その1
パーシヴァルから二週間の静養を言い渡され早五日。
(――……暇だ)
私室のベッドの上で、マーガレットは寝返りを打った。
せっかく割り振って貰った屋敷の女主人としての仕事も取り上げられてしまい、やることがない。
ならば勉強しようにも長時間机に向かうことは赦されず、読書で時間を潰すのにも限界がある。
(もうほとんど痛まないし……実家に居た頃に比べればかつてないほど元気なんだけどなぁ)
働くことが当たり前だったマーガレットは完全に暇を持て余していた。
ベッドの住人になるのにも限界を感じ出していた頃、マーガレットは密かにある計画を立てた。
狙いは午睡の時間。
最低でも三時間、こちらが呼ばなければ使用人が来ないことは把握済み。
そして三時間もあれば出来ることはたくさんある。
マーガレットは夜中にこっそり部屋を抜け出すと、屋敷内のとある場所を目指した。
その場所は使用人用の制服や備品が収納されている物置部屋である。
最初の屋敷案内の際に脳内地図を完璧にしておいたのが功を奏した。
迷いなく辿り着いたそこから自分のサイズのメイド服を拝借したマーガレットは一人、ほくそ笑んだ。
次の日の午後――つまり午睡の時間。
文句も言わずいそいそとベッドに入るマーガレットに、ナタリーが微笑み掛けてくる。
「それでは奥様、何かありましたら遠慮なくお呼びくださいませ」
「……ありがとうナタリー。今日はいつもより眠いから、たっぷり休ませて貰うね」
ほんの少しだけ湧いた罪悪感に蓋をしながらナタリーの退室を見送る。
そして足音が遠ざかるのを確認すると、マーガレットは急いでクローゼットの奥に隠していたメイド服を引っ張り出した。
シンプルなそれに着替えて、姿見の前に立つ。
(あ、外見はどうしよう……まぁ髪の色と目の色を変えるだけでいいか)
マーガレットは一度魔法を解除して元の姿に戻ると、そこから白金の髪を平凡な茶髪に、ペリドットの瞳を琥珀色に変えた。
そうして鏡に映るのは、どこまでも平凡なメイド服の少女。
最後に長い髪を邪魔にならないようおさげにして、マーガレットは部屋を出た。
そして伯爵家での十年にも及ぶ経験則から、この時間の使用人の行動パターンを思い描く。
(今日は日差しが強いし、そろそろ洗濯物が乾く頃合いかな……)
そのままリネン室に向かうと予想通りメイド達が忙しそうに動き回っているのが見えた。
マーガレットは一呼吸置くと、努めて明るく近くにいた年若いメイドに声を掛ける。
「手が空いたのでこちらに回されました。お手伝いしますので指示をいただけますか?」
「え? ほんと! 助かるわ~ちょうど人手が足りなかったの!」
「それは良かったです。遠慮なく作業を申し付けてください」
「ありがと! ……ところで貴女、見ない顔ね? 新人さん?」
「あ、はい……メグと言います」
にっこり笑うマーガレット――メグに、メイドも同じように笑みを返す。
「あたしはローナよ、よろしく! じゃあさっそく裏庭に行きましょうか」
「はい!」
元気よく返事をしながら、マーガレットは籠を手にローナの後をついていく。
屋敷の裏手まで来るとシーツやタオルをはじめとする洗濯物が大量に干されていた。
「ここのところ天気が悪かったから洗濯物が溜まっちゃってね……旦那様や奥様のは専門の業者に出してるけど、あたしたちはそういうわけにいかないし。じゃあ、右側から回収してくれる?」
「分かりました。まだ乾いてない物は残しておきますね」
言って、マーガレットはテキパキと作業を開始する。
なるべく皺にならないよう、だけど迅速にこなしていけば、
「……メグったら、凄く手際がいいのね!」
ローナから感心の声が飛んできた。そういう彼女も喋りながら素早く手を動かしている。
