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一角獣の見習い騎士  作者: 日向真幸来
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先代・「青」の一角獣の騎士


「随分と若い頃の肖像画だな、これは。おそらく、宮廷騎士に叙任された時分に描かれたものだろう」


 何も尋ねてないのに、「青」の方から勝手にしゃべりだした。というか、眼中にアンリの姿は入っていないようだから、もしかしたら独り言なのかもしれない。


「しかし……。なぜにこの、赤い付け鼻をつけた姿なのだ」


 気に喰わん──と、青毛の一角獣は低く唸る。


「その付け鼻は、道化師という職業だから付けていたんでしょう?」


「いいや、違うな。これはあの男の性質(たち)の悪い冗談に決まっている。パートナーのわたしに与えられた付け鼻を見せびらかすため、わざとこの姿で描いてもらったに違いない!」


 どうやら、やっと会話する意思が「青」に芽生えたらしく、アンリの意見に対し反論した。そして、新たな相方である少年の方へと向き直る。


「そう……。我らには、一角獣位の宮廷騎士に、一生涯パートナーとして契約を結んだ証しとして、なにかひとつ、相手が欲しがる品を渡さねばならんという義務がある」


 そう言いながら「青」は、額縁の中の先の相方を、ぎろりと、視線だけで睨みつけた。


「あの時、アジールがわたしに所望したのは、騎士にふさわしい剣でも槍でもなく、道化師が付ける、この赤い付け鼻だった」


 騎士なら騎士らしく、剣だの槍だのもっとまともな物を欲しがればよかったのに!──と、こめかみにミミズほどの太さのある青筋を立て、怒りの感情を振りまく。そんな「青」の姿に引きながら、恐る恐る、アンリは伝説の道化師について尋ねてみることにした。


「あの……。僕はアジール・ダブリエをとても尊敬している人を知っているけれど。本当はどんな人だったの?」


 すると、今までいきり立っていた分の反動のように、「青」の一角獣は、いきなりガクリと首を垂れる。


「……あれは、このわたしの能力を持ってしても御し難い、破天荒な道化者だった」


 いまさら思い出したくもないというふうに、往年の苦労を忍ばせる、深々としたため息が「青」の口元から漏れる。


「その昔、中世の宮廷には必ず道化師が居た。時の為政者のやり方を皮肉り、毒を含んだ笑いで非難して、奢り高ぶる権力者を風刺する役割を果たした者たちだ」


 面白おかしく味付けされた風刺劇の中で批判される自分たちの姿を見て、王侯貴族は、それを民衆からの警告として受け止めたのである。

 アジール・ダブリエは宮廷騎士でありながら、その伝統を受け継いだ最後の男でもあったのだと前置きし、「青」は語り出した。


「あやつとの出会いは、今から百年以上も前だ。場所もこのアウステンダムではなく、フォンデルの王宮だったな」


 何気に百年を超える歳月をゆうに飛び越えた話しが始まってしまうあたり、やはり王家の守護聖獣なだけはある。アンリは話しについていくのがやっとだ。


「当時の国王クラース三世の姫君に、マレーネさまという、生まれつきご病弱な方がおられてな。外出もままならぬそのお方を楽しませるため、アウステンダムで評判を取った笑劇の一座を、わざわざフォンデルの王宮に呼び寄せたことがあった。その一座の座長で、狂言回しの道化役が、アジールだったというわけだ」


 当初マレーネ姫をはじめとする高貴な観客のお歴々は、珍妙な衣装を纏った白塗り化粧の赤鼻の男を、一座の座長とは誰も思っていなかった。舞台の幕が開くまでの前座をつとめる道化師が、大きな旅行カバンを引きずりながらのこのこ目の前に現れた──そんな感じの登場だった。


