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その6


 振り返った先にいた人物は、ダークグレーの艶やかな長髪を後ろでゆるく纏めた美青年だった。

 一度だけだがマーガレットも面識がある。そう、結婚式の時に挨拶をされたから。

 へらりと笑ってこちらへ近づいてくるその人に対し、共に振り返ったパーシヴァルが口を開く。


「なんだ、まだ王都に居たのかアラン」

「いやその言い草は酷くない!? こんなところで可愛い弟に会えてそこは素直に嬉しいとかさぁ!」

「もう可愛いという年齢でもないだろう?」

「兄にとって弟ってのはいつまでも可愛い存在でしょーが。ねぇ、義姉さんだってそう思うでしょ?」


 兄弟で軽口の応酬をしていたかと思えば、不意にこちらへと軽くウインクを飛ばしてくる。

 パーシヴァルとは違った方向性の気安さに面を食らい、マーガレットは思わず苦笑いを浮かべた。


 ――アラン・ストラウド。


 パーシヴァルの弟で現在は隣国に留学中だという学生だ。

 年は確か十九歳で、義姉さんと呼んでくるものの実際はマーガレットより二つ年上である。

 兄の結婚式参列のために一時帰国したと聞いていたので、てっきり既に隣国へ戻ったとばかり思っていたがどうやら違ったようだ。

 同じ疑問を持ったのだろうパーシヴァルがどこか飄々としている弟に問う。


「お前、隣国に戻ったんじゃなかったのか?」

「そのつもりだったんだけどさぁ、教授から頼まれごとされちゃって。こっちでしか手に入らない医術書の確保とか研究施設への協力要請とかで色々動いてたんだよね~」

「医術書……研究?」


 思わぬ単語に反応したマーガレットに、アランが人懐っこい笑みで答える。


「そう! オレってこれでも医学生だから! 義姉さんはこの国よりも隣国の方が医療技術が進んでるのは知ってる?」

「いえ……無知で恥ずかしい限りですが」

「一般的にあまり知られてないからリアが恥ずべきことはないよ?」


 パーシヴァルの慰めるような言葉にアランもうんうんと頷いてから口を開く。


「言っとくけどうちの国の医療レベルだって全然低くないよ? ただ隣国が最先端ってだけで」

「ちなみに最近では我が国との共同研究や事業連携なんかも積極的に行なわれているんだが……もしかしてそれ絡みか?」


 一瞬、パーシヴァルの顔が仕事人としてのそれに変わる。

 普段マーガレットに見せるのとは違う怜悧で大人な表情に思わず胸が高鳴った。


「たぶんそうだと思うけど……兄貴、こんな街中でする話じゃなくない? 義姉さん置いてきぼりじゃん」


 その言葉で我に返ったのか、パーシヴァルがハッとした表情をした後でこちらに顔を向けた。


「ごめん、つい……!」

「いいえ、気にしてませんから。むしろお仕事に熱心なパーシヴァル様も素敵です」


 朗らかに言えば、あからさまにパーシヴァルの表情が和らぐ。

 すると今度は逆にアランの方が目を丸くした。しかしすぐに口もとをニヤリと歪ませる。


「二人とも結婚式が初対面だって聞いてちょっと心配してたけど、杞憂だったみたいだね~?」

「……アラン、あまり揶揄うなよ。趣味が悪いぞ」

「えー、ただ羨ましいって話だけどー? オレなんてせっかく帰国しても教授の使いっ走りだよ?」


 思いっきり唇を尖らせるアランにパーシヴァルは苦笑いを浮かべた。


「確かにいいように使われているみたいだが……お前が教授に信頼されてるのが分かって俺も鼻が高い。偉いぞアラン」

「そうそう、その言葉が聞きたかったわけよ! まぁお使いもだけど、残り半分は久しぶりの帰国だから友達と遊んだりデートしたりで忙しかった――」

「前言撤回。遊んでないでさっさと帰れ」

「なんだよ~! いいじゃん向こうじゃ全然遊ぶ余裕ないんだしさぁ~!」


 ポンポンと軽快に続く二人の会話をマーガレットは微笑ましく見守る。

 兄弟特有の気安い距離感。自分とジュリアとはまるで違う。もし仲の良い姉妹だったら、自分達もこうしてじゃれ合ったりしたのだろうか?


