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一角獣の見習い騎士  作者: 日向真幸来
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ジョゼット・潜伏中

「──ただいま」


「遅かったわね、なにか問題でもあった?」


 暖かな火が燃える調理場では、丸テーブルの上へ夕食のための食器を並べ、クリスティーネが心配顔で待っていた。

 その顔を見たら、途端に緊張の糸が切れた。


「うん、いろいろとあった」


 ストン──と、疲れ果てたようにアンリが椅子に腰を下ろす。そして洗濯屋の店内で、急に古傷の痛みで動けなくなった店主を介抱した事情を、クリスティーネに説明した。


「それで、お礼に──って、洗濯屋の奥さんからこれをもらったんだけれど」


 そう言いながらアンリは、胸に抱きしめてきた紙袋の中を丸テーブルの上に乗せ、クリスティーネにも見せる。


「なにこれ……、すごいじゃない!」


 クリスティーネが驚くのも無理はない。紙袋の中にはぎっしりと、この戦時下では絶対に庶民の口には入らないであろう、貴重品と化したきれいな包装紙に包まれた甘いお菓子ばかりが詰め込まれていた。

 無造作に袋の中を探ると、ひとつだけ、チョコレートバーをアンリは取り出した。二つに折って、その半分をクリスティーネに手渡す。


「……苦いね」


 ミルクたっぷりのチョコレートを一口齧って、ぽつりとアンリはつぶやく。

 つぶやきながら、このお菓子の山をくれたジョゼットの母親のすがるような眼差しを思い出していた。あの眼は自分の背後に、家出した息子・ジョゼットの姿を見ていたのだとアンリは確信していた。

 口の中には、舌がとろけるような甘さがいっぱいに広がっているのに。洗濯屋のおばさんがこのチョコレート菓子を本当に食べさせたい息子は、今夜はここへ帰ってこないのだ。


「……苦い、ね」


 なんとなく泣けてきながら、アンリはいま一度つぶやいた。




 午後勤務から夜間勤務への作業員交代の合図を告げるサイレンが、細かな雨のそぼ降る西の港に鳴り渡っていた。

 辺り一面、どこを見渡しても高い煙突のある工場しかない。

 まるで地獄の瘴気が渦巻いているような空の色の中から、鉄や硫黄の臭いがする雨粒が落ちてくる。職場から上がってきた男たちは皆、一様に疲れ切った顔をして、作業着を着替えもせずに配給食堂に列を成す。

 とにかく疲労困憊した身体に十分な食事をと──この軍需工場地帯でもある西の港一帯の食堂では、働き盛りの男たちの腹を満たすための料理が、質や味はともかく量だけは満足するよう配給されていた。


「レンズ豆の煮込みに、干物のタラの身をほぐした具入りのスープ。イワシの油漬け二匹に野菜のマリネ添え。蒸し焼きのジャガイモが一個分。それにライ麦パン二切れと、大瓶のビールが一本か」


 重労働者用にまあまあの内容の食事が配給されているな──と、偽造された配給券で夕食をせしめてきたジョゼットは、ローランド側の工作員が集まる労務者用の安宿の一室で、ありがたく夕食を口に運んでいた。

 薄っぺらい壁板打ちっぱなしの安部屋だが、それでもベッドを両側にひとつずつ、二人用に作ってあり。蚕棚のような二段ベッドが四台も押し込められた最低の寝室に眠りに戻るためだけの、少年工員の部屋からすれば天国だ。

 しかも、この部屋の両隣はどちらとも夜間勤務の者ばかりで、ジョゼットが隠れてなにをしているか詮索されることもない。

労働工員の食事配給券は、いまどき貴重な肉類まで付く特級工員用から、干物のタラの身と豆のごった煮にライ麦パンと小瓶のビールしか添えられていない少年工員用まで五等級ある。ジョゼットが使用したのは上級工員用の配給券だ。

 やはり汗水流して八時間作業しなければならない工員用だけあって、味付けはガルド・ルルゥが作る料理より塩辛い。ビールが付いてくるのもホップの苦みによる食欲増進のためである。

 鉄を溶かし、その形を変化させる溶鉱炉の熱でうだるような労働環境下では、とにかくスープやビールで胃袋に料理を流し込んででも食べることが肝心なのだ。

でなければ、翌日働くことができなくなる。

 働くために食事を摂るのか、それとも食べていくために働くのか、どちらなのかもう分からなくなっている。この軍需工場の集まる町では……。

 ジョゼットが蒸し焼きジャガイモの皮を剥き、塩味の強い干し魚スープにそれを混ぜ込んで、スプーンで口に運んでいると。ローランド工作員独特の調子のノックで、部屋の扉を叩く者がいた。


