とある神様の転生記録-3
やあやあ皆様お久しぶりぶりざえもん。……なんちゃって、自分で言っておきながらちょっと自分の生きた時代の古さに軽く絶望を覚えた相変わらず職業:神な元人間の名無しです。
前回は……ええっと、あれですね、TSして周りのヤンデレ候補に涙目な話でしたっけね。あの時は本当にもう、定期的に愚痴っておかないと左手の爪が全部ボロボロになる(人間だった頃からある爪の噛み癖のせい)レベルでストレスフルな生活で、実家から解放されるまで心休まる時間なんてほぼ皆無でしたからねぇ。今回はまぁ割とのんびりした人生を送ってくれた36代目のお話です。
私、転生30回を超えたあたりから当代が死んだ後に当代の記憶なぞるように思い返すようにしてたんですが、まーあ36代目の相棒さんが人間だった頃の私のドツボで。萌えでしたね。萌え。
まあ、外見は強面っていう言葉がしっくりくる男前でしたけど。でも可愛かった。そして出来ればその手触りの良さそうな腹の毛あたりを直接撫でさせて欲しかった。どうしてその時私は目覚めなかったんだ……っ。いやまぁ件の相棒さんが36代目の危機を全部取っ払うわ跳ね返すわで私の出る幕なかっただけなんだけど。
どっちにしろオタク気質だった人間の私のヘキに突き刺さるタイプだったと思ってもらって結構です。てか、ここ暫くびっくりするくらいハイテンションなのは人間だった頃の感覚が強いからな……。多分ヘキに刺さって人間の感覚が強化されてる気がします。今までに話した転生の記憶にも大体一人は確実にヘキに刺さるやついたし。
まぁ今回のは肝心の相棒さんメインの話じゃないですけどね。36代目も私だけど、だからと言って何でもペラペラ喋るのは違うだろうし。特に今回、私は眠ったままだったし。
まあ、それはさておき。
今回の話に“私”は一切登場しませんが、故に何にもなかった36代目の人生に、皆様どうぞお付き合いください。
vol.35
とある海底洞窟には、喫茶店がある。
そんなところに店を構えて、やっていけるのかと思うであろう。しかし意外や意外、その店の存在を知る者は多い。されど知る人ぞ知るその店に辿り着けるモノは少ない。
その物珍しさから、何時からかこんな噂ができた。その店を訪れる事のできたモノには幸運がもたらされるという――
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*
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「いらっしゃいませ。ようこそ、『ザイラの店』へ」
軽やかなドアベルの音とともに彼を迎え入れてくれたのは、すらりとした肢体をカーキ色のワイシャツで包み、黒いロングエプロンを腰にかけた妙齢の女性だった。
彼女は自分がこの店のマスターだと言い、テーブル席のひとつへと彼を案内する。彼は何が何やら分からぬまま勧められたテーブルに腰かけ、少々お待ちくださいと言い置いてカウンターの奥に引っ込んだ女マスターを呆然と見送る。しかし、直後にのっそりと顔を出した大男にギロリと睨まれ、慌てて目をそらした。
「お待たせいたしました。当店オリジナルブレンドコーヒーとザッハトルテでございます」
強面の割には丁寧な低いテノールの声に釣られて視線を向ければ、カウンターに座る客に給仕をする大男。先ほどの女性が着ていたものと同じデザインの服を着ているので、従業員であることに間違いはないだろう。……捲り上げた袖口から見える鍛え上げられたと思わしき筋肉だけを見たなら、こんな所で呑気に給仕をするより武器でも振り回している方がよほどしっくりくるが。
肉の付きにくい自分のそれと見比べて、彼は思わずため息を吐く。それと同時に再びドアベルの音が鳴り、扉の隙間から顔を出した女性が彼の顔を見て意外そうな声を上げた。
「あら? 君、迷宮の入り口にいた子じゃないの」
「いらっしゃいませ、マリンさん。お客様とお知り合いなんですか?」
話しかけられたものの、相手の女性に見覚えがなく、戸惑って視線を彷徨わせていたところにタイミングよく女マスターが再び顔を出してくれたため、ほっと息を吐く。しかし完全に無視をするのは流石に失礼だろうと意外そうにこちらをガン見してくる女性に軽く会釈を返した。
「いいえ、初対面よ。ただ、今日はいつにも増してゴロツキどもが騒いでてねぇ。あまりにも五月蝿いから注意しようかと思ったんだけど、その前にこの子がゴロツキどもをのしちゃって」
マリンと呼ばれた女性の話に思い当たることがあった彼は、そんなに人目を集めていたのかと急に恥ずかしくなって俯いてしまう。
