第5話「虚境界 ―エンベロープ―」
「つまりお前達は人間じゃないって言ってるんだよ」
コノヤロー、ハッキリ言いやがった!
言いたいことは分かるさ、確かに魔力を持たない俺達はこの世界では異物だ。
だからってこの扱いは無いだろ? もしこのオッサンが地球に転移してもこんな迫害は受けない、政府とかが手厚く保護するに決まってる。
……いや、国によっては人体実験のモルモットにされるかも知れないな、だが日本ならこんな扱いは受けないだろう。
だいたい俺に言わせれば魔力なんてモノを持ってる方が余程人間離れしてる。
しかしだからと言ってだ、俺達と同じ姿かたちをしていて意思疎通できる相手を一方的に蔑むような事はしない! ……と思う。
少なくとも表面上はな。
つまり何が言いたいのかというと…… この世界、民度が低い!!
コイツ等だけだと思いたい、まさかお姫様だけが唯一の良心なんてことないだろうな?
いや…… 物語なんかじゃ良い人そうに見えて実は一番たちが悪いなんてケースもよく見かける……
大丈夫、俺はお姫様のこと信じてるから!
「アヴァロニア王国はな人間族だけの国なんだよ。
他種族ですら立ち入りが禁じられてるのに、人間ではないヤツなんか受け入れるわけ無いだろ?」
コンラッドは俺達から奪った袋の中身を数えながら面倒臭そうに言った…… クソッ! ムカツク!
「お姫様の指示を無視するってことは、王家に対する叛意にあたらないのか?」
「はん、叛意だと? いやいや姫様には我々も困っているのだよ、あの方の見境のない博愛主義に。
王家に名を連ねる者がいちいち虫ケラに慈悲を与えていては国を支えてくれる国民に示しがつかん」
む……虫ケラ…… どんどん扱いのレベルが下がってる気がする、次はミジンコか?
「この虚境界の間は王城の真下に位置する、つまりお前達を国外へ出すことは初めから不可能なのだ」
「それじゃ俺たちをどうするつもりなんだ?」
「魔無が王国の国土に入る方法は2つだけ。
奴隷になるか、死体になるか……だ」
ヒドイ2択が来たもんだ、便秘になるのと下痢になるのどっちか選とべ言われてる気分だ、悩む。
いや、もしかしたら性欲を持て余したマダムの奴隷になるなら割と有りかもしれない。
たとえマダムがトドみたいだったとしても死ぬよりはマシだし、奴隷になれば逃げ出すチャンスくらいあるだろう。
「ちなみに奴隷になるならこれを付けさせてもらう」
コンラットは小さな金属製の輪っかを取り出した。
首輪……か。
「これは「隷属の首輪」という魔道具だ。
これを付けられた者は付けた者に強制的に隷属することになる、当然逃げることなどできない。
本来 高い魔力を持つ者には効きづらいアイテムなのだが、魔無相手なら絶対服従状態にできる」
出たよ、ご都合主義全開の不思議便利アイテム「魔道具」! 完全に魔無を狙い撃ちにしてやがる。
自由意志が完全に奪われるってことは死と同義だろ?
いや…… 美人マダムがご主人様になるならある意味勝ち組と言えないことも無いような……
「奴隷として生きるのと死体になるの、どちらがいいかはお前達自身に選ばせてやる、ただお前みたいなヒョロっとした男は割と人気があってな、俺の知り合いにも良いのがいたら連絡してくれってヤツもいる、しかも男の魔無は更に貴重だからな、案外大事にしてもらえるかもしれないぞ?」
え? マジで? ココへ来て俺の未来に光明が……!
更に男の魔無は貴重なんだって、ゴミレアの中でもひときわ珍しいウルトラゴミレアだ!
…………
そんなもん一体誰が大事にしてくれるんだ?