「開いてるよ」


 気安く返事してジョゼットは、そのまま食事を続けながら訪問者を受け入れる。

 狭い部屋へ入ってきたのは、ジョゼットと同じ年ごろの工場労務者の恰好をした工作員が三人だった。みんな、手には配給された夕食を入れた携帯弁当箱用のブリキ缶や手提げ籠を持っている。


「こりゃどーも、食事の最中でしたか」


「おまえたちもここで食っていけよ。まぁ、椅子がないから立ち食いになっちまうけど」


 そう言うジョゼットもベッドの上に腰を下ろし、小さな丸テーブルの上にブリキ缶のスープ入れや中蓋式の器を置いている。

 男四人分の携帯弁当箱を置くと、丸テーブルの上は隙間もないほどだ。ちなみに特級工員の弁当には、レンズ豆の煮込みに腸詰がまるごと一本、魚料理としてもう一品玉ねぎのみじん切りを薬味に盛ったニシンの酢漬けが付いている。ビールも大瓶だった。

 しばらくの間、男たちはガツガツと配給食を喰らった。

 そしてそれらをすっかり平らげると。丸テーブルの上を乱雑に片付け、八つ折りにされていた大きな設計図が広げられる。

今、西の港で一番の人手をかき集め造船されている、新型戦艦『サラマンデル号』のものだ。

 この時代、魔法機関の急激な発達により、船は木造の帆船から、鉄でできた動力船へと進化していた。

 設計図に描かれたそれは、「装甲艦」もしくは「甲鉄艦」と呼称される、船体すべてを鉄で覆いつくした超大型軍艦である。

 これまでの帆船のように風と海流を頼りにしなくても、ボイラーの中に調教された最高級の養殖モノ「火蜥蜴(サラマンデル)」を封じ込め、石炭を餌に与えて動力を発揮させる、魔法機関の賜物というべき戦艦──つまりはバトルシップであった。

 設計図に書き込まれたスクリュー型進水機の全長は91メートル。幅18メートル。排水量7310トン。出力6000馬力。最大走力14.5ノット。

 主な武装は30サンチ砲四門、15サンチ砲二門、7.5サンチ砲四門──となっている。それ以外には二機の高速翼船が後部甲板に艦載される予定だ。

 なるほど──その数字を見れば船の巨大さ、戦闘能力の高さ、高速翼船を艦載するという空をも制覇する奇抜なアイデアにあふれた、新しい時代の戦艦と言って正しい。

 本体はすでに完成し、進水式も行われ、現在は内装や魔法機関系の仕上げを行っている状態だという。ルブランス本国へのお披露目に向けて出発する処女航海まで、あと二週間ほどに期限は迫っていた。


「しっかし、こんなん有りかよ。『決して沈まぬ鉄の戦艦』だなんて……」


『火蜥蜴・サラマンデル』を封じ込めたボイラーが三つもある設計図を眺めながら、ジョゼットがぼやく風につぶやいた。その発言に対して、実際、造船現場へ潜入し、汗水たらして働いている工作員たちの視線が、ジョゼットに鋭く向けられる。


「舷側装甲の356ミリという厚さの鉄板に加えて、艦の主要部分をシタデル方式で覆ってるんですぜ。厚さ三十センチを超える鍛鉄板の間に、クッションとして挟まれている一メートル近い木材で包まれた装甲を、外側からぶちやぶれる砲弾なんて、今のところどこの国でも開発されていませんな」

「だからこそ、内側からこの装甲艦を打ち破らにゃならんのです」


 真剣な表情をして、潜入工作員たちは言う。

シタデルとは、ボイラー室、弾薬庫など艦の主要部を中央に集め、何重もの木材の層を鉄の装甲で覆った箱である。分厚い鉄板と、さらに分厚いクッションの木材とを組み合わせた軽量強固な最新式装甲でもあった。

 この時代、浮遊式の機雷は開発されていたが、自走式の魚雷はまだ目標に向かってまっすぐ走行せず、装甲艦爆破のアテにならなかった。そのため、シタデル方式の船は不沈艦と呼ばれたのである。


