第13話「ストレージ」
「うおおおぉぉぉぉぉおっ!!?」
宇宙船を使いダンジョンを脱出した俺達は旅をするために地上に降りなければならなかった……
だがまさかその方法が命綱もパラシュートも無しのフリーダムダイブだとは思いもしなかった……
普通SFなら光の柱の中をエレベーターみたいに上り下りできる機能があって然るべきだろ? いや、SFって時点で普通じゃないんだけどさ……
ゥゥゥゥゥ―― スタッ
ベルリネッタはほとんど音も立てずに砂の大地に降り立った、高さ100mくらいあったのに全く衝撃を感じなかった、いいショックアブソーバーを積んでるらしい。
ちなみに俺の着地音がしなかった理由はベルリネッタにお姫様抱っこされてたからだ。
逆だろ?
もちろん俺がベルリネッタをお姫様抱っこして飛び降りられるかと聞かれれば、答えはもちろん否である。
ベルリネッタは俺に対して多少過保護な気はしていたが、まさかこれ程とは……
もしかして俺たちってこれからこのスタイルで旅しなきゃいけないの?
俺が竜に囚われていたお姫様ならこの状態で旅をして、宿屋に泊って、昨夜はお楽しみ……するのもアリだけどさ。
「到着」
「あ……あぁ、ありがと……」
普通に降ろしてくれた…… どうやらお姫様抱っこで旅をする気は無かったようだ。
「あのさ…… 出来ればで良いんだけど、次からは何をするか事前に教えておいて欲しいな」
「イエスマスター、次からは事前告知…… 気を付ける」
うん、そうして? 緊急時とかはイイけどさ……
「ふぅ…… さて……」
自分の目でも確認したが本当になんにもない砂漠のど真ん中だ。
周りには青空と砂以外なにもない、唯一例外なのは上空に浮かぶプレアデスと、そのプレアデスが岩盤とかを破壊しながら浮上したため一部岩が砂から飛び出しているダンジョン跡地くらいか。
「ん?」
よく見れば岩と砂の他にも木片やロープ、布切れなんかもちらほら見える。
そういえばダンジョン内に作業用の足場とか組まれてたし、ハイオークは丸太ぶん投げてたし、装備は腰布だけだった…… 南無。
…………
いや、なんか多くねぇ? 布切れも妙に白くてキレイだ、ゴブリンの腰布は見ただけで臭ってきそうな色してた。
まさか…… ダンジョン内にまだ人が残ってたのかな?
まさか……ね? ダンジョンの崩落に巻き込まれたりして…… うん、怖いから考えないでおこう。
「どうやら村があった……みたい」
「村? 砂漠のど真ん中に?」
「ダンジョンに挑むための前線基地……みたいなものかな?」
あぁ、ダンッジョンアタック用のベースキャンプか、確かに交通の便も悪そうだしそんな物があっても不思議はないな。
そしてそんな村は跡形もない…… え~と……
「既にヒト居なかった」
「そ……そうなのか?」
確かに死体は見当たらないけど……
「ダンジョン内に魔物が溢れたから全員避難した」
「魔物が溢れた?」
「マスター見つけたから魔物駆除止めた」
え、一晩魔物駆除を止めただけで溢れ出すほどモンスターまみれだったの? このダンジョン……
そんな危険地帯を中位級ダンジョンに誤認させてたって、ベルリネッタって超働き者じゃん! それも1000年もだぜ? 信じられん……
…………
あれ? ちょっと待てよ?
それじゃ俺が致命傷レベルの怪我を負わされた原因であるハイオーク大先輩が現れたのってベルリネッタが駆除作業を止めたせい?
…………
くっ! 俺は文句の言える立場じゃないんだけど、純血種の安全は最優先で考えて欲しかった!!
「それではマスター、行こ」
「いやちょっと待て」
「?」
「この浮上したプレアデスはどうするんだよ? ここに放置するのか?」
いくら砂漠のど真ん中でも全長120mの構造物が空に浮いてたら騒ぎになるだろ?
ダンジョンで異常事態が発生し、前線基地が壊滅したら調査に誰かがやって来るだろう。
プレアデスなんか100km先からだって丸見えだ、この星は丸くないんだ、既にどこかから目撃されてるかもしれない……
「プレアデスは歪みに隠す……ので問題ない」
歪みに隠す? それはアレか? 空間を歪めるとかそういうヤツ? それとも光を歪める系か?
そんな事ができるならさっさと動けるようにしてくれ。
「それじゃ……」
「いやちょっと待った」
とにかくさっさと行こうとするベルリネッタを止める。
念のため地図アプリを確認してみる、半径50km圏内には村もオアシスもピラミッドも無い、だが進むべき方角だけは教えてくれる。
「予定通り北東に向かおう」
「イエス、了解」
ザク、ザク、ザク……
砂漠の旅を始めて僅か3歩…… メッチャ暑い! 黒い頭髪と黒いロングコートが自然発火しそうなくらい熱を吸収している。
あ、これ、30分以内に死ぬヤツだわ……
「暑過ぎる! 水や食料よりまず暑さ対策しないと死ぬわ!」
おのれ異世界め!! どこまで難易度上げれば気が済むんだ!! 今は難易度インフェルノって感じだ。
砂漠を甘く見ていたワケでは無い、だがこれ程とは…… 暑いというより熱い! つーか痛い!
魔力持ちなら魔法で水とか氷とか作り出して暑さ対策をするのだろうが、生憎とそんな便利な不思議パワーは持ち合わせていない。
だが俺には超科学がある! 魔法なんかには絶対負けないからな!!
今の俺に出来るコトは《ストレージ》で工夫するだけだ。
え~と…… どうするかな?
