その5
次にパーシヴァルの案内で訪れたのは、マーガレットでも知っている有名なドレス工房だった。
嫌な予感がしたマーガレットが何かを言う前に、
「――聞いたよ? 個人予算全く使ってないんだって?」
にっこりとパーシヴァルが機先を制す。
「じ、実家から持って来た衣装で十分に間に合ってますので……っ!」
「そんなこと言って、そもそも君にはあまり似合ってない服も多いじゃないか」
「……? そう……ですか? 似合ってない?」
「うん、似合ってない」
断言されて困惑する。
ストラウドの屋敷に持ち込まれた衣装はもともとジュリアが着ていたものだ。
チョコレート色の髪とルビーの瞳、そして華やかな顔立ちに似合う衣装が多い。
客観的に見てもきちんとジュリアに似合う衣装ばかりだと思うのだが――
「とにかく俺が君に服を贈りたいだけだから気にしないで。むしろここで断る方が失礼だよ?」
「うっ……」
その言葉に押されて、マーガレットは渋々頷いた。
(……あ、そうだ。試着するなら隠しておいた方が良いかも)
試着室へ通される直前、マーガレットは日記帳が直撃した右肩に触れた。
痛みはそれほどでもないが、おそらく痣になっているだろう。よほど肩が出る服でなければパーシヴァルには気づかれないだろうが、ドレスを脱がす店のスタッフには確実に見られてしまう。
マーガレットは息をするように魔法を掛けた。変身魔法はこういう時とても便利だ。そもそもこの魔法がなければ、マーガレットは人前で肌を晒すことなど出来ない。
(これでよし)
魔法で綺麗な皮膚状態を取り繕ったマーガレットが内心で安堵したのも束の間。
そこからはまさに怒涛の着せ替えタイムとなった。
「うーん、もう少し優しい色の……若草色の方が良いかな?」
「意外と濃い色も似合うな。そもそもの色素が薄いからか……」
「あ、似合うね。これも追加で貰おう」
まるで流れ作業のように行われる試着に目を回すマーガレットとは対照的に、パーシヴァルはあーでもないこーでもないと店員にもあれこれ質問しながら楽し気にドレスを選んでいる。
なんとなく着せられるドレスの方向性が清楚で可憐、肌の露出も少ない比較的シンプルなデザインラインが多いのは、きっとそれがパーシヴァルの趣味だからだろう。
(私もこちらの方が好きだけど。ジュリア様のドレスはどうしても派手だから……)
しかし似合う似合わないで言えば、ジュリアの雰囲気には少しそぐわないような気もする。
もしかしたら入れ替わっている中身の気質――つまり自分の影響かもしれない。
いくら外見は同じでも表情や仕草には違いが出てしまう。常に高圧的な態度のジュリアと比べると、マーガレットは控えめで淑女然としているから、その所為ではないだろうか。
最後に着せられた鮮やかなブルーのドレスを披露すれば、パーシヴァルは無邪気に破顔した。
「うん、いいね! とても可愛いよ!」
「あ……ありがとうございます」
青は彼の瞳の色だ。それを纏って可愛いと言われるのは面映ゆい。
「じゃあこれも。サイズ調整したら屋敷まで届けてくれ」
「畏まりました。オーダーのものはお時間いただきますが、残りは数日中にはお渡しできるかと」
「感謝するよ、マダム」
パーシヴァルの言葉にこのドレス工房のオーナーである貴婦人が優雅に微笑む。
「他でもないストラウド様のご依頼ですもの。最優先で取りかからせていただきますわ。それに――」
貴婦人はそこでマーガレットへと視線を向ける。
「こんなにも美しい奥様のドレスをお任せいただけるなんて光栄です。メリハリのある体形でどんなドレスも着こなしてしまわれるので、逆に職人としての力量が試されますわね」
その言葉にマーガレットは内心で冷や汗を掻く。
もともとマーガレットとジュリアは身長がほぼ同じで異母姉妹だからか体形も非常に似ている。
しかし日頃の栄養不足が祟り、マーガレットの方が全体的にやせ細ってみすぼらしかった。
ストラウド侯爵家での三食おやつ昼寝付き生活により、かなり肉付きは良くなっていることは就寝前に魔法を解いて一人確認しているものの、それでも決定的にジュリアとは違う部分がある。
(――胸、ジュリア様に比べると一回りは小さいのよね……)
変身魔法で自由自在に外見を変更できるので胸の大きさを気にしたことなど今まで一度もなかった。だが、こうして自分用のドレスを仕立てて貰っていると、そこはかとない罪悪感が湧く。
だって仕立てた服の胸のサイズはジュリア仕様だから。
(……まぁ半年後にはジュリア様が着ることになるのだし)
無理やり言い訳をしながらも、マーガレットは改めて姿見に映る自分を見つめる。
(……今、魔法を解いたら。ちゃんとマーガレットに似合っているのかな?)
