第84話「午前3時から午前5時」
異世界生活28日目……
ギルベリル王国を脱出して丸3日、今のところ追跡もされていない。
ノンビリと穏やかな時間を過ごしている、最近殺伐としたイベントが続いてたからこんな時間がありがたい。
このまま何事も無く進めばイイ……と、思っていた矢先、問題が発生した。
「これおかしいよね? 負担がおかしいよね? そりゃ私は働いて無いよ、だからって1日10時間一人で運転し続けるのっておかしくない? ウチの主人だって10時間戦い続けてたワケじゃないでしょ? シャロちゃんとお風呂入ってたりしたじゃん、危険度で加算されるって理屈は判るけど、無敵のオーパーツ使ってるんだもん危険なんてないでしょ? やっぱりおかしいよね? これおかしいよね?」
ウチの専属運転手がま~たブツブツ言い始めたのだ。
まぁ確かに役割分担とは言えずっと一人に運転させ続けるのもよくないよな。
疲労・集中力低下で事故られたら堪ったもんじゃない。
何か解決策の模索と同時にリフレッシュ休憩できればいいんだが……
「この近くに街は無いかな?」
「街……と言うほど大きくは無いのですが、このまま進むとデルタフル火山地帯に着きます」
答えてくれたのは地元民のシエルだ、500年程ひきこもりしてたけど……
「火山地帯? そんなトコロに人が住んでるのか?」
「はい、麓には温泉が湧いていて鶫様も晩年はよく……」
「温泉ッ!!」
あ~あ、キララにも聞こえちゃったか、そしてエアカーの速度が急に上がった。
ご主人様の指示も仰がず勝手に目的地を変更しやがった。
「お~い、キララ……」
「行きましょうご主人様!!」
「いや、だから勝手に……」
「私、ギルベリル王国でもお風呂に入れなかったんです!! ご主人様も日本人なら私の気持ち判りますよね!? 判らないとは言わせない!!」
あ~、異世界日本人症候群が出ちゃったか、コレは何を言っても止まらないな。
「わかったわかった、急ぐ旅でもないし寄ってみよう」
「ご主人様! 大好きッ!!」
大好きはもうちょっと別のシーンで言って欲しかったな。
―――
キララのやたら気合の入ったドライビングで夕暮れ前にボックスルート温泉郷に到着した。
さて…… 温泉か……
コレを言うと引かれると思うから敢えて口には出さないが…… 俺……温泉ってあんまり好きじゃ無いんだよね。
いや、俺だって日本人だ、温泉自体は好きだよ? ただ公衆浴場ってのが好きじゃ無いんだ。
特に人気温泉の男湯! 大量のオッサンが入浴し、汗や老廃物がタップリ溶けだした湯は言うなればオッサン出汁、オッサン汁、オッサンスープだ。
源泉かけ流し? 湯が入れ替わるよりも出汁の抽出速度の方が速いんじゃね? 底の方にこってり系濃厚スープが溜まってそうで……
そんな湯に有り難がって浸かるヤツの気が知れない。
希望は部屋数自体が少ない高級旅館とか完全なる秘湯、要するにオッサンがあまり入って無い温泉が理想だ。
欲を言えば女性限定の宿だな、そんなモノがあるのかどうか不明だしそもそも女性じゃない俺が入れないから意味が無い。
ちなみにちっこい湯舟はダメだ、例えオッサンが入って無くても足伸ばして入れない様なのは意味が無い、それじゃ実家の風呂と変わらない。
せめて混浴…… いや、いっそ貸し切りにしてみんなで……とか……
いや、過剰な期待はよそう、最近運勢が過去最低レベルに下がってる俺が行くと大量のオッサン軍団が現れてタピオカミルクティーの底みたいにギチギチになるんだ……
う~ん…… それなんて地獄温泉?
