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一角獣の見習い騎士  作者: 日向真幸来
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内緒話し、終了

 痛み止めの注射をする時に見たあの背中に、正常な滑らかな皮膚はほとんど残っていなかった。あれは自分のような気の弱い子供なら、おぞけを覚えるほどひどい傷跡だった。


「そんなわけで、うちの親父は名誉の負傷と引き換えに、ゴドフロアの野郎から将軍の地位と黄金獅子勲章を戴ちまったわけ」


 実際、サングレア義勇軍からの長年の戦歴を鑑みれば、ジョゼットの父親は、すでに将軍の地位に就いてもおかしくない経歴を持つ軍人となっていた。


「ならば、どうしてそのままルブランスに留まらなかったんです? ルブランスでなら、ケガを理由にその時点で軍人を辞めても、年金や恩給で一生楽に暮らしていけたんじゃないですか?」


「ルブランスに留まらなかったんじゃない、逃げたんだ。軍の記録には大怪我の後遺症のため職を辞したとなっているけれど、本当は逃げ出したんだよ、親父たちはさ……」


 ジョゼットは煙草の箱を軽く振って、最後の一本を取り出しながら、ぽつりと言葉をこぼした。


「子供が──俺が、生まれることになったから」


 瞬間、ジョゼットの右手の指先に、黄燐マッチの火が勢いよく燃え上がる。紙巻煙草の先に火が点るまで、数呼吸分、間があった。


 ゴドフロアがルブランス共和国総統になり、一番に手を付けたのが混乱しきった国内の秩序を回復させるための、軍の再編成だった。その昔、「市民」が武器を手に取って戦える男を指した古代ロマーナ時代のように、ルブランス人の十八歳以上の男子に対しては兵役が義務づけられた。


「生まれる子供が男なら、将来、徴兵制度で必ず兵隊に取られる。それを親父は恐れて、産み月間近のお腹の大きなおふくろと姉ちゃんたちを連れて、もう二度と政治と軍事の表舞台には出ないとゴドフロア付きの魔法使いに『血の契約』を誓って、ルブランスから逃げ出したんだ」


 それが二十三年前のことだ──と、ジョゼットは空になった煙草の箱を握りつぶす。

 クラーセン一家にとって、ひとりだけ年の離れた末っ子が生まれることになったのは、まったく予想外の案件だった。

大怪我を負ったことで、もう子供はできないだろうと思い込んでいた夫婦に、神様からの贈り物のように授けられた新たな生命──それを、これまでに築いた地位や財産を投げ打ってまでして守ろうとしたのだ。


「それじゃあ、ジョゼさんのお父さんがアウステンダムに戻っていらしたのは、ジョゼさんを軍隊にいかせたくなかったから?」


「そういうこと。ローランドの軍隊には、一般市民への徴兵制度はなかったからな」


 出稼ぎ傭兵の仕事で大金を手に入れての帰国なら、もっと別の暮らし方もあっただろう。

けれどもジョゼットの両親は、下町の洗濯屋を第二の人生の舞台として選んだ。生まれてくる子供を、普通の家庭の子供に育てたかったのだ。


「普通に町の学校に通って、やがては親の仕事を継いで、一人前の職人になったら嫁をもらう──そんな、戦争に行って人殺しになることはないような。俺には、そういうまっとうな人生を送ってほしかったんだろうな……」


 なのに親心を裏切るような形で、自らの意志で海軍に飛び込んだ男は、ほろ苦い笑みを唇の端に張り付かせた。


「……後悔、しているんですか?」


「ん?」


「その……。一角獣位の宮廷騎士になって、海軍に入って。今はレジスタンスの闘士として活動していることを」


 そう尋ねたアンリの顔を、驚いたようにジョゼットがまじまじと見つめる。そして溜息ひとつつくと、ジョゼットは(こうべ)を垂れるようにしてうなだれた。


「後悔していないっていったら、嘘になるな。いくら自分が『王様の一番の家来』だから、これは国王陛下の命により行っていることだって言い訳しても、俺の手はもうすでに大勢の人間の血で汚れているんだし」