先ほどパーシヴァルが浮かべた笑みを思い出す。
あれが本来の自分の姿に向けられたものならばどれほど嬉しいか。
決して叶わないからこそ、妄想の中だけでも褒めて貰いたいなと不遜にも願ってしまう。
そして同時に湧いたもう一つの欲の方にマーガレットは抗えなかった。
「……あの、こちら脱ぐ前に一人でじっくり確認しても良いですか?」
「ええ、もちろんですわ奥様。では試着室でごゆっくりどうぞ。確認が終わりましたらお声がけくださいませ」
貴婦人が快諾してくれたので、礼を言って一人試着室に入る。
そこでマーガレットは――思い切って魔法を解いた。
外で変身を解除するなど、今までの自分ならば決してしなかっただろう。
けれど、どうしても確かめたくなってしまったのだ。
「あ……」
本来の自分の色――白金髪とペリドットの瞳が戻ってくる。
そして鏡に映る自分を見て、ホッとした。
(……うん、ちゃんと似合ってる……!)
むしろジュリアの姿よりもしっくりくるように感じてしまうのは欲目というものだろうか。
その場でくるりとターンしながら、揺らめく青いドレスの裾に心を躍らせて。
(――嬉しい!)
マーガレットは一人、誰にも見せられない姿のまま無意識のうちに破顔した。
だが、胸元へ目を落とした直後にその表情が固まる。
「やっぱり、ここは余っちゃうのね……」
苦笑混じりの呟きは幸運なことに試着室の外へは漏れなかった。
こうして怒涛のドレス選びが終わり、店を出たパーシヴァルはマーガレットの顔を覗き込んで言う。
「流石に疲れた? どこかで休憩しようか」
確かに慣れない経験で疲れていた。マーガレットは「はい」と素直に頷き返す。
「ここから少し歩いたところに雰囲気のいいカフェがあるんだけど、どうかな? もし歩くのも辛いなら今日は無理せず屋敷に戻ろうか?」
「……パーシヴァル様さえ良ければ、カフェにご一緒したいです」
(せっかく初めて街へ出たのだもの。こんな機会もうないかもしれない。それに……)
パーシヴァルの瞳を見つめながら、マーガレットは思う。
(……もっと、一緒にいたい)
パーシヴァルは護衛を兼ねた従者に声を掛けた後、マーガレットに自らの右腕を差し出す。
「こちらの方が疲れないと思うから、掴まって」
「あ、ありがとうございます」
「本当に無理だと思ったら抱き上げるから遠慮なくどうぞ?」
「そっそんなことお願い出来ませんっ!」
パーシヴァルの腕に自分の左腕を絡ませながら文句を言えば、彼は心底楽し気な笑い声を上げる。
「うん、それだけ元気なら大丈夫かな? そんなに距離はないから安心していいよ」
そう言ってこちらに向ける目はとても優しい。
こちらに合わせた歩調も相まって、ますますパーシヴァルの天然女誑し疑惑が確信に近づく中、
「……あれ? 兄貴じゃん」
背後から聞こえたその声に、マーガレット達の足は自然と止まった。
 




