第1話「剣と魔法の世界」
ユサユサ
誰かが俺を揺り動かす……
「おいっ! 起きろ! 起きろ飯綱! なんでお前は立ったまま寝れるんだっ!」
この声は幼馴染の近衛白馬(男)の声だ……
不愉快だ、朝起こしに来るのは女の幼馴染であるべきだろ?
「我が安らかな眠りを妨げる愚か者め…… 我を目覚めさせたかったら性転換して出直せ…… むにゃ……」
「なんでお前のために命の次に大事なアイボウとお別れしなきゃならねーんだよ!
寝ぼけてないでいい加減おきろ!」
ゴスッ!
「いで!?」
今グーで殴った!? コノヤロー!! 女幼馴染でもないくせに!!
「…………ん?」
「目が覚めたか?」
白馬にやり返そうかと思っていたができなかった。
理由は現状が理解できないから……
俺たちは薄暗い空間に呆然と立ち尽くしていたからだ。
「ココどこ?」
「わからん」
その空間は空気の流れを感じないことや、音の僅かな反響から室内だと思われる。
しかし壁も天井も見えない、相当広い空間らしい。
学校の講堂くらいの広さがあるんじゃないだろうか?
そして何よりも問題は地面の方だ。
地面には大きな穴が空いており、その上を幅5メートル程の3本の橋が交差する形で架かっている。
恐る恐る下を覗いてみると穴の中には巨大な黒い球体があり、その表面は黒の濃淡がウネウネ動いており薄っすらと光を放っている。
その光で辛うじて周囲が確認できる状況だ、手すりくらい付けといて欲しい。
俺たちはその橋の交差している場所、巨大な穴の真上に呆然と立ち尽くしていた……
明らかに異常事態だ。
「………… 俺たちバスに乗ってたハズだよな?」
「そうだな」
「いつ降りたの?」
「降りた記憶はない」
俺たちは学校に向かうためのバスに乗っていた。
いつもは時間ギリギリのバスで通学していたが、今日は担任の先生のお願い……というより、半ば強引に用事を押し付けられたため普段より1時間半も早いバスに乗っていた……
いつもと違う顔ぶれのバス……
生徒会長と副会長、俺に用事を言いつけた先生、部活やってるヤツ……
かなり早い時間のためか乗客は自分たちを入れても僅か5~6人、おかげで初めてバスで座れたよ。
いつもと違う顔ぶれに興味を惹かれたが、いつもより早起きしたから猛烈に眠い、白馬に「着いたら起こして」と言い残し速攻寝た。
「お前に付き合ったのにフザケンナ!」って言ってた気がするが眠気に抗えず俺の意識は闇に沈んでいった……
そして気づいたらココに立ってた……
うむ、全然わからん、ナンダコレ?
よく見ればあの時のバスの乗客も全員いるみたいだ。
そして全員が現状に困惑しているように見えた。
「暗くてまた眠くなってきた、これって夢か?」
「もう一回殴ってやろうか?」
「じゃあ何なんだよこの状況? 俺は説明を要求する! さっさと話せ! 一体何があった!?」
「お前即効で寝てたもんな、俺にもわからない…… いや…… いまだに信じられない、信じたくない」
「なに現実逃避してんだよ、ほんとに何があった?」
「………… いいか、落ち着いて聞けよ? 俺たちは…… 俺たちの乗ったバスは事故にあった。
あまりにも一瞬のことで未だに理解出来ないが、あのとき真っ正面から大型のトラックが突っ込んでくるのが見えた。
そして気づいたらココにいた……
俺たちはもしかしたらあの時……」
「…………」
白馬の話が本当ならオレたちは死んだことになる。
きっとアレだ白昼夢だ、でなければ異世界転生だ。
「ハァ? ナニ言ってんのお前? 前から残念なヤツだとは思っていたがまさかこれ程まで心に闇を抱えていたとは…… 気づいてやれなくてゴメンッ!」
「とことん失礼なヤツだな? 俺は病んでなどいない、見たモノをありのまま話しただけだ」
まぁ白馬は俺と違ってつまらん嘘をつくヤツじゃない、真相はともかく本当に事故に遭ったと思っている…… 思い込んでいるようだ。
「わかったよ、しかしこの薄暗い空間、少なくとも天国じゃなさそうだな…… おかしいな、品行方正な俺が地獄行きのはずないし」
「お前…… なんでそんなに平然としてられるんだよ?」
「寝てたせいで実感がわかない、正直未だにドッキリの可能性を疑ってるんだが?」
「現実をよく見ろ! 先生や会長たちがお前ごときをハメるためにドッキリに出演すると思うか!?」
ごときとは失礼な奴め、死後の世界よりよっぽど説得力があると思うんだが?