「まぁ、一応こちら側も『秘密兵器』は用意してはきたがな……」


 そう言いながらジョゼットが腰を浮かせると、部屋の壁際に置かれていた船乗り用の大型トランクを持ち上げ、ベッドの上に乗せる。

 ダイヤル錠と二種類の鍵で厳重に密閉されたトランクの蓋を開けると、中には、なにやら日干しにした泥炭に似た四角い石が一ダース分、並べられていた。


「合成モノの『爆雷石』だ。こいつをボイラーに封じ込められている『火蜥蜴』に食ってもらおうかと思っているんだが」


 理学魔法の技術の一端で養殖された『火蜥蜴』の特徴は、なによりその火力発揮のすさまじさにある。エネルギー効率の悪い泥炭や亜炭でも、コークス並みの火力へと変化させ、魔法機関の推進力を生み出すのだ。

 その『火蜥蜴』に、ニトログリセリンよりも爆発力のある『爆雷石』を食わせるというのである。


「つまり、これを使って超強力な火力を発生させ、ボイラーを爆破させようって魂胆だよ。船は沈まなくても、ボイラーを修理しなけりゃ、機関戦艦は海の上を進めなくなる」


 にやり──悪童じみた笑いを口角に浮かべながら、ジョゼットが説明した。


「『爆雷石』っていうと、魔石っすよね? こんな、どこにでも落ちてそうな泥炭レンガみたいなヤツが魔石?」


 工作員の男たちが、びっくりした顔をしてトランクの中身を眺めている。「魔石」と説明されたためか、腰が引けてそれを直接手に取ってみる者はいなかった。

 魔石とは、そのままの意味で「魔法の力を持つ石」である。「魔法使い・マグス」や「魔女・ウィッチ」が古代の叡智を利用していた昔話な時代は、「魔石」はカトブレパスやバジリスク、ゴルゴーンなど石化能力を持つ魔物の体内に持っているモノを、勇者がそれを退治して戦利品とした「魔の力を秘めた宝玉」と誇らしげに飾ったものであった。

 しかし時代は変わった。今では理学魔法を学んだ「魔術師・ウィザードリー」が人工的に合成できる代物となったのである。

 トランクの中からレンガ状の「爆雷石」を取り出し、部屋の隅に物置でも作るように組み上げながら、ジョゼットが仲間たちを見回す。


「こいつは一ダース、十二個あるから。理想としては三つあるボイラーに四個ずつ投入できればいいんだが……」


「燃料の石炭庫に混ぜておくだけじゃ、ダメっすか?」


 工作員のひとりが実に安直な方法を述べた。

それに対して、ジョゼットが渋い表情を見せる。


「亡命政府のお偉方の注文としては、新型戦艦がライデン湾の大型閘門を出た直後に片付けてほしいんだと。ということは、場所はライデン湾堤防のすぐ外側。新型戦艦の出力からすると、港を出て自力走行をはじめ、閘門を出てから四十五分後にこの『爆雷石』をボイラーに投入。そしてボイラーの隣に位置しているこの弾薬庫を爆発で巻き込めば、船はライデン湾堤防の外側で走行不能に陥るんじゃないか──という作戦だ」 


 ただ沈めればいいという訳でなく、結構こまかな指令に、工作員たちは腕組みをして唸り声をあげた。


「まぁ、他にも工作員はいるんだし。燃料係なんてのは一時間交代の重労働だから、どうにか臨時の燃料係に紛れ込むことは可能だと思うんだが……」


 などと、ますます渋い表情でジョゼットが語尾を濁す。


「それに問題なのは、実際の『火蜥蜴』の能力がどのくらいだか、推測がつかないことだ。下手したら、『爆雷石』を放り込んだこっち側まで爆発に巻き込まれちまう」


 それが一番の心配なのだと、ジョゼットは工作員たちを束ねる隊長の顔付きで言った。


「多分、俺が最前線へ出なけりゃならないだろうな。今のうちに、新型戦艦の石炭くべる係に応募しておくとして。他にも五名ほど同じ仕事をしてもらわなくちゃならない」


「ボイラーに石炭放り込む係なら、まだ募集しているんじゃないですかね。正規の軍人でなくても出来る簡単な作業だし、どちらかっていやぁ、体力自慢野郎の領分な仕事だし」


「とてつもない重労働だって話だけどな」


 とかなんとか、地下活動の工作員たちが各々の意見を述べている時だった。

 ドンドンドンッ!──と、ジョゼットの部屋の扉が連打される。そして返事も待たずに、ジョゼットたちよりは少し年嵩の男が、中へ踏み込んでくる。


「フクロウが来るぞ! 設計図やらなにやら、重要な品は隠せっ!」


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