「まぁオスセンの旦那の趣味は俺には理解できないがな」
「…………オスセンの旦那?」ボソ
「あ? なんか言ったか?」
俺を買いたいのって男かよ!!!! フザケンナ!! なにげに貞操の危機じゃねーか!! どっちを選んでももれなく地獄行きだ!!
「あとは女の方か、だがこういう地味で辛気臭いのは人気がないんだよな…… まぁ女なら使いみちは幾らでもあるか……」
うわ~…… サイテ~…… 男全体が嫌われそうな発言しやがった。
やはりダメだな、なんとか交渉できないかと思っていたが、交渉の余地がない。
しょうがないよな? 虫ケラと交渉する人間などいる筈がない。
「…………ッ フザケないでッ!!」
「ん?」
「セ……センパイ?」
今まで黙って聞いていたセンパイがとうとうキレた。
いやチョット待って!? キレるな! 俺たち兵士に囲まれて剣突き付けられてるんだよ? 危ねーよ!
「人の事を無理やり攫っておいて人間じゃないとか、虫ケラだとか、奴隷だとか……」
白河センパイヒートアップ! ゆらりと立ち上がる。
待て待て落ち着け! 俺まで巻き込まれるだろ!
「ふざけるなッ!! 私は……ッ」
ズバッ!!
「!!?」
「!?」
白河センパイが後ろにいた騎士に斬られた! マジかコイツら!?
「センパイッ!!」
「あ……ぐ……うぅ……ッ!」
傷は……浅いか? 薄皮一枚斬っただけ? 威嚇のつもりか?
大きな傷は奴隷としての価値を下げるからなのかもしれない。
だが…… これは俺が思っていた以上に事態は深刻だ、コイツら年下の、しかも女の子を問答無用で斬りつけやがった…… 信じられない。
騎士ってのは誇り高い職業なんじゃないのか? やはり地球と異世界では常識が違うのか?
それとも…… 魔無には何をしてもいいと思ってるのか……
もうダメだ、たとえ絶対服従しようとも、ココにいたらいつか確実に殺される。
逃げるしかない。
死ぬ確率もかなり高いが、ココに残ってアイツらに嬲り殺しにされるよりは遥かにマシだ。
「センパイ」
「う……うぅ?」
センパイの背中の傷を押さえながら小声で話しかける。
「俺は一か八かに賭けて逃げることにします。
センパイも……それでイイですか?」
まさかこの状況で「絶対に許さん!! アイツらの喉笛を喰い千切ってやる!!」……とか言わないだろうな?
「う…うぅ…」コクリ
センパイが小さく頷いた。
逆らったって魔力の無い俺達じゃ返り討ちに遭うのが関の山だ。
どんなに悔しくても逃げる以外に道がないんだ。
「さあ、どうする?」
コンラッドがニヤニヤしながら首輪を指で回してる。
悟られないように……
「う…… う~ん…… うぅ~ん! はぁ…… わかりました、命には代えられない、奴隷になることを受け入れます」
「フッ、虫ケラの割には利口じゃないか?」
チッ! いちいち魔無をディスらないと話も出来ねーのかよ!
「じゃあその妙な服のボタンを外して首を晒せ」
まさか売り払う前に私に乱暴する気!? エロ同人みたいに!!
………… まぁ男がオッサンに乱暴されるエロ同人を俺は見たコトが無いんだがな…… 池袋辺りに行けばあるいは……
「アンタが首輪を付けるのか? 買い主じゃ無くて?」
「奴隷の所有権は条件次第で移譲できる、まあお前には関係のない話だ」
そうとも限らん、異世界モノの主人公は高確率で奴隷を買うからな。
俺もいつか等級の高い奴隷娘のハーレムを作ってお前に復讐してやる! もちろん俺が主人公だったらの話だが……
学ランの第3ぼたんまで外し胸元をガバッと開く、いくら俺が美少年だからって欲情して乱暴しないでよね?