「つまり俺が死んだのだとしたら、飯綱の責任ってコトだな」
「ホワッ!? なんでやねん!! トラックに言えや!!」
「お前に付き合ったせいでこんな事に巻き込まれたんだろ!」
「焼きそばパンとコロッケパンに釣られたくせに被害者ヅラすんな! 俺はちゃんと対価を払った!」
「そんなもんで釣り合うか!!」
醜い言い争いが始まった……
「止めなさい2人とも!」
俺達の不毛な争いを止めたのは担任の綾野遥花センセーだった。
俺達の10歳以上年上にもかかわらず俺達と同年代に見える童顔、そしてクラスの女性の中で一番貧……ゲフンゲフン、まぁその容姿から友達感覚で付き合ってる生徒も多く人気も高い、アニメでよく見るロリ教師だ……
……が、しかしだ。
所属人数たったの2名の弱小部(同好会)園芸部の顧問で、担当クラスの生徒を部活動に付き合わせる職権乱用教師でもある。
つーか、俺がこのバスに乗りこんな事態に巻き込まれたのも元をただせば綾野センセーのワガママの所為だ、つまり元凶だな。
…………
でも上目使いでお願いされると断れない……
これもセンセーが無駄にカワイイせいだ…… チクショウ!
「神楽橋飯綱クン、貴方はこういう超常現象的なモノに詳しいんじゃないんですか? よくいかがわしい雑誌とか読んでましたよね?」
言い方! それじゃまるで俺が公衆の面前でエロ雑誌を堂々と読んでる奴みたいじゃねーか! 俺は決していかがわしい雑誌など読んでない! 知的探求書物だ!
ほら! 副会長(女)が俺を汚らわしいモノでも見るような目で見てる!
「コホン! 今起こっている現象は超常現象モノというより空想小説モノに近い気がしますね。
1つ確認しますがセンセーも俺達と同じバスに乗ってたんですよね? 何かいつもと違う点はありませんでしたか? 例えばバスのルートがいつもと違ってたとか、バスの車種が違ってたとか、運転手がガスマスクをしてた……とか? そこに犯人の手掛かりがあるかも知れません」
「いつもと違う点…… そういえば……」
「何かあったんですか?」
「いつも遅刻ギリギリで登校してくる問題児が、絶対にあり得ない時間のバスに乗っていた気が……」
なるほど、つまり犯人は神楽橋飯綱と近衛白馬というコトか……
当然俺は犯人じゃないから白馬が真犯人だ!
…………
もう絶対センセーの手伝いなんかしない!!
「綾野センセ~、犯人とか原因なんか後回しでイイからさっさとここ出ようぜ、もう朝練の始まる時間なんだよ」
俺達の話に割り込んできたのはサッカー部の部長、3年の前田翔馬先輩だ。
イケメンなんだけどちょっとチャラい、そして大変残念な先輩でもある。
「私もその意見に賛成です、原因の究明を後回しにするのは愚行かもしれませんが何時までもココに居ても何の解決にもなりませんから」
「…………」
追随する様に割り込んできたのは生徒会長の若村恭也先輩、黒縁眼鏡が似合う優等生で今日も学ランの詰襟までキッチリ留めてるぞ。
それと生徒会長につき従うのは副会長の白河翡翠先輩だ、会長とお揃いの黒縁眼鏡に黒髪おさげ、古き良き図書委員って感じのルックスだ、きっとメガネをはずすと美少女に変身するのだろう。
「あぁん? んだ? 若村ぁ? なんか俺に言いたい事があるみたいじゃねーか?」
「別にそんなつもりはない、原因が分からない以上 短絡て…… いや、直感に従うのもアリだと言っている」
「誰が短絡だってぇ?」
「名指ししたつもりはないんだが…… そう聞こえたなら謝罪しよう」
チャラ男先輩と生徒会長は鼻がくっつきそうな距離で睨み合ってる。
彼らはタイプは違うがかなりのイケメンだ、2人がお笑い芸人ならこの後キスして、仲直りして、腐女子が大歓喜するんだが…… この2人相性悪いなぁ…… まさに水と油だ。
「ヤメなさい! まったく、3年生にもなって私の生徒と同レベルのケンカしない!」
今のって俺と白馬のじゃれ合いと同レベルだろうか? もちろん俺達もケンカの後にキスして仲直りとか絶対しない。
「とにかく2人の意見を採用して出口を探しましょう。
他に意見のある人いる?」
…………
特に意見は出ない……
このまま立ち尽くしていても事態は好転しないから……
それより学校関係者じゃないバスの運転手がなぜ素直に従っているのか不思議だよ。
「それじゃ手分けして……」
ガゴン! ゴゴゴゴゴ……
「!?」
俺達が部屋の探査を始めようとした瞬間、唐突に事態が動いた。
壁の一部が開いたのだ、暗くて気づかなかったが大きな扉が設置されていた。
扉から光が差し込み、それと同時に何十人もの人がなだれ込んできた。
ガシャガシャガシャ!
