06 バスティス公爵家の困惑 2
フォルティス様の仰るには、この茸で一旦バーミリオン様の体力を最大にし、そこから魔力変換させる。それを毎日繰り返す事で、体力の最大値を上げれば、日常生活が送れるだけの体力が残るようになるはずとの事。この茸にはそれだけの力があるようなのです。
「フォルティス殿。そなたに治療をお願いできるか?」
「勿論でございます。」
「息子が元気になれば、報酬はそなたの望む通りにしよう。」
「で、では。」
「うむ。」
「この茸を研究用に分けて頂きたい。」
「それで、良いのか?」
「良いのですか!?公爵様、感謝致します!!」
やはり魔法使いの方はよく分かりません。
嬉しそうに懐から皮袋を取り出して茸を大切そうに詰め込むフォルティス様を見て、私は少し不安になってまいりました。
治療にはどれ程の茸が必要なのだろうか?どれ位の期間?
「魔導師長様、ひとつお伺いしても宜しいでしょうか?」
「何でも聞いてくれたまえ。」
「治療にはどれ程の期間かかるのでしょう。その間、茸は古くなってしまいます。」
「ああ、それは私も気になるのだが……治療を始めないと分からないけれど、茸の日持ちと、成分変化を考えれば、短期間で使い切りたいところですね。どこから送られてきたかを調べて頂きたい。」
旦那様は難しい顔で頷かれました。
私は送り主がまた送ってくれることを祈らずにはいられませんでした。
その日からバーミリオン様の治療が始まった。その日の夜には症状が戻ってしまったとはいえ、久しぶりにバーミリオン様の笑顔を拝見することができ、使用人一同こっそりとハンカチを涙で濡らしたのでした。
山盛りの茸は調理場に運ばれ、風通りの良い場所に保管することになりました。
フォルティス様は、乾かしても同じ効果が維持できるか調べると仰っておられます。
そして、あの日から三日後、夕方の人の出入りの少ない時間を見計らったようにまた金の茸が籠いっぱいに届けられました。
籠は素人の手作りのような雑な作りでしたが、そこに前よりも濃度の濃い茸が入っておりました。
茸は多めに届くので、屋敷の中のもの達も口にさせて頂くことができ、日頃多忙な業務に追われる使用人達も随分と体調が良くなっています。
そして、茸は、少し籠が小さくなったが、一日おきに届くようになりました。
いつも置かれる場所に空のカゴを置いておくと、それも回収してくださる。
もしやと思い、バーミリオン様がカードを入れられたところ、少し幼い字で
「元気になってね。」
と、書かれた手紙が次の時に一緒に入っておりました。
茸が届き始めて1ヶ月。
バーミリオン様は、普通の生活が送れるほどに回復なさった。もう心配無いとフォルティス様からもお墨付きを頂きました。
「全部この茸のおかげですね。私が未来を考える事ができるようになるとは思いませんでした。」
今ではすっかり顔色が良くなったバーミリオン様は、旦那様と同じテーブルで食事もなさる。
ほんの数ヶ月前には考えられなかった光景です。
その日、バーミリオン様は、旦那様にお許しを頂いていつも茸が置かれるサイドテーブルの前に、じっと座っておられました。
フォルティス様に隠蔽魔法をかけて頂いて、です。
茸は誰かが見張っている時は届かないので、私達は監視を諦めたのですが、バーミリオン様はどうしても送り主を知りたかったようです。
結局、バーミリオン様の粘り勝ちで送り主のお手に触れる事ができたそうです。
小さいけれど、しっかりした手だったそうです。
その後は、籠での文通を楽しまれているようで、内容は教えて下さいません。
けれど、バーミリオン様がとても楽しそうで、明るくなられ、次期公爵になるべく頑張られる姿を拝見するだけで、私は胸が詰まる心地が致します。
どなたかは存じませんが、深く、深く、感謝申し上げます。