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その1


「えっ……!? パーシヴァル様も一緒に、ですかっ!?」


 久々にゆっくりと共に出来た夕食の席で思わず淑女らしからぬ反応をしてしまったマーガレットに。

 向かい側で優雅にワインを傾けたパーシヴァルがニコリと微笑んだ。


「うん。実は俺も今度の休みに提案しようと思ってたから丁度良かったよ」

「そう……ですか……」


 機嫌良さそうに食事をするパーシヴァルとは対照的に、マーガレットは僅かに表情を曇らせる。

 この話のきっかけは、本日ジュリア宛に届いた一通の手紙だった。


(……流石にそろそろ報告に行かないと駄目だわ)


 差出人の名前は――マーガレット・ワーズワース。

 現状この名義を使うのは実質一人だけだ。中身を確かめるまでもないが一応封を切る。

 要約すれば、そこには大変乱雑な筆跡でこう書かれていた。


 ――――何を悠長にしているのこの愚図! さっさと入れ替わり時期を計画して知らせなさいよ!


 痛む頭に額を押さえながらも、マーガレットは手紙を丁寧に畳んで戻す。そして覚悟を決めた。


(一度、伯爵家に帰らせて貰おう)


 ストラウドの屋敷から王都にある伯爵家までは馬車で二時間ほどの距離だ。十分に日帰りが可能である。

 幸いにも外出制限は掛かっていないし、こんなことで護衛や馬車を出させるのは申し訳ないが他に方法もない。手紙で説明するには内容が複雑だし、何より漏洩のリスクの方が怖かった。


 パーシヴァルのもとに嫁いで約三週間。

 幸いにも分け与えて貰った仕事は順調にこなせているし、裏ではジュリア用に出来る限り簡単な説明を心掛けた仕事の進め方指南書(マニュアル)も作成中である。

 パーシヴァルの心情を鑑みると、おそらく初夜を行なうのにまだ数カ月は掛かる筈だ。そのことも含めて長期的な情報共有や連絡手段についてもジュリアと相談しておかなければならない。


 そんなわけでマーガレットはタイミングを見計らい、好きにしていいとは言われていたものの一応の礼儀としてパーシヴァルに話を持ち出したのだ。


「数日中に一度、実家へ顔を出してきたいと思います」


 と。しかしそこで彼から返ってきたのは、


「……分かった。なら次の俺の休みの日に一緒に行こうか」


 まさかの同行申し出だったのである。

 これにはマーガレットも素で驚いた。パーシヴァルはただでさえ忙しい身の上だ。そんな中で伯爵家に行くとなれば彼の貴重な休日をほぼ丸一日消費することになってしまう。


「あの……わざわざパーシヴァル様のお時間をいただくほどの用事ではありませんし、せっかくの休日ですからお身体を休めた方が宜しいのではないでしょうか?」


 半分は本心だが、もう半分は私情である。パーシヴァルが居ては目的を果たすことは困難。

 むしろこの(はかりごと)が露呈する危険が増してしまう。主にジュリアの行動如何(いかん)で。

 そのため、やんわりと同行を遠慮願いたいという気持ちを乗せて発言したマーガレットだが――相手の反応に今度は別の意味で困ってしまった。


「……リアは、俺が一緒だと迷惑なのかな? 俺は可能な限り君と共に過ごしたいと思っているんだけど……」


 そう言って寂しそうに眉を下げるパーシヴァルを見ていると、マーガレットの胸には自ずと罪悪感が湧き出してくる。別にマーガレットだって行きたくて行くわけではない。パーシヴァルと過ごす時間の方を大切にしたいのが偽らざる本音だ。

 そこへ捨てられた子犬のような眼差しを向けられた結果、マーガレットは早々に白旗を上げた。


「……分かりました。特に面白みはないかもしれませんが、ご一緒いただければ私も嬉しいです」

「良かった! 断られたらどうしようかと思ったよ」

「……? そんなに我が家に行きたかったのですか?」

「まあね。式の時もバタバタしていたし、これを機にきちんとご挨拶もしたいから」


 やはり律儀で誠実な人だなと、マーガレットはパーシヴァルの人間性の高さに内心で感嘆する。


「じゃあ俺の都合で申し訳ないけど、行くのは来週の七日で構わないかな?」

「承知いたしました。伯爵家には私から先触れの手紙を出しておきますね」

「ありがとう。……あ、それなら午前中にお伺いすると伝えてもらっても良い?」

「それは構いませんが……理由をお聞かせいただいても?」


 伯爵家を午前中に訪問するということは準備なども含めると、かなりの早朝起床となる。

 屋敷に居るマーガレットはともかく前日は当然仕事のパーシヴァルには辛い筈だ。

 だからこそ理由が気になって問いかけたマーガレットだが――


「だってせっかくの初デートだから。御実家への挨拶が済んだら午後は二人でどこか行きたいなって」


 ごく自然にさらりと。だけどどこか甘やかすみたいに瞳を優しく細めるパーシヴァルに。

 マーガレットは顔を赤らめるより先に絶句した。


(……この方、実はとんでもない女誑しなのではないかしら……っ!)


 社交界ではその容姿から衆目の的ではあったものの、デビュタント前から婚約者が居たこともあり下世話な噂とは無縁だったパーシヴァル。

 もし仮に彼が完全なフリーで、夜会で出会った女性たちにも今のような振る舞いを気軽にしていたら――想像するだけでも背筋が凍る。冗談抜きで社交場が血の海になりかねない。

 婚約者を喪った直後にも関わらず新たな縁談が纏められた背景には、彼のこの性質を危惧した義父の心配もあったのではないか。マーガレットはそんな邪推をうっかり脳内で繰り広げてしまった。


「リア? 何か考えごと?」

「ええ……パーシヴァル様の罪深さについて少々……」


 そう口にしながら、マーガレットは心の奥底に生じかけている淡い感情に必死で気づかないふりをした。


 この方の妻は自分ではない。

 だからこの言葉は自分に向けられたものではない。

 決して勘違いしてはならない。

 もし囚われてしまえば最後に傷つくのは他でもない、自分自身なのだから。



 そのようなやりとりを経てから瞬く間に時は過ぎ――翌週の七日。

 数名の護衛と共に馬車でワーズワース伯爵家の門を叩いたマーガレットとパーシヴァルを出迎えたのは、


「うふふっ! ようこそおいでくださいました――パーシヴァルさま!」


 胸元が大きく開いた煽情的なドレスを身に纏い満面の笑みを浮かべた白金髪の少女(ジュリア)だった。


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