「その、すみません……」
「あら、いいのよぅ。見てるだけでスカッとしたもの。これであのゴロツキどももしばらくは大人しくなるでしょうし、こっちがお礼を言いたいくらいだわぁ」
カラカラと楽しげ笑いつつ困ったような情けない顔をした彼の肩を軽く叩くと、マリンは彼の隣のテーブル席に腰を下ろす。女マスターはさっと彼のテーブルにお冷やと薄い冊子をセットし、何やらつらつらと呪文を唱え、
「ご注文がお決まりになりましたらお呼びください」
そう言って、今度はすすっとマリンのそばに寄って行った。マリンはそんな女マスターに慣れた様子で呪文を唱える。
彼はその様子を横目にテーブルに広げられた冊子を眺めるが、目を白黒させるばかりで手に取ろうとはしない。もちろんお冷やも手付かずである。
カウンターの奥に引っ込んでいく女マスターを見送ったマリンがそんな彼の様子に気がついて、「もう、マスターったら」と苦笑と共についっと冊子に指を滑らせた。
「コレはね、おしながきっていうのよ」
「め、めにゅー……」
「そう。この店にはこんなものがありますよーっていう、一覧表。君、もしかしてこういうお店自体初めてなんじゃない?」
「は、はい……。はっ、いやあの、ボクは」
どこか色っぽいマリンの仕草にぽーっとした彼は、流されるまま頷いた。直後に色々と我に帰って、慌てて顔の横で手を振る。事情を説明しようと絡れ気味に舌を動かそうとしたが、それよりマリンが喋り出す方が早かった。
「あ、もしかして字が読めなかったりする? だったら代わりに読んで――」
「あのっ!!」
流石にこれ以上流されるわけには行かないと、マリンの言葉を遮って、彼は叫ぶ。
「そもそも、ここは、ドコですか!!」
マリンだけではなくカウンター席にいた客や、タイミングよく戻ってきた女マスターさえもが目を丸くして、
「えっ」
「ほ?」
「あら」
「……他のお客様のご迷惑になりますので、店内ではお静かにお願いいたします」
従業員の大男には至極真っ当に注意された。
しゅん、と落ち込んだ彼に「顔馴染みの常連しかいないような店に迷惑もクソもないわ」と、手酷く店側の注意を切って捨てたマリン。恐ろしい形相で従業員の男に睨まれるが、どこ吹く風と言わんばかりに無視をして、「話を聞かせてもらえる?」とマリンは彼を促した。
「あの……えっと」
彼は彼で、興味深げな女マスターの視線や、ケーキを片手によって来たカウンター席の男性が気になって口籠もる。しかしあまり悩んで黙り込むのは不味い気がするな、と妙な確信を抱きつつ口を開く。
「ボクは、ただ迷宮の探索に来ただけなんです……」
***
彼は元々、長閑な農村の出身だ。
しかし、彼の家は突然なくなった。帰りが遅くなった言い訳の手土産を片手に帰った時には、すでに彼の家はなかった。
混乱して、とにかく人を呼ばねばとがむしゃらに走って、大きな街に辿り着いた。しかし幼年を引きずった彼のめちゃくちゃな説明では上手く事情が伝わらず、されど親も親戚もいない事は伝わったのか、彼はその街で保護される事になった。
それからしばらくは孤児院にいたが、いずれは独り立ちしなければならない。彼は困った。
したい事はないし、自分に何が出来るかもよく分からない。しかし同時期に孤児院に入った子に誘ってもらったので探索者になった。それから半年。
「そろそろ違う迷宮行こうぜ!」と言われるままに来たこの迷宮で、彼は遭難してしまった。
転移罠に引っかかってしまったのだ。しかも飛ばされた先には連続で組まれた罠だらけ。
幸い仕掛け自体は単純なもので、彼にも見破れるし回避が可能だった……のだが。
「突き当たりがモンスターハウスで……ボク、最後の方はあんまり覚えてなくて……とにかく逃げなきゃって、目についた横道に飛び込んだんです。そしたら目の前に扉があって、気づいたらここにいて……」
本当にここはどこなんですか……と、消え入りそうな声で彼は言う。
従業員と彼をのぞいた3人が視線を合わせ、まず女マスターが口火を切った。
「ええと、最初に言ったとおり、ここはお店です。軽食と飲み物を提供する、いわゆる喫茶店ですね。店主は私。名はザイラと申します。こちらは従業員のライカン」
「どうも」
軽く頭を下げて会釈する従業員に、彼も慌てて同じように会釈を返す。
「マスター。呑気に挨拶してないで、ちゃんと説明してあげなさいよ。彼が聞きたいのはそれじゃないと思うわ」
眉が下がりっぱなしの彼の様子を眺めていたマリンが口を挟んだが、キョトンとしたマスターの顔を見て、マリンはため息をついた。