『さぁ、皆様。このカバンの中から鳩を出してご覧にいれましょう!』


 そう言って、男が勢いよく取り出したのは、赤い目をした白ウサギだった。


『おや、これは失敗失敗。今度こそ、鳩が出ますからねぇ!』


と言いながら、次に現れたのはふわふわの巻き毛の仔犬。その次に出てきたのは縞模様の猫。亀だの小猿だのアヒルだのと、予告とは違う動物ばかりがどんどん舞台の上に増えてゆく。


『こらぁっ、鳩はどこへ行ったんだ!』


 とうとう道化師はカバンの中へ顔を突っ込み、造花の花束やらこうもり傘やら、またまた見当違いの品物を次から次へと、自棄(やけ)を起こしたふうに放り投げる。

 道化師の間抜けな奮闘ぶりに、いつしか広間は笑い声に包まれていた──役者たちの隠語で、俗に「場を温める」という本番前のもっとも難しい前座の役目を、アジールが果たし終えようとしていた、その時だ。


『さぁ、今度こそ本当に鳩が出てきますからねっ』


 ぜいぜいと息を切らした道化師が、観客たちに向け顔を上げた瞬間、轟音とともに広間は白い閃光に包まれた。人々の視界を真っ白に焼き尽くした光がおさまった時、道化師アジールの傍らには、螺旋を描く一本角を額から生やす青毛の一角獣が、厳かに立っていた。


『……こんな大きなもの、旅行カバンに入れたはずないんですけどねぇ』


 さすが、どんな時でも笑いを取ろうとする芸人魂の持ち主である。しかし残念ながら、その時だけは、咄嗟のアドリブも不発に終わった。


 突如、王宮の広間に降臨した聖なる一角獣の、神々しさすら漂わせる立ち姿──あまりの事に観客たちは全身硬直してしまい、まるで空気が凍りついたがごとき静寂がその場を支配していた。

 ところがしばらくして、ころころと銀の鈴を転がしたような笑い声が、レース飾りの扇子で覆われたマレーネの口元から上がった。同席していた国王に向かって、姫君はこう言い放ったという。


『お父様。この「青」の新しい相方、とても気に入りましたの。わたくしに下さいな』


 そんな訳で急転直下アジールは、マレーネ姫付きの宮廷騎士となることになったわけだ。

さすがに道化師の滑稽な扮装のままでは一角獣位の騎士にはふさわしくないと、即座にアジールは着替えさせられ、白塗りの顔を洗うようにと命じられた。

 しかし、こてこてに塗り重ねられた白粉や、分厚い口紅を落としたアジールの素顔を見た者たちは、仰天した。そこに立っていたのは、どこの貴公子かと見紛えるほどの、目元涼やかな美男子だったのだ。


「なにしろ演目次第では、道化役だけでなく、女役も演じていたくらいだからな。あの男は……」


 ぼそりと、余計なことまで思い出してしまったと青毛の一角獣がつぶやく。

 もちろんそれは、女性が舞台の上に立つことを禁じられていた遠い昔の話しである。けれどアジールが演じる女役には、男女を問わず観客を魅了する色香があり、若い頃は、同性である男からも恋文が届くことなど日常茶飯事だったという。

 そしてアジール・ダブリエは、「肩打ちの儀式」の後、マレーネ姫との間に「指輪の誓い」を交わし、正式に宮廷騎士の座に着いた。


「『指輪の誓い』って、なんですか?」


「うむ。一角獣位の宮廷騎士に叙任される肩打ちの儀式の時、新たに騎士になる者は、以後、三つの義務を背負わねばばならない。第一には神に対する信仰、『十字架への誓い』。ふたつめは主君である王への忠誠、『剣の誓い』──そのために行われるのが国王から右肩を玉剣で叩く『肩打ちの儀式』だ。そして三つめが、貴婦人に捧げる礼節──それが『指輪の誓い』だ」


 つまり騎士道を行く者、弱者である女性に対し、いついかなる時も「御婦人方、どうぞお先に」つまりレディ・ファーストの礼儀を、義務として身に着けなければならない、というわけだ。


