82、ユーリ先生
この後先生は生徒たちの質問に答える形で、なぜ近くの物を長時間見続けると視力が悪くなるのかを黒板に目の断面図を描いて丁寧に説明した。
ここまで迷いなく線画を描ける人は珍しい。
どういう頭の構造をしてるのかドワーフは基本設計図なんて引かないし、そもそも数年前まで紙もペンもなかった世界だから。
視力検査表の存在を教えたのは確かに私だし「目のレンズの役割をしている部分を調節する筋肉が凝り固まって」とは言ったけど、それを即座に理解できたのは彼が日頃から何百回となく魔物や獣の解剖をしていたからだ。
キルヒャー先生の紹介で初めて会った時、こちらに微笑む時はぱっちり目を見開いてるのに、何かを真剣に見る時は目をすがめるので「近視ですか?」と尋ねたのがきっかけで、ドワンに眼鏡を作らせることになった。
ガラスの質がまだまだ悪くて色は入るわ泡は入るわとても眼鏡のレンズになど使えない。
はい、水晶を削りました。
試作はさすがにガラスでしたけどね。
その過程でレンズとは度数とは視力とはって根掘り葉掘りドワンと先生の両方に聞かれて、でも私に答えられるのなんて通り一遍のことばかり。
あとは二人が丁々発止。あの無口なドワンが先生につられていつもの五倍はしゃべって、最後はがっちり握手を交わしてたよ。
そしてその貴重な眼鏡を掛けてみたいという生徒たちに気前よく掛けさせる先生。
案の上小さな顔から滑り落ちてあわやという場面もあったけど、先生はまったく動じなかった。
「怪我はありませんでしたか? はい、それならば気にする必要はありませんよ。確かにこれは私にとってとても大切なものです。第二の目と言っても過言ではありませんし、恐れ多くも王家の宝物庫の一品と交換してあげると言われてもけっして手放したりなどしません。ですが皆さ~ん、よく聞いてください。これは所詮は物なのです。どんな人のどんな物でも同じです。皆さんの命や体、心や健康の方が先生は大事です。いまはよくわからなくてもこれだけは覚えておいてくださいね」
「あ、自己紹介を忘れていました。先生の名前はユーリーン・パズ・ホーソンといいます。ぜひ気軽にユーリ先生と呼んでくださいね」
そこでぴったり終了のチャイムが鳴る。
「それでは今日のあたしの授業はここまでです。またお会いしましょう」
先生より私に向かって目礼する子供たちに軽く手を振って、私は先生の後に続く。
「あら、いいの?」と先生は首を傾げるけど「僕が居たんじゃ皆、気が休まらないでしょう」と言うと納得したように頷く。
これでも先生はホーソン伯爵家の三男だ。
生徒たちがあまりピンと来ないのは、王家の家令のように別の公爵家の中に丸っと抱え込まれた家だからだろう。
そこから飛び出して人の体とは獣の体とは魔物の体とはどうなっていてどのような仕組みでなぜこのような行動をとり考えるのか?
自ら学びキルヒャー先生に知恵を与えまた与えられた人でもある。
そう、幼い彼らがいまはわからなくても彼は本当にすごい知識と良識を持ち、自分を押し通す強さをも持ったよい先生なのだ。




