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その1


「喜びなさいお姉さま! その使い道のない純潔、ワタシのために有効活用させてあげるっ!」


 ノックもせず扉を蹴破るように入ってきて開口一番。

 ワーズワース伯爵家の次女、ジュリア・ワーズワースが勝ち誇るようにふんぞり返って発した言葉には、室内にいた彼女の姉――マーガレット・ワーズワースも流石に唖然とした。


 ピンクを基調とした可愛らしい内装が目を惹く室内で一人、与えられた課題に勤しんでいたところへの突然の強襲。しかもその内容はあまりにも酷く、とても他人に聞かせられるような話ではない。


 ルビーの瞳を翳らせ、チョコレート色の髪を揺らしながらマーガレットは椅子から立ち上がると、ジュリアが開け放ったままの扉を急いで閉めた。

 一方、ジュリアはずかずかと勝手知ったる室内に踏み込むと、我が物顔で天蓋付きのベッドへと仰向けに寝っ転がる。

 ……正直、このまま部屋を出て行きたい気持ちでいっぱいだったが、そうもいかない。

 マーガレットは意を決して妹へと問いかけた。


「……あの、ジュリア()? 仰る意味がよく……」

「もうっ! あいかわらず察しが悪いわね! しょうがないからもう一度だけ言ってあげるわ!」


 淡い光を纏う滑らかな白金の長髪をベッドの海に躍らせ、ペリドットのような美しい緑の瞳を輝かせながら、ジュリアは声高に言い放つ。


「お姉さまのその純潔、ワタシの旦那さま相手に初夜で散らして来てちょうだい!」

「…………それは、本気で仰っているのですか?」

「はぁ? 当たり前じゃない。ワタシがお姉さまに冗談言うほど暇だと思うの?」

「――そう、ですか……()()()()()()()()


 分かればいいのよ! とジュリアが満足げに頷くのに対し、マーガレットは内心で大きくため息を吐いた。本当は何も分かっていないが、ここで反駁してもいいことなんて一つもない。


「詳しいことはお父さまにでも聞いてちょうだいね! はー、今日も疲れたぁ!」

「……お飲み物をご用意いたしましょうか?」

「いらなーい! あ、着替えるから服脱がせて! 早く!」

「畏まりました」


 ベッドの上でコロンと転がり、うつ伏せになったジュリアの背中へと手を伸ばしながらマーガレットはどのタイミングで父親を訪ねるべきか密かに頭を悩ませた。機嫌が悪い時に出向けば手酷い仕打ちを受けかねない。しかし事が事だけに、状況把握は急務とも感じる。非常に厄介だ。


 このワーズワース伯爵家において、妹ジュリアの発言力は絶大である。

 どれだけ理不尽なことを言っても最終的には赦され、叶えられる。それが当伯爵家のルールだ。

 逆にマーガレットはこの家の中ではヒエラルキー最下層も最下層。使用人にすら劣る。


 ――ワーズワース伯爵家。


 家族構成は父と母に長女のマーガレットと次女のジュリアの四人家族。

 だが、それは表向きの話。

 現在の母は後妻であり、マーガレットにとっては義母に当たる。

 実母はマーガレットが七歳の時に病死。

 一方のジュリアは正真正銘、義母の産んだ娘である。

 なおマーガレットとジュリアの歳は一つ違いだ。

 そして父親はどちらもワーズワース伯爵であることを踏まえれば――おおよその察しは付くことだろう。


 愛のない政略結婚で生まれた長女(マーガレット)と、互いに愛し合って生まれた次女(ジュリア)

 ゆえに七歳から現在に至るまでの十年間、実母の庇護を失ったマーガレットは残った家族から見事に虐げられてきた。


 普段は使用人のように労働を強制され、食事は一日一食でも食べられたらマシという有様。

 寝床は使用人部屋すら使わせて貰えず、物置となっている薄汚れた屋根裏部屋の隅を間借りしている。

 そんな状態ゆえに使用人たちからは腫物扱いで遠巻きにされ、話し相手にすら事欠く始末。


 そんな風に伯爵家の令嬢にあるまじき十年を過ごした結果。

 マーガレット・ワーズワースは貴族令嬢としては非常に異端な存在となってしまったのである。


 ほどなくジュリアからお忍び用のワンピースドレスを引っぺがすことに成功したマーガレットは、皺にならないよう丁寧に畳んで腕に抱えた。そのまま部屋を辞そうとしたマーガレットの背中に、下着姿のジュリアが声をかける。


「あ、今日はもう入れ替わりはいいから。早く元の姿に戻して」

「……畏まりました」


 命じてきたジュリアへ恭しく頭を垂れながら、マーガレットは展開していた魔法を解除する。


 瞬間――()()()姿()()()()()()()()


 白金の柔らかな髪と垂れ目がちなペリドットの瞳……それが本来のマーガレットの姿だ。

 逆にジュリアはチョコレート色の髪にツリ目がちなルビーの瞳が特徴的な容姿をしている。


 この国の高位貴族の一部は、血筋による固有魔法を使うことが出来る。

 ワーズワース伯爵家の魔法系統は【変化】に由来するもの。

 直系であるマーガレットも例外ではなく、幼い頃から自由に自分や他人の姿を変えることが出来る【変身】の固有魔法を使うことが出来た。


「ワタシも解除っと」


 ジュリアの呟きと同時に、二人の声もまた入れ替わる。

 ジュリアの固有魔法は【変声】。

 マーガレットの【変身】と合わせることで、二人はほぼ完璧に入れ替わることが可能となっている。


 ――そう、ここはそもそもジュリアの私室。課題をサボって街に遊びに行くジュリアの身代わりとして、マーガレットは妹の姿で課題をこなしていたのだ。


「そういえば課題は終わってるの?」

「申し訳ございません。残りが二問ほど……」

「ったく使えないわね! とりあえず先にドレスを片付けてきなさい! 戻ってきたら課題やって!」

「承知いたしました」


 マーガレットは一礼してからジュリアの部屋を出た。そして数歩進んだ廊下の端で、改めて大きく息を吐き出す。


「…………えらいことになった……」


 唐突に訪れた貞操の危機らしき事態に、マーガレットはしばし途方に暮れた。


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― 新着の感想 ―
[一言] なんて女 これは相当なざまぁを期待してしまう
[一言] ラブコメディ、、、想像がつかない今後の展開にワクワク
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