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その4


「リアは何処か行きたいところはある?」

「いえ……あまり外のことは詳しくありませんので、出来ればパーシヴァル様にお任せしたいです」

「うん、分かった。時間的にまずは昼食からだね」


 馬車の中で向かい合ってする穏やかな会話に、マーガレットは既に楽しい気持ちでいっぱいだった。

 そもそもマーガレットは伯爵家の屋敷から出ることは滅多になかった。

 外に出るのは決まってジュリア絡み。夜会での入れ替わりか、ジュリアにとって面倒なお茶会への代理出席か……その程度である。

 だからこうして遊び目的で街に出ることは初めての経験だった。

 馬車の窓の外から見える景色だけでもマーガレットにとっては物珍しく、飽きることなくいつまでも眺めていられる。


「リア? 凄く楽しそうだけど何か面白いものでも見えたのかな?」


 そんなはしゃいだ気持ちをパーシヴァルに指摘されると、マーガレットは途端に恥ずかしくなって顔を赤く染めた。


「いえ……その、実はこうして遊びに出かける経験に乏しくて……思わずはしゃいでしまいました。子供みたいですよね? 恥ずかしい……」

「そう? 俺はリアが楽しそうにしてくれて嬉しいよ」


 そんな風に言って柔らかく目を細めるパーシヴァルが最初にマーガレットを連れてきたのは、王都中心部に店を構えるレストランだった。比較的こじんまりとしたサイズ感の店だが、完全予約制の人気店らしい。落ち着いた内装の個室に通された後、メニューを片手にパーシヴァルが言った。


「リアは食べられない物は特になかったよね?」

「はい、ありません」

「じゃあ定番だけどコースにするね。ここは何を食べても美味しいから期待してていいよ」

「それは楽しみです」


 この三週間ですっかり舌が肥えてしまった自覚のあるマーガレットだが、美味しいものに罪はない。

 パーシヴァルの言葉の通り、運ばれてくる料理は見た目も華やかで味も絶品だった。

 飽きが来ないように一皿一皿の量は控えめで、その分、色んな種類が次々と饗される。

 ちなみにマーガレットとパーシヴァルは根本的に食べる量に差があるのだが、店側もそれを理解しているのか、パーシヴァルの皿に乗せられる料理の量はどれもマーガレットの皿の倍近くあった。


「……以前から思ってたけど、リアの所作はとても綺麗だね。カトラリーの扱いも」

「そうでしょうか? 一応、礼儀作法を教えてくださった先生から及第点はいただいていましたが……」


 無論、サボるジュリアに成り代わって受けさせられた授業での話である。

 伯爵家でマーガレットのために淑女教育が行われたことは実母が死んでからは一度もない。

 それでも完璧な淑女と評されるほどに礼儀作法を会得しているのは、小さい頃の母の教えと、皮肉だがある意味ではジュリアのおかげとも言えた。


「段々と食べる量も増えてきたし、顔色も以前に比べたら格段に良くなった」

「それは……淑女としては恥ずべきことではないでしょうか?」

「そんなことないよ。前にも言ったけど俺は君に美味しいものを食べさせるのが好きだから」

「ですが、この調子では本当に太ってしまいそうで怖いです」

「俺はむしろ君をもっと太らせたいんだけどね?」


 冗談とも本気ともつかないニュアンスでパーシヴァルが微笑むのに、マーガレットはどう返事をしたらいいものか分からず、目の前の皿へと逃げる。

 メインの肉料理は思いのほかあっさりとしていて食べやすく、普段ならば量的に全ては食べられないマーガレットの胃にもすんなりと収まってしまった。

 最後のデザートまで美味しくいただいていると、控えめなノック音が個室内に届いた。

 現れたのはコックコートを着た壮年の男性。この店の料理長だった。


「ストラウド様、奥様。本日の料理はいかがでしたでしょうか?」

「いつもながらとても美味しかったです。メインの子羊が特に良かったかな……リアも珍しく完食していたし」


 瞬間、マーガレットは顔をほんのり赤くした。

 この口ぶりだと普段は完食出来ていないことも筒抜けのようだ。なんだかとても恥ずかしい。

 一方、パーシヴァルの言葉に一瞬だけ目を丸くした料理長は、すぐに微笑ましそうな視線をマーガレット達に向けた。


「――それはようございました。本日は肉料理をメインといたしましたが、魚料理も自信をもってお出ししておりますので、是非またのご来店をお待ちしております」


 そのようなやりとりの後、店を出る直前。

 料理長はマーガレットにこっそりと教えてくれた。


「……実は本日の御予約をいただく際に、奥様好みのあっさりとしたメニュー中心にしてくれとストラウド様より言付かっていたのです」

「っ!?」

「お口に合ったようで安心いたしました。是非またご夫婦でお越しくださいませ」


 朗らかな笑顔で送り出してくれた料理長の言葉に、マーガレットは再び赤面するのを止められず。


「リア? どうかした?」

「……いえ、なんでもありません」


 自然と伸びてきたエスコートのための掌をじっと見つめた後で、マーガレットは気づかれないように心の中でそっと息をついた。


(このまま私まで甘やかされて駄目にされたらどうしよう……)


 そんな危機感を募らせながらも、決して自分からこの優しさを振り解くことは出来ない。

 重ねたこちらの手をぎゅっと握ったパーシヴァルを仰ぐマーガレットの心中は、にわかに複雑さを増していった。


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