「…………」
入ってきた集団は全員が甲冑を身に着けていた……
現代日本ではリアルで見かける機会はまず無い西洋風のフルプレートアーマーに身を包んだ集団……
またドッキリ率が上がったな。
100人以上の騎士たちは俺たちを取り囲むように大穴と壁の間にあるわずかなスペースに綺麗に並んだ、どうやらドーム状の部屋だったらしい。
「ちょっ! な…なんだよコイツら!?」
「な…何だお前ら! こっちに来るなッ!!」
「じょ…… 冗談にしては手が込んでるな?」
いやいや、フラッシュモブにしては金かけ過ぎだろ?
もっともこの後しょーもないプロポーズとお寒いミュージカル調ダンスでも始まればそれはそれで救われる、なにせさっきから嫌な予感しかしないモノで……
ガシャン!!
俺たちを取り囲んだ騎士たちが手に持った槍で一斉に床を打ち敬礼した。
それに答えるように扉の先から人が数人入ってくる。
神官風のローブを纏った初老の男性4名と、その4名に介助される形の一際豪華なローブを着たヨボヨボの老人……
お姫様ですが何か?って感じのドレスを纏った金髪碧眼の美少女とメイド服を纏ったお姉さん。
そして最後に入ってきたのはいかにも金持ってそうなチョイ悪オヤジ、ファー付きマントとか纏ってるけどまさかアレが王様か? 王様要素がそのマントだけなんだが……
「時間ピッタリ、やはり神託は事実でしたね……」
!? 日本語?
どう見ても日本人じゃ無いのに、話す言葉は間違いなく日本語。
なんだろう? 物凄く違和感を覚える……
「皆様、わたくしの話をお聞きください。
わたくしはアヴァロニア王国第1王女、セレスティーナ・アヴァロニアと申します」
お姫様が代表して喋る。
やはり日本語だ……
「皆様は今とても戸惑われていると思います、ですので今皆様に何が起こっているのか説明いたします。
既にご覧になられていると思いますが足元にある巨大な球体、それは《虚境界》と呼ばれるものです。
その虚境界は研究者の見解では、時間と空間を超越したモノ…… と、言われています、ただ残念ながら未だその正体の解明には至っておりません。
そして虚境界は時折り意図しないモノをどこかから拾ってくることがあります、地の果て… 海の底… 時には巨大な竜を拾って来た事すらあります、その対策にこの空間には強力な結界を施し管理してきました」
そんな物騒なモノ何故さっさと埋めない?
「そしてある日、神より神託が下りました。
長きに渡る厄災を終わらせる者が彼方の地より現れる……と」
うげ…… 厄災とかロクでも無いワードが……
「いやっ! ちょ……ちょっとまってくれ……下さい!」
こっちは生徒会長が代表して喋る、なんとなく権威に弱そうな顔してると思ってたが、王族にタメ口はマズいと思ったのか語尾だけ言い直した。
「ここは……ドコなんですか? アヴァロニア王国なんて聞いたコトも無いし…… 地球……では無いんですか?」
「あぁ、そうでしたね、皆様は神の力により死の淵より救われこの地にやって来たのです。
ここは《盤面世界》、いわゆる剣と魔法の世界です」
いいや! 俺はまだ信じないぞ! きっと素人巻き込み型のバラエティー番組だ!
そうであってくれ!!