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その2

本日2回目の更新です。前話未読の方はご注意ください。


 ヘイマー公爵家のお茶会は、想像よりも規模の大きなものだった。

 公爵家自慢の瑞々しい薔薇庭園へと足を踏み入れたマーガレットは思わず感嘆の溜息を漏らす。

 隣を歩くパーシヴァルも庭園の見事さに僅かながら息を呑んでいるようだった。

 とそこへ麗かな午後の日差しを背に、


「いらっしゃいジュリア! 待っていたわ!」


 本日の主催者であるヘイマー公爵夫人が満面の笑みでこちらへと近づいてきた。

 四十を超えてもなお衰えぬ美貌と評判の彼女はまさに嫋やかな百合のよう。公爵夫人という立場も相まって、社交界での影響力も多大な人物である。

 マーガレットはすかさずカーテシーを披露すると、出迎えてくれた夫人へと微笑み掛けた。


「ご無沙汰しておりますヘイマー公爵夫人。本日はお招きくださり、ありがとうございます」

「もうっ、本当よ! 貴女ったら急に結婚してしまうのだもの、驚いてしまったわ? ――さてと、さっそくご紹介いただけるのよね?」


 夫人は扇で口もとを隠しつつも、品定めをするような鷹の目でパーシヴァルをじっくり見分している。

 一方その視線にも一切動じた様子を見せないパーシヴァルもまた流石だった。マーガレットは堂々たる風格の彼を誇らしく思いながら、夫人へと夫を紹介する。


「ご紹介いたします。私の夫であるパーシヴァル・ストラウド様です」

「ストラウド侯爵家のパーシヴァルと申します。夫人には妻が日頃よりお世話になっていると聞いております。若輩者ゆえ、今後も夫婦ともどもご指導ご鞭撻いただければ幸甚です」

「あら、ご丁寧にどうも。ふふっ……貴方のお噂も色々と聞き及んでおりますのよ?」

「――と、仰いますと?」

「一番多いのは仕事一筋だった貴方が、結婚してからはすっかり宗旨替えして夕食を自宅で摂るようになったこととか……ああ、休日はお二人で仲睦まじくデートされていらっしゃるのも本当かしら?」


 コロコロと笑いながら冷やかしてくるヘイマー夫人に、マーガレットは思わず頬を赤く染める。

 逆にパーシヴァルはと言えば涼しい顔のまま、


「ええ、すべて事実です。彼女と過ごす時間を何よりも大切にしたいと思っていますので」


 さも当然のように、恥ずかしげもなく夫人へ惚気とも取れる言葉を返していた。

 これには新婚夫婦を揶揄う気満々だった夫人も予想外だったようで、扇の隙間から一瞬だけ瞠目の表情を覗かせる。しかしすぐさま楽し気に目を細めると、


「ふふっ! 少し心配していたのだけれど……まぁ合格点は与えても良さそうだわ?」


 そう満足げに言って、再びマーガレットへと矛先を向けてきた。


「改めておめでとう、ジュリア。とっても素敵な旦那様ね?」

「は、はい……っ、パーシヴァル様は本当にとても素敵な方です」

「あらあら、貴女までそんな風に惚気てしまうの? これは面白いわねぇ……!」


 パーシヴァルが褒められたことが嬉しくて咄嗟にした返しに、夫人がまるで新しい玩具を見つけたような顔をする。


「普段のジュリアは隙がないから新鮮だわぁ……可愛らしいこと。貴方達、とってもお似合いだわ」

「……お褒めに与り光栄です、夫人」


 パーシヴァルが臆面なく切り返していると、公爵家の使用人がヘイマー夫人に耳打ちをする。


「ごめんなさい、他の方にもご挨拶してくるわ。また後でゆっくりとお話ししましょう?」


 酷く残念そうな表情を浮かべたヘイマー夫人は名残惜しそうに使用人に案内されて別の場所へと向かう。その背を見送りながら、パーシヴァルはそっとマーガレットの耳元に唇を寄せて囁いた。


「なかなかインパクトのあるご夫人だけど、随分と可愛がられてるみたいだね?」

「っ……そう、ですね。デビュタント当時から何かと気に掛けていただいていて……」

「なるほど、きっと夫人も君の初々しさに陥落した口かな……って、リア? 顔が赤いけど大丈夫?」

「だ、大丈夫です……ちょっと、緊張してるだけですので……」


 答えながら、耳に掛かる吐息のくすぐったさにマーガレットは堪らず俯いてしまう。肩が触れ合う距離感といい、パーシヴァルの行動は時々心臓に悪い。

 気を取り直して参加者が揃うまでの間、二人はゆっくりと歩を進めながら薔薇のガーデンを堪能することにした。

 見た目の素晴らしさもさることながら鮮やかな深紅の薔薇の香りは見た目ほどキツい印象ではなく甘やかで、目だけでなく鼻も楽しませてくれる。


「……そう言えば、君はどんな花が好きなんだ?」

「そうですね……薔薇も美しいですが、私はブルースターや鈴蘭といった淡い色の花が好きで――ッ」


 ――しまった、とマーガレットは言葉に詰まる。今の答えは完全にマーガレットの好きな花だ。

 逆にジュリアは薔薇に代表される派手な印象の花が好みだったはず。

 慌てて訂正しようと再び口を開きかけたマーガレットだったが、


「ブルースターに鈴蘭か。覚えておくよ」


 笑顔のパーシヴァルに水を差すことが出来ず、結局は口を噤んでしまう。


 実はこういうことは頻繁にある。


 食の好みを筆頭に服やアクセサリーなどの小物、家具や内装、好みの本の傾向まで。

 パーシヴァルはこちらの好みを詳細に尋ねることがままある。

 そういう時はなるべくジュリアの好みを答えているのだが、不思議なことに嘘をついた時に限って「本当は別の物の方が好きなんじゃない?」と指摘され。最終的にはマーガレットの好みを探り当てられることも珍しくない。

 だからなんとなく、ここで「やっぱり薔薇が好きです」と告げても信用されない気がした。代わりにマーガレットは同じ質問をパーシヴァルへ問う。


「パーシヴァル様の好きなお花はなんですか?」

「俺? あまり花は詳しくないけど強いて言うなら――うん、()()()()()()かな」

「っ!? そ、そうですか……」


 飛び出してきた花の名前に不覚にも心が揺れる。

 別に自分の名前を呼ばれたわけではないのに。

 動揺してしまう自分がとても恥ずかしい。


 それを隠そうと思わずそっけない返事になってしまったことが気になって、マーガレットはパーシヴァルの表情を確かめようと、そっと上目遣いに彼を仰ぐ。

 するとてっきり花を愛でているものと思っていた彼が、何故かこちらを眩しそうに見ていて――


「……マーガレット」


 もう一度、その花の名前を呼ぶ。

 どう返事をしたらいいか分からず困惑のまま固まったマーガレットに、彼はふっと笑った。


「覚えていて。俺が好きなのはマーガレットだよ」


 その、どこまでも優しい声が。

 しばらく耳から離れてくれなかった。


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