「だが、アジールと『指輪の誓い』を交わしたマレーネ姫は、ほどなくして、儚くお逝きあそばされた。そうなると宮廷内では、もうアジールは用済みではないかと陰口を叩く者さえ出る始末だった」


 アジールが一角獣位の騎士として宮廷に残ったとしても、喜ぶのは、恋愛遊戯に熱心な一部の女性陣だけだろうと。実際、名だたる貴婦人との間に、アジールが咲かせた恋の華の数々は、社交界のおしゃべり雀どもの格好の話題となったものだ。

 だがしかし、華やかな宮廷暮らしの反面、道化師アジールの中では、時の権力者たちに対する反骨心が頭をもたげていた。


「そう、あの男が道化師としての真骨頂を見せたのは、マレーネ姫が亡くなってからだ」


 時は大航海時代の爛熟期。植民地との交易で巨万の財を築いたローランドは、上は宮廷の大臣から、下は商工人の組合ギルドまで、国全体が拝金主義に浮かれ、「金貨の枚数がすべてを動かす」というほど公権は腐りきっていた。

 海の上でも、軍隊と海賊と商人は三位一体、と揶揄されるほど三者は悪質に癒着していた。その上、貴族であれば私略としての海賊行為は当然の権利とされ、そのための爵位の売買すら公然とまかり通っていたほどだ。

 富める者はますます財を蓄え、貧しき者はその日のパンにもありつけず飢えと寒さで路上死するという、貧富の格差が激しくなる一方の世情だったのである。


「そんな情勢下、アジールが率いた一座の道化芝居は、アウステンダムの人通りの多い街頭や広場で、突然なんの予告もなく、偶然居合わせた通行人相手にはじまるのが常だったな」


 当時は義務教育もなかったので識字率は低く、アウステンダムの住人の大半を占める貧しい庶民は、街頭宣伝師が告げるニュースでしか、政治経済の状況がどうなっているのか知ることができなかったのである。


「それをあの男は、観客を笑いの渦に巻き込みながら、傲慢な軍人や卑劣な商人や能無しな政治家どもの腐敗ぶりを、とことん痛烈に批判したのだ」


 貧富の差が激しい社会に対する不満を、腹の底から笑って見物できる風刺劇──という形で代弁してくれる道化師アジールは、庶民たちから拍手喝采で迎えられ、逆に一部の権力者からは、徹底的にその毒舌ぶりを叩かれた。

 けれど、アジールによって最も激しい痛手を喰らわされたのは、国王クラース三世本人だった。王にとって、道化師アジールは自分自身の治世を映す「鏡」であったのだ。


『王様という職業も、玉座の上で踏ん反りかえってばかりじゃ退屈でしょう。なんならその冠を、蹴飛ばしてさしあげましょうか?』との決まり文句の裏には、さっさとこの腐った世の中をなんとかしろ──との意味が込められていたのである。

 それほど過激な風刺劇はたびたび上演を途中で中止させられ、アジール自身も、何度か謹慎を言い渡されることがあったほどだという。


「するとあやつは、フィドル片手にふらりと旅に出て、ほとぼりが冷めた頃に戻ってきては、諸外国の動静を国王陛下に報せ、外敵への警鐘も打ち鳴らした」


 道化師は芸さえ達者なら、どこの国の宮殿にでも、貴族たちに娯楽を提供する者として出入りすることができた。ある意味、これ以上密偵にふさわしい者はいない。

 そしてローランドの宮廷に戻ったアジールは、白塗りの厚化粧を落とした素顔に、外交通の宮廷騎士という別の仮面をかぶり、諸外国の外交官や使節団との会合では、堂々と王の傍らに立っていたという。


「なにしろ根が役者だ。恐ろしく弁が立つから、外交交渉の場にあの男を加えておけば、その言葉だけで場を支配できた。あやつの舌先三寸で回避できた国内外の無益な紛争は、最低でも四度はあったな」


 そんな波乱に満ちた人生を歩んだ赤い付け鼻の道化師は、結局クラース三世・四世と二代の王に仕え、七十六歳でこの世を去った──。


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