしに、少しでも良い縁談を頂く機会を増やすためでもありました。父や兄たちは、何度もわたくしに、キャサリン様にお仕えして我が家の覚えを良くしてもらうことと、少しでも我が家の為になる縁談を見つけてくるよう言いました。

 それまで華やかな社交界とは縁のなかったわたくしですが、キャサリン様にお仕えするようになって、煌びやかな宮中での暮らしに驚きました。わたくしの実家は自然の豊かな場所でしたし、貴族とは名ばかりの慎ましい暮らしをしていたものですから、宮殿で目にするものすべてが刺激的でした。そしてキャサリン様は我がイングランド王の妃でもあらせられますので、お仕えするうえでも一流の立ち振る舞いが求められます。他国のお客様も多く、キャサリン様への評価が、即我が国の評価となることもございます。わたくしは日々必死でお仕えしておりました。わたくしの振舞いひとつで、キャサリン様にご迷惑をおかけするなど出来ません。ましてや貴族としてのマナーや教養など、まだ未熟な身ですから周りについて行くので必死でした。そうして日々を過ごしていくうち、あっという間に月日が過ぎていきました。その頃のわたくしは日々お仕えするので精一杯で、とてもではありませんが自分の縁談を考える余裕もなかったのです。  キャサリン様は日々必死でお仕えするわたくしに優しい言葉をかけてくださり、また、多くの信頼も寄せてくださいました。初めてお会いした時から、こんなにも美しく品格のある方がいらっしゃるなんて信じられませんでした。肌は透き通るように白く、輝くような金色の髪で、整ったお顔立ちからは知性と聖母のような慈悲深さを感じました。お仕えしてもその思いは変わることなく、むしろ憧れの気持ちが増していきました。周りに仕えている者のうち社交界で評判の美人も多くおりましたが、キャサリン様の前では誰もが霞んでしまうように感じました。その頃のわたくしは、キャサリン様のことを神様が地上に落としていった天の遣いだと思っていたくらいなのです。

 ただ、キャサリン様が心から愛し甲斐甲斐しく支えておられるヘンリー様との仲はぎこちないものでした。いえ、最初は大変仲睦まじかったようなのですが、キャサリン様が何度も流産を繰り返してなかなかお子様に恵まれなかったこと、そしてキャサリン様がヘンリー様が不在の時に見事に摂政の役割を果たし、国民の評価が高くなったことへの嫉妬もあるようでした。ヘンリー様は、いつでも自分が一番でおられないと満足できない方なのです。

 そして、ヘンリー様は女性関係が大変華やかで、次々と女性と関係を結んでおられました。あろうことか、キャサリン様にお仕えしている侍女たちとも次々と関係を持っておられたのです。そのことを知ったとき、キャサリン様はどう思われたのでしょう。温かい言葉をかけたこともある近しい関係の者たちに裏切られていたのです。また、関係を持った侍女たちはどのような気持ちでお仕えしていたのでしょう。このような美しい聖母のような御方を裏切ることに罪悪感は感じなかったのでしょうか。

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