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ロンドン  作者: 東堂 アカリ
2/15

 なんでそんなことを思ったかって?彼女は生まれながらに裕福な家庭で育っていて、人に傅かれるのは当たり前なんだ。欲しいものはすぐに手に入る。それも一流の物がね。紅茶だって、基本的にはメイドが淹れるのが当たり前、それも自分好みの温度で、気に入った茶葉で用意される。自分で淹れるとしたら花嫁修業の時だけといった感じだから、たかが紅茶の一杯くらいで微笑むことなんてない。それも、あのとき出されたのは、流通量の多いやや渋みのある茶葉なんだが、記憶違いでなければ彼女はあまり渋みのないものが好きだから、ほとんど口をつけないんだ。まあ、私と会わなかった間に好みが変わらなければの話だけれど。

 他にもいろいろと引っかかったことはあったのだけれど、とりあえず私は彼女が何かにとり憑かれている可能性があると考えた。ご家族の話では、春以降に様子が変わっていったと言うから、何かきっかけがあったに違いない。自信はなかったけれど、一か八か言ってみることにした。

「先ほどお父さまから、春に素敵なところにお出かけになったと聞きましてね。是非私も話を伺いたいと思ったのです。」

そう言ってみると、彼女は一瞬驚いたようにこちらを見て、また手元のカップに目をおとしたんだ。そして、小さな声で「ええ。でも、殿方には興味があるところかなんて分かりませんわ」と答えたんだ。その後もいくつか話を振ってみたんだが、彼女は二言三言答えるだけで終わってしまう。

 それで確信したね。彼女は春にどこかへ出かけた、そして、その場所で何者かにとり憑かれてしまったのだと。

 私はまた来る約束をして、その日は屋敷を離れたんだ。

 最初は固かった彼女の態度も、何度か会ううちに打ち解けてきた。私は最初に会った時から、彼女が春に訪れた場所を聞くのを止めていたんだが、その日は彼女がとてもリラックスしていたから聞いてみることにしたんだ。

「ええ、春に行ったのはロンドン塔だったかしら。いえ、ハンプトン・コート・・・。」

彼女はそこまで言うと、はっとして口をつぐんだ。私は何も聞いていなかったかのように「ロンドン塔ですか、興味深いですね」と答えた。その後は当たり障りのない話をしてから、部屋を出たんだ。

 その日から何日か、親戚の伝手でいくつかの図書館で調べものをしてね。私はいくつか仮説を立てたんだ。そして親戚にも手伝ってもらって、彼女を救うために準備をした。残された時間があとどれくらいなのかは分からなかったから、大急ぎだったよ。


 その日、ロンドンはいつものように曇っていた。彼女は落ち着いた青いドレスを身に纏って馬車に乗り込み、隣には母親が、向かいには父親が乗り込んだ。私は後ろの馬車に乗って、目的地に着くのを緊張しながら待っていた。窓の景色を眺めながら、道路沿いの店がやけに気になったり、売られている赤い林檎の色がとても鮮やかに見えたことを覚えているよ。その日の町並みは、まるで劇を見るかのように色づいていたんだ。

 気がつくと馬車は止まっていて、扉がトントンと叩かれていた。私がはっとして窓の外を見ると、赤みがかった茶色の煉瓦造りの建物が見えた。御者が扉を開けてくれ、外に出て改めて見てみると、それは思っていたよりも大きく立派な建物だった。かつてイギリスの国王であったヘンリー8世が暮らしていた、ハンプトンコート宮殿だ。それは今までのむごたらしい歴史を感じさせないほど、いや、その歴史をも上回る迫力で建っていた。なるほど、こんなにも立派な城を見せられたら、臣下を殺してでも奪い取りそうだな、と強欲な王の肖像画を思い浮かべながら思った。

 最初に着いていた馬車から父親と母親、そして母親に腕を掴まれ引きずり出されるように馬車から出された娘の姿が見えた。彼女は家を出るときとは比べ物にならないほど顔色が悪く、一人では歩けないように見えたため、父親と母親が両脇から抱えるようにして彼女を立たせた。途中、彼女はちらりと責めるように私を見たが、私は何も気づかない顔をして彼女たちの前に立った。 



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