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ロンドン  作者: 東堂 アカリ
1/15

 ピエールがふらりと友人の家を訪ねると、彼はのんびりと窓辺で紅茶を飲んでいた。

「やあ、ユーグ。久しぶりだね、元気そうじゃないか。」

「・・・やあ。」

物憂げな顔でちらりとこちらを見ると、彼はゆっくりと息を吐いて再び窓の外へ目を向けた。

 来客は何事もなかったかのようにソファに腰掛け黙ってユーグを見ていたが、いくら待っても話しかけられないため、やがてうとうとと眠ってしまった。この頃急に冷え込んできたのと、部屋が暖かいこともあったのだろう。彼が次に目を開けたとき、目の前には淹れたてのコーヒーが入ったカップが置かれ、温かい男の手に肩を叩かれていた。

「やれやれ、よその家で居眠りするなんて君くらいしかいないだろうよ。」

そう呆れたような、それでいて面白くてたまらないのを抑えているかのように男は言った。

「はは、悪かった。突然訪ねたことも。」

ユーグはカップを持ったままちらりと目を向けたが、口をつけることなくそれを置いた。

「なんだか君に会いたくなってね。」

「気持ち悪いな。」

「そう言うと思ったよ。いや、僕もどうかしているのかもしれないけれど、君の声は妙に落ち着くんだ。まあ、美女の囁き声にはかなわないけどね。」

「君らしくて安心したよ。」

「なあ、何か面白い事件の話を聞かせてくれないか。昔の話でもいい。」

「面白い話、ね。・・・面白くはないけれど、いろいろと考えさせられる話でもいいかい?実は、君が来た時に思い出していたのはその話なんだ。」

「是非お願いしたいね。」

ユーグは足を組みなおすと、ほんの少し口元に微笑みをのせて話し始めた。


 もう5、6年たつだろうか。イギリスにいる親戚が、どうしても私に来て欲しいと連絡があったんだ。あまり気が進まなかったんだが、断ることが出来なくてね。ちょうど他の仕事の依頼もなかったし、船の切符も取れたものだから、行くことになってしまったんだ。

 これで天気が悪くて引き返したりだとかしたならば、私はすぐにパリに戻っただろう。しかし私の思いとは裏腹に、道中はいたって順調だったよ。まるで何かに導かれたようにね。船は見えない紐で引っ張られているかのように、何の事故もなく進んで行った。ここまできたら、神に導かれている運命だと思わなくてはならない。私の心も晴れればよかったのだが、いくら時間がたってもロンドンの街の空のように薄曇りのままなのさ。

 私は諦めて、暗い気持ちをぶら下げたまま親戚の家へ行った。安心したまえ、これでも大人だから挨拶するときまで不愛想にはならなかったよ。

 ノッカーを鳴らすと、きっちりと髪を後ろに撫でつけた執事が現れて、私を客間へ案内してくれた。私は歓迎されたが、家じゅうの空気が澱んでいるのはすぐに分かった。その家の夫人が、待ちきれないと言った様子で私を椅子に座らせると、何から言おうかとせわしなくイヤリングを触ったり、指輪の位置を直したりした。見かねたご主人が、こめかみを抑えながら話し始めたんだ。まるで私に頼ることは不本意だとでも言いたげな態度に、面白くなかったのは本当だけれどね。

「君には以前から不思議な力があると聞いていたけれど、どうかその力を貸してくれないか。」

 そうして始まった話だが、何とも言えない話だった。その家の娘さんが、春以降に徐々にふさぎ込むことが多くなり、今では滅多に家から出ないとのことだった。急に人格が変わってしまったというのなら悪魔払いの儀式などをすればいいのだろうが、そこまでではなく、ただただふさぎ込んでいる日々が続いているらしい。彼女の記憶はしっかりとしていて怪しいところなどは無いと言う。実際、その後に私も話してみたが、確かに以前より控えめな印象は受けたけれど、まぎれもなく本人の記憶はあるんだ。

 ただ、私は彼女に少し違和感を感じた。親戚の夫婦には退席してもらい、信頼のできるメイドを残して、彼女と話をすることにしたんだ。 彼女は私と向かい合って腰掛けたあと、戸惑うように俯いていたんだが、メイドが淹れてくれた紅茶は嬉しそうに口をつけていてね。それを見て、私は気づいたんだ。彼女の身体には、何か別の霊がついていて、このままでは取り返しのつかないことになると。 

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