02 美少年を助けてしまった
マサルの実は前世のイチゴのような味がする木の実で、甘くて美味しい。
カゴに摘みながら、ついでに自分の口にも運ぶ。
この山で取れるものには色々な効果が少しだけあって、小説でもそれを元にポーションを作ったりしていた。
あ、ポーションかぁ、何か浮かびそう。
私はもぐもぐしながら、悩んでいたが、ふと見れば私の指先がマサルの実で赤く染っていた。
ちょっと指を洗おうと、少し奥にある泉に向かうことにした。とても綺麗な湧き水のでる泉なんだけど、村の人は殆どここまで来ることは無い。
やはり山なので、魔物は出るし、安全とは言えないから。
両親が私がする事を黙認してくれているのは、私が魔法を使えるようになってからだった。
ほら、そこにもうさぎの魔物。
見た目はウサギっぽいんだけど、角は生えてるし、顔が凶暴。牙が凶悪。それが勢いよく突っ込んでくるからタチが悪い。
風と氷の複合でスパーンと首を飛ばして、切り口の鮮度保存をする。本当は血抜きをしたいところだけど、まだ血抜きの魔法は考えつかないので、今は凍らせるだけ。
私はうさぎの魔物にマサルの実を乗せて、家に送った。血抜きはお母さんにお任せだ。
泉まで行くと、そこに一人の男の子が倒れていた。駆け寄るとちょっと薄汚れてはいるとはいえ、可愛い男の子。多分、私と同じぐらいかな。呼吸はしっかりしているけど、あちこちに傷がいっぱいあって、顔色も良くない。
私はそっと回復魔法をかけた。
「ううっ。」
男の子の傷口が一斉に開いて、血が吹き出した。
不味い。反発!
魔法が反発すると、回復魔法が逆に傷を悪化させることになる。この魔法じゃ駄目なんだ。
そこで思い出したのは、練習相手にした我が家に居着いているネズミのこと。
魔法の練習にちょっと魔法をぶつけて倒して、回復させて、お詫びにチーズをあげているネズミ達がいるんだけど、一番銀色で綺麗なネズミだけは回復魔法をかけると怪我が悪化した。それで、ダメ元で光を闇に変えたら、回復したのよね。
「もしかして、この子も特異体質?」
光を闇に変えて回復魔法をかければ、みるみる傷口が治って行った。ふぅ、良かった。
顔色も良くなったので、ついでにクリーンもかける。これも特異体質バージョンで闇に変えてっと……
びっくりするほど綺麗な顔だった!!
「綺麗。目は何色かなぁ。」
ツルツルの黒髪にそっと手を伸ばして頭を撫でる。ツルツルなのに柔らかい髪は気持ちよくて、思わずずっと撫でていたくなる。
突然男の子が目を開けた。真っ黒なのに少し藍色の輝きもあってそれが遠くで瞬く星のようにも見える。きっと宇宙ってこんな感じだ。
「宇宙ってなんだ?」
「え?私、口に出した?」
「……」
「傷が治っている。お前が?」
「うん。」
「……お前、何者だ?」
「そこの村の住んでる、マリア。」
「人間なのか?!」
なんで驚くのよ。失礼だなぁ。彼の頭をぐちゃぐちゃにしながら唇を突き出す私に、彼は驚いたように目を見開いている。
「どうやって、人間が俺の傷を……」
「ああ、あなたって普通の回復魔法は効かないのよね。うちのネズミにも一匹いるのよ。そういう子。」
「ネズミ……」
「でも大丈夫。ちょこっとだけ魔法を弄れば効く魔法に変えれるから。」
「そう、なのか?」
「うん。だから効いたでしょう?」
「あ、ああ。ありがとう。助かった。」
「はい。これ食べて。」
私はポケットから飴を取り出して、男の子にあげた。
「美味しいから、食べて。私はもう行くわ。あなたも早く帰った方が良いわよ。この山日が暮れると強い魔物が出るから。」
パンパンと服についたホコリを払って立ち上がると、ちょっとぼおっとしたままの男の子に手を振って私は家に向かって小走りに駆け出した。
綺麗な男の子だけど、もう会わない方が良いな。だって美形は小説の登場人物に違いないんだから。関わっていい事なんて、きっと無いと思う。
でも、凄く綺麗な子だったなぁ。
お母さんが焼いてくれたケーキを前に、私はほっぺたを大きく膨らませて、元気よくロウソクの火を消した。
ケーキもうさぎのローストも美味しくて。私はあの男の子の事をすっかり忘れてしまった。
お腹いっぱい食べて、私の誕生日は幸せに過ぎていった。
だから丘の上からあの男の子が私の家をじっと見てたなんて、気がつくわけが無かった。