ストレージは機能をカスタマイズできるそうなのだが、現在はメモリが足りず使える機能は限られるそうだ。
メモリを増設すれば色々改造できるのかな? 通販サイトでポチれないのが異世界の辛いところだな。
しかし無い物ねだりをしても仕方ない、今やれることは今できる範囲で考えよう。
自分を中心に半径5メートル以内にあるモノを手も触れずに収納する機能…… まぁよく見かけるヤツだ。
しかしこの機能、よその異世界ではどうかは知らないが、手動操作がかなりキツイ。
スマホで効果範囲内のモノを自動認識してくれるのだが、その数が非常に多い…… 酸素、窒素、二酸化炭素はもちろん、ホコリや砂粒、石や虫の死骸までリストに並んでる…… こんなものいちいち確認してられるか! ジャングルとかに行ったらリストがとんでもないコトになりそうだ。
フィルターを掛けられれば使いやすくなるだろうが…… せめて検索できれば…… つーか音声入力できれば…… 後でベルリネッタに相談してみよう。
どちらにしても咄嗟に使える機能じゃ無い、カスタマイズが必要だ。
本来の運用法である「考えるだけで好きなモノを収納できる」という使い方なら便利だっただろう、ベルリネッタが執拗に脳外科手術を勧めてくるのも納得だ。
ただ暑さ対策では使えそうだ。
「え~と…… 半径5メートルの効果範囲内に入ってくる光全種類を50%収納。
あと同範囲内の熱も50%収納……っと」
「…………」
「おぉ! 快適になった! でも10分おきに再実行しないと効果が切れるのがいただけないな…… オート機能があれば…… まぁポチるだけなら画面を見ないでも出来るからイイか」
「…………」
「ん? ベルリネッタどうした?」
「マスター…… マスターは意外と……頭が良かった?」
え…… 今 毒吐かれた?
「意外とって何だよ?」
「………… マスターのノート、ほとんど真っ白、真面目に授業を受けていた形跡が見られなかった、だから……」
「バカだと思ってた?」
「イエス」
イエスじゃねーよ、コノヤロー!
まぁ確かに成績はお世辞にも良かったとは言えないから反論もできないんだが……
ハッキリ言って能力の運用方法を考えるのと学校の成績は全く関係ない、重要なのは応用力と発想力、頭の柔らかさだ。
圧倒的な力量があれば力押しでもいいが、どんなに難しい公式が解けようとも頭が固ければ型にハマった使い方しかできず効果的な運用はできないだろう…… 多分。
まぁ、一番良いのは成績が良くて頭が柔らかい奴なんだろうけど……
―――
――
―
目的地までどれくらいの距離があるのかわからないが千里の道も一歩から…… とにかく歩いてみた、1時間程…… そして俺は気付いた「砂漠なんて歩くモノじゃない!」……と。
とにかく歩きにくい! 場所にもよるのだろうが砂漠は思っていた以上に起伏が激しい、砂の山を登っては降りを繰り返す、1時間かけて越えた砂山は僅か3っつ…… 振り向けばスタート地点がまだすぐソコに見える。
あと砂の地面そのものも問題だ、一歩踏み出す度に埋まったり崩れたりして非常に歩きづらい、無駄に体力を奪っていく、廃物利用で造られるアスファルトの偉大さを思い知らされる。
日本のコンクリートジャングルで生まれ育った俺にはあまりにも過酷な環境、このコンディションでは普段の俺なら山一つ登りきった時点でギブアップしてたハズだ。
未だに俺が歩いていられるのはきっとパワードスーツのおかげだろう、超科学バンザイ!
しかしこのペースでは砂漠を脱出するのに何十日掛かることか…… 下手したら何百日だ。
つーかベルリネッタさん、なにか乗り物持ってないんですか? SFによくある空飛ぶ車みたいなやつとかさ?
一度、《ストレージ》の環境設定、つまり熱と光の収納を再実行し忘れたら、一瞬の内に凄まじい熱波に襲われて死ぬかと思った、それまではスマホをポケットに入れて適当にポチってたが絶対に手放せなくなってしまった。
ついでに今までは《ストレージ》で環境を整えていたおかげで気にしていなかったが、水と食料確保の目処は全く立っていない……
…………
あれ? 俺って明後日くらいには干乾びてるんじゃねーの?
万が一に備えてションベンを《ストレージ》に保存しておくか? 水だけを抽出しておけば…… まぁ…… 飲めない事は無いだろう、ちょっと嫌だけど……
せめてベルリネッタが出してくれれば…… いや、変な趣味は無いけど自分で出したモノを飲むより美少女が出したモノを飲む方が…… うん、目覚めたら困るからやっぱナシで。
なぜか蛤女房という昔話を思い出してしまった……
俺もあんな嫁が欲しい、砂漠を旅していると切実に思う。
水は最悪セルフで循環させればしばらくは持つだろう、成分を分解・抽出できるとは言えあまりやりたくは無いけどな……
問題は食料だ、幸い昨日の昼飯用の弁当をベルリネッタが《ストレージ》に保管しといてくれた、よくある異世界モノと同様、アイテムボックス内の時間は経過しない仕様だったのは幸運だった。
ありがとうかーちゃん、おかげで命が繋がった、もっとも全て食べきってしまってもう残ってないけど……
あと今更なんだが水筒を持ち歩くべきだったと後悔している、もし生きて日本に帰れたら水筒男子になると誓う!
キミも異世界に転移して追放されて砂漠に放り出された時の為に水筒を持ち歩こう! そうしないとションベンを飲むハメになるぜ?
《特別解説》
『蛤女房』
絶品の出汁をセルフ生産できる妖怪のお話。