とりあえず二人で持てるだけ回収し、リネン室へ戻って今度は畳む作業に勤しんだ。
何度かそれを繰り返し、洗濯物の作業が一段落したところで別のメイドから声が掛かる。
「えっと、メグだっけ? 手が空いてるなら調理場を手伝って貰えない? 野菜の皮むきに人手が――」
「はい! すぐに向かいますね!」
二つ返事で請け負ったマーガレットの行動は早い。
すぐに調理場へ向かうと先輩使用人から指示を仰いで皮むきの作業に取り掛かる。
素早く丁寧に芋の皮を量産していくと、同じ作業をしていた下働きと思しき少年が目を丸くした。
「君、めちゃくちゃ上手だね……!」
「ありがとうございます。でも慣れているだけで、練習すれば誰でもすぐに出来るようになりますよ?」
「そうかな? オレ、どうもこういう作業苦手で……」
「コツがあるんです。まずナイフを持つ手は――」
マーガレットは実演を交えて少年に芋の皮むきを伝授する。
最初は慣れない様子だったが、ある程度はコツが掴めたのか、しばらくすると彼の処理速度は格段に向上した。負けじとマーガレットも芋以外の野菜も含めて皮むきに没頭する。
そうしてあっという間に三時間。
そろそろ部屋に戻らなければ、というタイミングでマーガレットは別の用事があるからと断りを入れ、調理場を後にした。音はなるべく立てず、けれど足早に廊下を進む。
と、視界の先に見知った人物を発見し、マーガレットは思わず死角に滑り込んだ。
チラリと柱の陰から窺えば、ナタリーがこちらに向かって歩いてくる。
マーガレットは咄嗟に魔法を発動させた。
思い描くのは先ほどまで一緒に居た少女――ローナの姿。
「……ローナ? ここで何をしているのです?」
まさに間一髪。マーガレットが恐る恐る振り返ると、訝し気な顔をしたナタリーと目が合う。
だが彼女の眼にはきちんと自分がローナに見えているようだ。助かった。
すぐさま平常心を取り繕い、マーガレットは頭を下げながら報告する。
「人手が足りないとのことで少し厨房の方を手伝っておりました。今から持ち場に戻るところです」
「ああ、そうでしたか……それはご苦労様」
「いえ。それでは失礼いたします」
長く会話をしてはバレる可能性が高まるので、最低限のやり取りで離脱する。
それからなんとか自室に辿り着き急いでメイド服から寝間着に着替えると、マーガレットは思わずベッドへ飛び込んだ。
(……危なかったぁ)
しかしバレなかった。
そのことに安堵を覚えつつ、マーガレットは改めて自分の固有魔法の有用性を認識する。
(あ、いけない。ちゃんとジュリア様の姿になっておかないと)
今日何度目かの魔法の掛け直し。けれどマーガレットはそれを負担に感じたことはない。
それどころかマーガレットはこの一ヶ月、ジュリアに掛けた魔法を一度も解除していない。
一般的に血統による固有魔法は長時間の使用は難しいというのが定説だ。
明らかにそれに反するマーガレットの固有魔法は、もはや異常と言って差し支えない。
そんな自分の身を最も案じていたのは亡くなった実母だった。
五歳の時には既に息を吸うように魔法を扱えていたマーガレットに、母は真剣な面持ちで言った。
『マーガレット……貴女の魔法は使い方次第ではとても危険なものなの。だから――』
その時の母の教えは忠実に守っている。破る予定もない。
だがこのように私利私欲で魔法を使うことには流石に難色を示すだろう。もしかしたら天国で呆れているかもしれない。それでも、マーガレットは今日得られた充足感を手放す気はなかった。
(明日は、どこのお手伝いをしようかな……?)
心地よい疲れを身体に感じながら。
マーガレットはナタリーが起こしに来るまで、そのまま束の間の眠りを楽しんだのだった。