「相変わらずズレてるわねぇ……。ボク、ここは海底洞窟よ。海の底にお店があるの。あなたが探索しに来た迷宮とはまた別の場所。まぁ水槽を見れば一目瞭然だけれど……。正規の出入口は『潮の洞窟』っていう迷宮の高難易度エリア、しかも中層〜下層の間にあるわ。そうよね、マスター?」
「ええ、はい。ですがこの店には養母の魔法がかかっていまして、いくつか『道』があるんです。順路も方法も複数あるので、全てを把握している訳ではないのですが……あなたはおそらく、その『道』のひとつを通ってこられたのだと思います」
目を白黒させつつも、彼は首を傾げる。この店は彼が入った迷宮ではなく、別の迷宮にある。転移トラップで他所の迷宮まで飛ばされたなんて噂でも聞いたことがないが、落とし穴に落ちた先が別の迷宮だった、と言われるよりは納得できる。だからそれは、まぁ、ひとまず置いておける。
しかし、彼は『道』と言えるような場所を通った覚えがない。それを正直に伝えると、女マスターは困惑の表情を浮かべる。
「ええ? ですが横道があったのでしょう? そこに辿り着くまでに決まった順路を通らなければならないはず……」
「なれば考えられる可能性はひとつだの。時に若人よ。お主、罠は全て避けたのか?」
「えっ? あ、いいえ」
急に話しかけて来た男性客に慄きながら、彼は首を横に振った。別の仕掛けを避けるのに、わざと引っ掛かる方が都合がいい物もあったのだ。いくつかの罠は起動している。
「ではそれがその『道』の正しい順路だったのだ。罠を見たら、通常、人はそこを避けて通るじゃろ。もしくは解析ないしは無効化くらいするじゃろ。それをせず、わざと引っかかりながら踏破した数奇者を呼び寄せる為に作った『道』と考えるのが妥当。店主どののご母堂がやりそうな事じゃて」
「確かに。お母様ならやりそうです……。うちの養母が申し訳ありません」
「いいえ、いいえ! 大丈夫です。むしろアレはいい修行になったというかなんていうか……」
酷くバツの悪そうなマスターに、彼はワタワタと気にしない様にと伝える。そんな彼を見てカカッと笑った男性客は、彼の背中をバシバシと叩いて言う。
「かの御仁の気まぐれを修行と言える、お前さんの様な者を儂は好ましく思うぞ。どれ、バァさんへの土産話のためにも、このジジイにもう少し細かく語っておくれ。お主の話は面白そうだ」
「は、はぁ……」
話の流れについて行けなくなってきた彼は、うっすらと疑問を含んだ生返事を返す。
来たくて来たんじゃない事と、遭難者である事は伝わったんだろうか。何だか些末ごととして傍に置かれている気がする。
「今後のためにも、その話は私も聞いておきたいですね……。ですがその前に、お客様。逸れた時の動きについて、ご友人方とお話はされていますか?」
傍に置かれていたわけではなかったようだ。話の筋が元に戻った事に顔色を明るくした彼は、しかしすぐに表情を曇らせて、小さな声で言う。
「それが……その、実は迷宮内でパーティを追い出されました……」
パチクリと瞬いて、女マスターが言う。
「あらあら……それはどうしてなのでしょう?」
パーティリーダーとのやり取りを思い出して、彼は肩を縮こませる。
「ちょっと前からリーダーと喧嘩してたんです。ボク、本当は迷宮を変えるのは反対してて……。でも確かに他と比べたら功績はいい方だったので、浅いところならって来たんですけど、リーダーがどんどん深い所に行こうとするので、止めたら揉めてしまって」
「邪魔だからパーティから出て行け、とか言われたのね」
まさにの通りです、とマリンの言葉に頷いて、彼はため息とともに項垂れる。
「みんな大丈夫でしょうか。リーダーは少し意地っ張りなトコがありますし、ボクを追い出した手前、引くに引けなくなって酷い怪我とかしてないといいんですけど……」
「この後に及んで元仲間の心配か。お人好しじゃの」
「一周回ってバカじゃない?」
マリンの言葉が彼に刺さる。確かに、未だ追い出されたパーティの心配をするのはお人好しがすぎるかもしれない。しかしこれはもう彼の性分だ。幼年を過ごした田舎暮らしの弊害でもある。
ますます肩を落とした彼に、一瞬視線を空に漂わせた女マスターが優しく声をかけた。
「大丈夫ですよ。ご友人方は無事なようです」
「えっどうして急に……いやそれ本当ですか?」
「ええ。今少し視ましたので。それに大雑把な居場所なら占うこともできますよ?」
「あら、マスターってばそんな事できたの?」
「店主どののご母堂は魔女じゃよ。マリンどのは知らなんだか」
「ええー、初耳。てか魔女ってあの魔女? よくふざけた事件起こして話題になる?」