 親父に勘当されても当然だ──と、広げた両手に視線を落としながら、ジョゼットはつぶやく。


「でも、俺はこの道を真っ直ぐ進むしかない。『王様の一番の家来』になるって誓いを立てたからじゃなく、俺に、そんな誓いを立てさせた女性のために」


 ルシアが、あの愛しい人がふたたび歌える自由を、この国に取り戻すと決意したから──。


「そう考えると、平和っていうのは残酷なものなのかもしれないな。流された血の上にしか成り立たないんだから」


 『平和というものは流された血の上にしか成り立たない』──その言葉は、重い鉄のハンマーのように、アンリの心臓に叩きつけられた。

 そして悟らされた、この男は戦士なのだということを。

 屍の山の上を、跨ぎ越して戦ってきた男なのだということを。




 重苦しい空気の中に、会話が途絶えてしまった。それをどう思ったのか、ジョゼットが担いできた袋の口を開けると、アンリくらいの少年ならば靴入れにするくらいの、木綿の袋を取り出した。


「そういえば、アンリにこれ渡しておくのを忘れてた。一角獣の身体の手入れに使う道具だ。ちょっと『青』に出てきてもらって、ブラシの硬さとか合っているか、感想聞かせてもらえよ」


 簡易陽光灯の周りに、牛馬の蹄を削る用の削蹄ナイフ、背中を磨いてやるためのヤシの実の繊維でできたブラシ、それに硬質ガラス製のヤスリなどが置かれる。


「アンリは牛馬の蹄の削蹄をしたことはあるのか?」


「あります。自分の乗り馬は自分で世話していましたから」


「なら話は早い。いちいち俺が教えなくても、一角獣の蹄を整えたり一応のことはできるな」


「そ、そうですね。ええと……『青』!」


 いまいち自信なさげな声で、アンリが相方の聖獣を呼んだ。陽光灯の明かりを反射して、漆黒の毛皮に青雲母を散らしたような一本角の聖獣が闇の中から現れる。


「ジョゼット殿。任務からの無事のご帰還、さぞやお疲れであろう。風呂の湯は沸かしてあるし、食事ももう『五人の魔女』たちが用意してくれる時刻だ」


 と、威厳をふるまう調子で『青』が口を聞いた。


「おお、ありがとさん。でも、今夜は『青』にも土産を持ってきたぜ。ほら、見ろよ」


 軽い口調でジョゼットが言うと、石床の上に置いた何種類かの削蹄用の鎌やブラシの類を、『青』の一角獣に披露する。

 馬や牛を実家で飼っていたアンリには見慣れたもので、それでも大きさだけは家で使っていたのとは随分小型だった。


「そうだ、アンリ。一角獣の角は万能の毒消しだ。必ず、角の手入れだけは紙を敷いた部屋の中でやって、ヤスリでこすり落ちた角の粉は全部取っておくこと」


「そ、そうなんですか? ならば、角にヤスリを掛ける時は細心の注意をもって、手入れします」


「俺なんか、毎日ごく少しだけど毒消しに飲んでるから、この前も命拾いしたぜぇ。敵の魔術師の作った毒持ちの『合成獣』に噛まれたけど、このとおりピンピンしてる」


「ええっ! ジョゼさん、そんな物騒な任務をこなしてらしたんですかっ?」


「だから、一角獣の角の粉のおかげで無事だって。それに、もしかしたらアンリにも近々『一角獣の騎士』として、危ない仕事に就いてもらわなけりゃならなくなるかもしれない」


「危ない仕事?」


 鸚鵡返しに言って、人形のようにアンリが首をかしげる。


「メルヴェイユ護国卿が、国王戴冠儀式用の玉座を『サラマンデル号』に積んでゆくんだと。ルブランスへ行ったら、後継者争いの点数稼ぎのために、玉座をゴドフロア総統閣下の野郎に献上するそうだ」


 ゴドフロア総統には後宮に何十人という愛人がいるが、五十歳すぎても実子がいない。そのため、ゴドフロアの甥であるメルヴェイユは、なんとかして軍事面での実績を上げ信頼を得て、おのれが次期総統にと画策している。金の薄板や宝石で飾り立てられた王位継承用玉座の献上というのも、結局はゴドフロアに対するゴマすりだ。


「けれど、俺たちとしては戴冠用玉座をゴドフロアに渡すことだけは許されない。だから今回はアンリにも手伝ってもらうことになると思う。だからこっちのも渡しておこう」


 麻袋の中からジョゼットが取り出したのは、少年兵がベルトに下げる携帯用の物入れだった。蓋を開けると、その中にはアンリの手には大きすぎるような三十五口径拳銃と、十二発分の聖銀の弾が揃えられている。


「おまえもちちゃんと戦力の一員として勘定にいれてあるんだからな」


 簡易陽光灯の明かりを眼に反射させた真剣な口調のジョゼットに対して。アンリはコクンとうなづくだけしかなかった。


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