「それにしても……」
窓から見える景色は和風の温泉街だ。
中世ヨーロッパ風の世界観なのに当たり前のように入り込んでくる日本要素…… ベタだ。
なんでテルマエみたいな温泉施設にならないんだよ? この分だと東の果ての島国とかもありそうだ、ナーロッパではよく見る光景だな。
そもそもここは箱根温泉……
ここ作ったの絶対日本人だ。
…………
「なんか…… 思ってたよりもずっと人が多いな」
こんな魔物が跋扈する世界で温泉地にこれだけ客がいるとは思わなかった。
「この近くにはダンジョンがあるのでここをホームにしている冒険者が多いのです」
「なるほど…… ダンジョンね……」
きっと炎のダンジョンなんだろう、溶岩っぽいダメージ床とかあって触れると体力が減るヤツ、アレってリアルだと怪我じゃ済まないよな。
そんなダンジョンに挑むべく冒険者たちが多く集っているのか……
どうりでガチムチが多いワケだ。
プレートアーマー、レザーアーマー、ローブ……
和風の温泉街なのに和風の鎧武者とか一人もいないんだな。
そしてそんなダンジョンに挑む冒険者はタップリと汗をかいているコトだろう……
「この先に鶫様が贔屓にしていた宿が……まだあるのでしょうか?」
500年近く前の話だからな、だが六英傑が贔屓にしてた宿なら残ってても不思議はない、相当な高級宿だろうからな。
そんな高級宿ならそこらの冒険者が毎日泊まるってことは無いだろう。
幸い資金は潤沢だ、これは行くしかないな。
―――
――
―
ボックスルート最上級温泉宿・剣聖の湯……
むかし剣聖が泊まったからって勝手にその名称使っていいのだろうか?
「建物は新しくなってますが当時の趣を残しています、それに鶫様の名を冠するとは…… 素晴らしいです!」
ま、身内が喜んでるからいいか……
そういえば日本でも戦国武将の名前が入った温泉とかあったな、どこの世界でも客寄せの手法ってのは変わらないらしい。
「いらっしゃいませ、ようこそお越しくださいました、こちら剣聖の湯は六英傑の一人、小鳥遊鶫さまが愛した……」
「うんうん♪」
玄関先でいきなり剣聖の湯の由来を語りだした、いや、由来というかもはや小鳥遊鶫への強烈な賛辞だ。
温泉の効能とかこれっポッチも出てこない。
でもまぁシエルばーちゃんが嬉しそうで何よりです。
「シエル、その話はあとでゆっくり聞かせてもらえ」
「あ…… し、失礼いたしました!」
「それじゃ宿泊、6人で」
「かしこまりましたぁ~! ささ、こちらへ……」
女将に案内され部屋へ通される、もちろんシャロはお姫様抱っこだ、高級旅館に巨大ワンコはダメな気がするから。
「いまなら女性はいつでも温泉に入れますよ~♪」
やはり男女入れ替わり方式か、混浴じゃないのが残念だ。
「男は何時から入れるんだ?」
「明日の午前3時から午前5時の間になります~♪」
ほわっつ?
「本日はレディースデイですので午前3時から午前5時の間を清掃時間にしております、その間でしたら入浴されてもいいですよ?」
なにそのまったく休まらなそうな入浴風景? なんなの? 何か男に恨みでもあるの?
「男の冒険者ってホントに入浴のマナーってものが無いんですよね、薄汚い体を洗いもせずに湯舟に飛び込むんです、アイツらが風呂に入ると油とか垢とか縮れた毛とか色々なモノが湯舟に浮くんです。(ホント男はみんな安宿へ行けっつーの……)ボソ」
女将の心の闇が見えた……
俺もオッサンに対して似たような印象を抱いてたからあまり文句も言えない……
「時間まで待てないようでしたら、山の方へ20km程行ったところに露天風呂がありますよ、あそこは男女の時間制限はありませんからいつ行っても入れます。
近くに噴火口もあって雄大な景色が望めますよ」
「それ普通に危険なヤツだろ……」
火山か…… いい機会だしちょっと寄っておくのもアリだな。
それに時間制限のない露天風呂…… つまり混浴ってコトだ。
もっとも山道を往復40kmなんて誰もいかないだろ? 帰ってくるの明日になるっつーの。
だがこれは確実に秘湯だ、きっとオッサンエキス濃度0.01%以下だ。
「え? ご主人様まさか行く気? 私なら大人しく深夜まで待つけど」
もちろん普通なら行かない、登山より過酷そうだからな、だが……
「シャロ、早太郎借りてもいいか?」
「い~よ~♪」
うむ、シャロは素直だな、キララだったら代わりに何か要求してきたかもしれない。
今はストレージ内で待機状態の介助アンドロイド、アイツの足なら……
混浴は期待できないけど、バカ高い金払って清掃員の横で風呂に入るくらいなら秘湯を目指す!
《特別解説》
『ナーロッパ』
見た感じ中世ヨーロッパ風世界観だけど現実のそれとはまったく別物の世界観。
文化レベルは中世なのに上下水道が整備されてたりする非常に都合のいい世界、リアル中世だと道に汚物が垂れ流されてたりする。