「よし」
コンラッドの手が俺の首に伸びる……
「そう言えば最後に一つ聞いておきたかったんだが……」
「あ? なんだ?」
「他種族でも魔無を蔑む風潮ってあるのか?」
「ふっ、ああそうだな、どの程度のものかは知らんがそう言った風潮はどの種族にもある。
当然だろう? 魔力とは神より授かった神聖な力、それを持たぬ者など神に愛されていない証拠、侮蔑の対象でしかない」
「ぷっ」
「あぁ?」
「ぷっくっ! くふふ…… ははっ、あはははっ!」
「なんだテメェ、ナニを笑ってやがる?」
「いやぁ…… ぷふっ! 「魔力とは神より授かった神聖な力」キリッ って…… ふふっ、ウケ狙いだろ?」
「何だとッ!?」
「いや…… いやいやいや、神聖な魔力って何だよ? 魔力だよ? ま・りょ・く! 魔の力と書いて魔力だぞ? それが神聖って…… ふふっ、綺麗なウンコくらいあり得ない言葉だろ? そんなモノをありがたがって優越感に浸ってるとか…… コレが笑わずにいられるかよ?」
「な……なっ……!!」
おーおー、こめかみがピクピク動いて顔が真っ赤だ、マジでキレる5秒前だ。
「この世界で優越感に浸ってるバカに魔力を授けた存在がいるのだとしたら、それは神じゃなく悪魔に決まってんだろ? だって魔力だぞ? 魔の力! こんな滑稽な話があっていいのか? どんだけ頭お花畑なんだよ!」
「き……きさまぁぁぁぁあッ!!!」
コンラッドは首輪をはめる為に収めていた剣に手を掛ける、重心が前に傾いた!
「センパイ!!」
「ッ!!」
この機を逃さず行動に移る。
俺はコンラッドの右肩の鎧に手を掛け手前に思いっ切り引っ張った! それだけで簡単にバランスを崩すコンラッド…… 普通ならこんなコト上手くいくハズがない、しかしキレて身体が固くなっていたのと、冷静さを欠いていたのが最大の要因だ。
一方センパイも示し合わせていたかのように動いた。
俺達の真後ろに立っていた騎士、さっきセンパイを斬りつけた騎士に超低空タックルをかました!
センパイも俺も片膝をついた状態で待機していた、その状態からいきなりのタックルだから何の反応も出来なかったのだろう、あと多分コイツも俺の煽りでキレてたから……
一瞬の内に剣の間合いの内側に入られ、両足を取られ何の抵抗もできずに後方へ倒れ込む名も無き騎士…… 誰だよセンパイが文学少女とか言った奴? 霊長類最強女子ばりの素晴しいタックルだった。
そして……
「なっ!? なにぃっ!!!?」
「う…… うわああぁぁぁあ!!!!」
俺達が居たのは橋の上、すぐそこには時間と空間を超越した穴、《虚境界》が口を広げて待っている。
「き…貴様ぁぁああ!!!!」
「はっはー! 後は各々の運の良さ次第だな! せいぜい悪魔にでも祈ってろ! 自称キレイなウンコを宿し者共め!!」
俺とセンパイとコンラッドと名も無き騎士、4人は吸い込まれるように《虚境界》に落ちていく……
そんな中コンラッドは落下しながら剣を抜いた。
だが遅い…… 遅すぎる、だって《虚境界》はすぐ目の前だ。
「ザマーミロ! お前なんか壁の中にでも飛ばされてしまえ!」
「許さん! 絶対に許さんぞぉォォ!!」
ハイハイお疲れ様、怨嗟の声が実に心地よい、満足だ…… それでは魔無2人とバカ2人、此処ではない何処かへご案内、出来れば元の世界に生還したいなぁ……
「どうか… お願い!」
「うわああぁぁあ!! ママ!! ママァァァア!!」
!? 名も無き騎士はマザコンだったn―――
ブツン!
俺達は虚境界の間からの脱出に成功したのだった……