(……無理かなぁ)


 想像しようとしてみても上手く想像できない時点で望みは薄そうだった。

 と、その時またしてもマーガレットを放置して二人で会話をしていたことに気づいたパーシヴァルが申し訳なさそうに声を掛けてくる。


「さっきからごめんなリア。こんなくだらない会話に付き合わせて……」

「いいえ、聞いてるだけでも本当に楽しいので……それにしてもアラン様はとても優秀なのですね。そんな隣国への留学が認められるなんて」

「いやぁそれほどでも~」

「リア、コレは褒めると褒めただけつけあがるから。ほどほどにね?」

「ひどっ!? 兄貴ちょっとオレの扱い酷くない!?」

「なんだ、事実じゃないか」


 にべもなく断言するパーシヴァルにアランががっくりと肩を落とす。

 その姿がおかしくてクスクス声を漏らして笑うマーガレットは、パーシヴァルが自分を見下ろしながら柔らかく目を細めたことには気づかなかった。


「……さて、アランのことは良いから早くカフェに移動しよう。立ったままで疲れただろう?」

「あ、ならオレも一緒に――」

「せっかくのデートに弟を同伴させる趣味はないよ、俺は」


 パーシヴァルがぴしゃりと言うのに、アランは「冗談だよ」とわざとらしく肩を竦めた。


「流石に新婚さんの邪魔をするほど暇じゃないし、オレはこれで――……っ!」


 アランの言葉が不自然に止まる。しかも何故かマーガレットをまじまじと見つめながら。

 その不審な様子からパーシヴァルが口を開きかけた時、


「あの、義姉さん……()()()()()()()()?」

「――え?」

「っ……本当か、リア!」


 驚きと焦りを滲ませたパーシヴァルの声が頭上から降ってくるのに、マーガレットは咄嗟に彼の腕から左腕を抜くと、自らの右肩を隠すように左手で触れた。


(どうして気づかれたの……!? 動きも不自然じゃなかったはずなのに……)


 マーガレットは硬直したままアランを見つめ返す。

 すると彼は少し困ったような微苦笑で言った。


「驚かせちゃったよね、ごめん。()えちゃったから思わず……」

「リア、どうして怪我のことを黙ってたんだ?」

「え、その、別に大したことは――」


 ない、と言い切る前に突然――マーガレットの身体は地面から浮いた。

 気づいた時にはパーシヴァルの腕の中。いわゆるお姫様抱っこの状態になっていて。


「今日はもう帰ろう。今すぐ馬車を回させる――いや、俺が歩いた方が早いな」

「な、え、あのっ……パ、パーシヴァル様!?」


 護衛の一人に目線だけで馬車を近くまで呼ぶよう合図を送ったパーシヴァルに、マーガレットはどうしたらいいか分からず混乱の声を上げる。するとそんなこちらを硝子細工でも扱うような手付きでゆるく抱きしめ、


「暴れないでくれ、傷に響いたら困る」


 真剣な表情で、まるで懇願するようにパーシヴァルが言うから。

 マーガレットはそれ以上何も言葉にすることは出来なかった。


「……アラン、助かった。礼を言う」

「うん。あ、義姉さんのそれ、本人大したことないって言ってるけど熱持ってるからちゃんと対処してね」

「ああ、分かってる……帰国前に余裕があれば屋敷に寄ってくれ。すまなかったな」

「気にしないで。義姉さんもお大事にね?」


 ひらひらと手を振るアランをパーシヴァルの肩越しに見ながら、マーガレットは無意識のうちに気落ちしてしまう。

 せっかくのデートを自分の怪我で台無しにしてしまった。

 しかも迷惑まで掛けてしまった。

 失態の数々に頭がグルグルして思考が纏まらない。


「――リア」


 その声に導かれるように目線を動かせば、困った子を見るような目をしたパーシヴァルと視線が合う。


「やっぱりまだまだ君は軽すぎる……しばらくは療養させるから覚悟してね」

「…………はい、ごめんなさい」

「謝らなくていい。デートは怪我が治ったらまた行こう」


 その言葉に歓喜で目を瞬かせれば、パーシヴァルが思わずといった様子で笑った。


「……なんだ。そんなにデートが中止になるのが嫌だったのか」


 隠していた本音を言い当てられて、マーガレットは反射的に「違います」と心にもないことを口にしてしまう。

 だけどパーシヴァルはそんな言葉などまるで信じていないのか、


「君は嘘をつくのがとても下手だね」


 どこか確信めいた声音でそんなことを呟いたのだった。


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