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その7


「あら、そんなの決まっていますわ。これもまた、すべてはマーガレットの虚偽によるものなのですから」


 嫋やかな笑みを浮かべながらそう口にしたのは――義母ジェシカだった。

 驚きに目を見開いた伯爵へ身体ごと擦り寄りながら、彼女はゆったりと話し始める。


「だってそうとしか考えられませんわ……ねぇ、旦那様。マーガレットの固有魔法の登録申請をしたのは何時頃でしたかしら?」

「……ああ、ええと……確か五歳か、六歳の頃だったか?」

「でしたら話は単純ですわ。当時のマーガレットは旦那様の申告通り【変色】しか使えなかった。けれど年齢を重ねるうちに魔法の力が強くなっていった。しかしそれを最近までワタクシたちには隠していた……こういうことではなくて?」

「っ!! そ、そうだ! 私はマーガレットに騙されていた被害者だ!! ――殿下ッ! これで私の無実がお分かりいただけたでしょう!? すべての責任はマーガレットにあるのです!!」


 ジェシカの機転に同調し、伯爵がここぞとばかりに叫んだ。さらに彼らの隣で話を聞いていたジュリアも「そうよ! そうに違いないわ!」と嬉しそうにはしゃぐ。そして呆気に取られているマーガレットへ、鼠を甚振る猫のような瞳をギラリと向けた。


「お姉さまったら、本当に救いようがない人ね!! 固有魔法を偽るなんて重罪よ、重罪!!」


 甲高いジュリアの声が室内に響く中、意外にもそれに同調したのは王太子殿下だった。


「……ああ、その通りだよジュリア嬢。固有魔法の虚偽申告は重罪だ」

「っ!! じゃあ、お姉さまったら牢屋行きなのね!!! あはは、ざまぁ――」

「馬鹿か。罪に問われるのは伯爵に決まっているだろう」

「――はあ???」


 パーシヴァルが口を挟めば、喜色満面だったジュリアの表情が一転して醜く歪んだ。

 本来ならば被るべき猫も完全に忘れ去っているジュリアは、己をあからさまに見下してくるパーシヴァルへと敵愾心剥き出しで噛みつく。


「ちょっと! アンタは仮にもワタシの旦那様なんだからね!? さっきからお姉さまのことばっかり庇ってなんなの!? いい加減にして欲しいんだけど!?」

「……はぁ、馬鹿と会話をするのがこんなにも苦痛だとは思わなかったな」


 パーシヴァルは目頭を抑えながら、わざとらしく深々とため息を吐いた。それでますますいきり立つジュリアが何事かを叫ぼうとする前に――


「――もういいだろう、パーシヴァル。これ以上の茶番は本当に時間の無駄だ」


 王太子殿下がうんざりとした声音と共に肩を竦めた。その態度に気圧されたのか、伯爵家の面々が揃って口を噤む。一方、パーシヴァルは殿下の言葉に軽く頷き返すと、


「では、動かぬ証拠の提示から始めよう」


 そう言って、机の上にいくつかの書類と、それとは別にマーガレットの目の前に一冊の本を置いた。書類はすべて真新しい紙が使われており、そこにはワーズワース家に対する調査報告の詳細が一部始終記載されている。

 無論この書類自体は写しである。本物は既に国の然るべき機関へも提出済みとのこと。


「いちいち内容を読み上げるのも馬鹿らしいから簡潔に言うが。ここに記載されているのはマーガレットの母君が亡くなる数年前からのワーズワース伯爵家内部の実態調査記録だ。貴様らがマーガレットを虐待していた記録も証拠も証言者も全て押さえてある」


 そんなパーシヴァルの声も耳に入らない勢いで伯爵夫妻は食い入るように書類に目を通している。するとみるみるうちに回復しかけていた伯爵の顔色が赤や青を通り越して白く変わっていった。隣のジェシカも同様に書類を持つ指を震わせ目を見開いている。


 固有魔法の虚偽申告ほどではないが、我が国では虐待行為も立証されれば十分に犯罪として裁くことが出来る。周囲への影響力が強い高位貴族ならなおさらだ。行き過ぎた体罰や育児放棄など、書類に記載されている内容が真実であれば、ワーズワース伯爵夫妻の罪は相当に重い。


 ちなみにマーガレットはその法律をパーシヴァルに指摘されるまで知らなかった。

 また知っていたところで、当時の自分が両親やジュリアを訴えられたかといえば難しかったように思う。それほどまでに、マーガレットの心身は彼らに折られていたから。


「こっ……こんなもの!! 捏造だ!! こんな事実はない!!!」

「そうよ!! これは……そう!! これもきっとマーガレットが成り代わっていたに違いないわ!! この期に及んでジュリアやワタクシたちに濡れ衣を着せようとしているのよ!」

「あ……ああ、そうだな!! 固有魔法についても隠していたのだ。十分にあり得ることだ!」


 なんとか言い訳を口にした二人は示し合わせたように手にした書類を机に投げた。もはやこの紙切れには何の価値もないだろうと言わんばかりに。ジュリアは書類には興味がないのか、つまらなそうに目を擦りながら欠伸をしている。


 マーガレットはそんな彼らを悲しい気持ちで眺めていた。人はこれほどまでに自分勝手に振る舞えるものなのかと。嘘に嘘を重ねて平然としていられるものなのかと。しかも伯爵とジュリアに至っては自分と血の繋がりがあるのだ。否が応でも意識せざるを得ない。


(私も……環境が違えばあんな風になってしまっていたのかしら……)


 その恐ろしい考えにマーガレットは思わず膝の上でぎゅっと強く拳を握る。すると、それに気づいたパーシヴァルが拳の上に大きな掌をそっと乗せてきた。


「……大丈夫か、マーガレット」


 こちらを慰めるようなひどく優しい声。その囁きで我に返ったマーガレットは、暗い方向へ進んでいた思考を停止させた。少なくとも今の自分は彼らとは違うのだから、起こらなかった過去を今更想像しても意味はない。

 もし今の自分が真っ直ぐに立てているのだとしたら、それは七歳まで懸命に守ってくれた母のおかげだ。そしてこの先の未来をパーシヴァルと歩むのであれば、もし道を踏み外したとしても大丈夫だと信じられる。きっと自分が間違ったら彼が止めてくれる筈だから。


「ありがとうございます、パーシヴァル様」


 マーガレットは心配してくれたパーシヴァルへ微笑み掛けると、書類と共にテーブルの上へ置かれていた一冊の本を手に取った。

 正確にはこれはただの本ではない。

 古ぼけて色褪せた装丁を指で柔らかくなぞると、マーガレットは本を傷めないようにそっと開く。

 ページをめくる度に飛び込んでくる懐かしい筆跡に感慨深い想いを抱いていると、


「……おい、マーガレット。その薄汚れた本はなんだ。それも証拠だとでも言うつもりか?」


 伯爵が高圧的な言葉を浴びせてくる。嘲笑と高慢が顔に滲ませる実父の姿を静かに見返しながら、マーガレットは「その通りです」とハッキリ肯定した。そして厳かに告げる。


「これは母の――ホリー・ワーズワースが遺してくれた日記です」


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