その7(パーシヴァル視点)
本日2回目の更新となりますので、前話未読の方はご注意くださいませ。
また本文内容に致命的なミスがあり急遽修正いたしました。申し訳ありません。
「……で、リアの容態は?」
「右肩に広範囲の打撲で全治二週間とのこと。幸いにも骨には異常ないとのことです」
「そうか……」
執務室でナタリーから報告を聞きながら、パーシヴァルは安堵のため息を漏らした。
しかし、続けられた言葉で表情がまたもや凍る。
「医師からは負傷直後から相当な痛みがあったはずと……旦那様、奥様は何処で怪我を負われたのですか」
彼女にしては珍しく険のある物言いに、パーシヴァルは堪らず眉間を揉んだ。
「彼女自身からは事情を聞かなかったのか?」
「実家のお屋敷で転んでしまったと。その時、恥ずかしくて言い出せなかったと仰せでした」
「……では、そういうことなのだろう。余計な詮索は不要だ」
「っ旦那様!!」
「口を慎めナタリー。流石に無礼だぞ」
パーシヴァルの傍に控えていたグレアムが窘めるが、ナタリーの表情からは怒りと不満が溢れていた。
(まだ三週間ほどだが……随分と彼女は屋敷の者たちに好かれたものだ)
素直に喜びたい反面、今回起こった事象に対してはパーシヴァルも正直なところ冷静ではいられなかった。
ようやくやせ細った体形から少しずつ健康を取り戻していく過程で、この怪我だ。心配にならないわけがない。しかも本人がやたら隠すのが上手いとあっては猶の事。
今は問い詰めても徒に彼女を困らせるだけだ。その拙い嘘を受け入れる方が良い。
だが、次はそうはさせない。そのための布石は打つ。
「ナタリー、今後はより彼女の様子に注意を払ってくれ。彼女はどうやら俺たちが思うよりも我慢強い性質らしいから」
「……云われずとも、承知しておりますわ」
「お前の言いたいことは分かってる。……俺だってこのままでは済まさないよ」
怪我の原因は明白だ。
自分と離れた僅かな間――つまり、あの自称姉を名乗る女に連れ出された際に負ったに違いない。すぐに戻るという言葉を信じて一人で行かせるべきではなかった。
伯爵家を訪れた時から、正確にはあの女の姿を視認した瞬間から。
既にある程度の答えは出ていたというのに。
パーシヴァルは自分の迂闊さを呪いながらも怒りを腹の底に沈め、信頼を置く執事に命じる。
「……グレアム、少し頼まれて貰いたい」
「はい、なんなりと」
「調べて欲しいのはワーズワース伯爵家の過去だ。リアが生まれる前――伯爵の最初の婚姻辺りからでいい。可能な限り詳細に調べてくれ」
「畏まりました。ひと月ほどお時間をいただいても?」
「構わない。それと並行してマーガレット・ワーズワースについての追加調査を。彼女の交友関係から現在の状況まで事細かに頼む」
その言葉を受け、グレアムがはからずも怪訝な顔をする。
「……先日の調査報告書よりも詳細に、ということでしょうか?」
「ああ、徹底的に頼む。俺は別件でそちらまでは手が回らないだろうからな」
以前グレアムに命じて用意させた報告書。
それはワーズワース伯爵家の姉妹――マーガレットとジュリアについての調査書だった。
パーシヴァルの結婚相手である妹ジュリアは品行方正な淑女の鑑。非の打ち所のない貴族令嬢と誰もが口を揃える。
逆に姉のマーガレットは夜会での男漁りを筆頭に自由奔放で品性下劣な毒婦、と書面には記載されていた。証言も証拠もきちんと添えられており、調査が間違っている可能性はない。
(だからこそ慎重に証拠を揃えなければならない。俺の予想が正しければ、ワーズワース伯爵は国に対しても重大な違反を犯している筈だ……)
その最たる証拠が皮肉にも彼女自身であり、だからこそ慎重にならざるを得ない事情がある。
結婚式の夜、不義理をするこちらを責めもせず心から寄り添ってくれた時――パーシヴァルは妻となったこの少女を守ると決めた。
どれだけ彼女の事情が複雑だろうと必ず真実を明らかにし、彼女がきちんと彼女として生きられるようにすると。
だが、そのためのハードルは想像以上に高い。伯爵家や侯爵家はもちろんの事、おそらく王家を巻き込んだ事態となる。
急いては事を仕損じる。失敗は赦されないのだから、打てる手段はすべて打つ――
「……旦那様」
「ん?」
「その顔で奥様の前には絶対に出ないでくださいね。下手をすると嫌われてしまいますよ」
「…………気を付けよう」
ナタリーからの忠告へ素直に頷き返しながら、パーシヴァルは気持ちを切り替えるように椅子から立ち上がると、部屋の隅に立て掛けておいた物を手に取った。布に包まれた絵画である。
それをそのままグレアムへと差し出したパーシヴァルは、なんてことない風に言った。
「これ、処分してくれ。中身は見なくていい」
「? ……畏まりました」
「それと今日から最低でも二週間は静養させるから。仕事も原則禁止で」
「……ふふっ、それは過保護ですこと」
すっかり機嫌を直したらしいナタリーの呟きは、敢えて聞かなかったことにした。
そうして二人に退室を促した後で、パーシヴァルは窓の外に見える月を仰いで思想に耽った。
彼女を見ていると、どうしたって思い出してしまう。
かつての婚約者の姿を。あの儚い最期を。
だからこんなにも肩入れしてしまうのだとパーシヴァル自身、客観的に理解している。
しかしそれだけでは説明がつかない部分があるのもまた、事実だった。
所作から滲み出る優しさが。
意外と子供っぽいところもある言動が。
ふとした時に零れる無邪気な笑顔が……とても好ましく、可愛いなと素直に思う。もっとそんな姿を見ていたい。なんの不安もなく日々を楽しく過ごして欲しい。
(俺もナタリー同様に絆されたってこと、なんだろうけど……)
そこで先ほど抱き上げた身体の感触を思い出し、パーシヴァルはその脆さがとても恐ろしくなった。
同時に彼女の怪我を知った瞬間に血が沸騰するような憤りを覚えた。
自分にとって彼女は守り、慈しむべき対象――しかし、本当にそれだけなのだろうか?
その感情だけで、この怒りに説明は付けられるものなのだろうか……?
(……いや、俺の気持ちは今はどうでもいい。彼女をあの家から解放することが最優先だ)
そのためなら権力だろうが固有魔法だろうが出し惜しみはしない。
まだ正式な名前さえ教えてくれていない彼女が、いつか何の憂いもなく自分と向き合ってくれることを願いながら。
パーシヴァルは感傷的な気持ちを閉じ込めるようにそっと目を伏せた。