「ふふ、ええ。私はその魔女の弟子でもあります。……お客様がここに来てしまった原因の一端は養母にありますから、サービスしますよ。帰りは普通にあのドアから出ればお客様が元いた迷宮に出られますので、ご安心ください」
「ありがとうございます!」
随分と明るくなった彼の様子を見て、女マスターはコホンと咳払いをする。
それから、にこっと綺麗な笑顔を作って、
「それではお客様、ご注文をお伺いいたします」
来店したからには注文しろ、と言わんばかり圧をかけられた彼は今ひととき仲間の事を忘れ、ほぼ条件反射で答えた。
「あっはい。じゃあこのお店のオススメをお願いします」
*蛇足な会話①*
「かしこまりました。それでは当店で1番人気のミートパイをお持ちいたしますね。……ライカン」
一礼して去っていく女マスターと、呼び寄せられて着いていくライカンの背中を何となしに見送ったあと、まず口を開いたのはマリンだった。
「ところで気になってたんだけど、ボク、どうしてずっと敬語なの?」
「これは孤児院で教えてもらいました。ボクの元の喋り方だと何言ってるか分からないらしくて……」
「へぇ。孤児に教育なんて無駄だ、とか言う所も少なくないのに珍しいわね。あなた所作もキレイだし、随分良い教師がいたのねぇ」
「あ、いえ、これは先生に教わったとかじゃなくて、お姉様……あ、孤児院の先輩の女の人なんですけど、その人がボクを見るなり
『理想の王子を作るチャンスよ!』
って言って、院長まで巻き込んで色々と教えてくれました」
「……えらくバイタリティ溢れた子がいたものね……ちなみに今、その子はどうしてるの?」
「伝手で呼び寄せた演技指導の先生に引き抜かれて、看板女優してます」
「本物のマナー講師は雇えないから演技でもそれらしいのを仕込まれたのね……本当にバイタリティあるわぁ……」
*蛇足な会話②*
「ところでご友人の居場所は占いますか?」
「いえ流石に思う所があるので無事ならそれでいいです」
(終わり)
自分で書いておいて何だけど、ザイラの店に行けたら幸運ってあのウワサなんなんだろうね……?
↓以下、ネタ元のツイート内容
>ザイラの店
>カーキ色のワイシャツとネクタイが制服で、海の底の洞窟にある。
>
>美味しいミートパイが評判で、人気商品は人の優しさが原料の生クリームを乗せたザッハトルテ。
>従業員に狼の獣人がいる。
>http://t.co/r1x7qcoFbu
>ザイラは『生き物を操る』能力を持っています。これで救世主になってみましょう。
>http://t.co/Ann5jhRKdp
↑の設定物騒すぎて使えなかったんですが、多分印をつけて支配下に置いた(どちらかと言うと支配されにきたので仕方なく配下においた)生き物をあちこちに放つくらいのことはしてると思うので、『彼』の元仲間の安否もこれ経由だと思われます。
【Vol.35 登場人物】
*彼
そのうち何かあだ名つけられると思われる、正統派王子様な見た目のいち元農民。ものっそい強運と幸運の持ち主。
なお↑はあらかじめざっと作った説明文だけど、いざ本編描き始めたら幸運とか強運とかより多分「トラブルメーカー」とか「禍福は糾える縄の如し」とか言うスキル持ってそうな話になった。SA◯UKEモドキのトラップロードを単独踏破できる程度の実力。
*マリンさん
フルネームはニレノキ=アクアマリン。多分異世界トリッパーか異世界転生者なアラサー女性。世話好き。美人だけど奥手。思い人と両思いなのに気付いてない。でもそのうちくっつく。
3月10日生まれで誕生花は楡の木、誕生石はアクアマリン。本名は別にある。
*ジジ様
甘い色した美丈夫。甘いもの好き。見た目は決して老人ではない、脂の乗った壮年男性。
ザイラの店最古参の常連客で実は竜族の偉い人だが、性格は子供に甘い好々爺。バァさんの尻に敷かれてる。
*ライカン
ザイラの店の従業員。狼の獣人、つまりライカンスロープなのでそのまんまニックネームになった。本名を知っているのは今の所ザイラとザイラの養母だけ。
*ザイラ
36人目の“私”。喫茶店『ザイラの店』の女店主。養母には半ば攫われるように引き取られたのだが、自身が特殊で厄介な能力持ちであると分かってからは感謝している。なぜ辺鄙な場所に喫茶店を開くことになったかと言えば、大体養母のせいなので深く考える事はやめた。
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「脂の乗った壮年男性」ってなんだか表現がおかしな気がするけど考えるな、察しろください。
……え? なに? オチが見当たらない? いやいやぁ、自己満で書いてる小説にそんな高望みしちゃいけないよ。