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一角獣の見習い騎士  作者: 日向真幸来
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隻眼の狼と呼ばれた海賊と、洗濯屋の小倅

 いや、今は拍手大喝采でその登場を喜びたいものだ。船がまだ材木と帆布でできていて、風と海流、太陽と星の位置を頼りに、七つの海を渡っていた時代を知る船乗りは、たとえ海賊といえども仁義の上に生きている。

 だから、白旗を揚げた相手を無差別に殺戮するような真似はしない。


『なにを勝手に降伏するつもりだ、徹底抗戦しろ! 海賊に白旗を揚げるなど、ルブランス海軍の名折れではないか!』


 伝声管の向こうで、まだなにかわめいているヤツがいるが。ギョームは無視して船端へと駆け寄り、自らの手で縄梯子を下ろすと、拡声器を使って沖の小船に向かって叫んだ。


「おーい、ジーザス! おまえさん、『隻眼の狼』ジーザスだろうっ! 俺だ、おれ! ギョームだよっ!」


 そう大声で怒鳴りながら、自分の顔に携帯陽光灯を当てると、人相描きの目印にもなっている右目の下のふたつ並んだ黒子ほくろを見せる。

 機関動力を切り、舵と惰性だけで船付けしてくると、小船の上に立ち上がった長身の男は、身をのけぞらすように甲板のほうを振り仰ぐ。


「そのアウステンダム訛りの言葉遣いは、まさか『海乞食のギョーム』か? おまえ、新大陸のペドロ湾あたりで、のんびり暮らしてるはずじゃあ……」


 そのペドロ湾での住まいにあの男がふらりと訪ねてきたのは、もう三十年も前、ジーザスが指輪を贈った女性が亡くなったと聞いた直後だ。  

 久々に再会した旧友の髪が、すっかり灰色になっているのにギョームは驚いた。時の流れというのをしみじみと思う。

 ジーザス・オブライエン──四十年前、北大西洋航路で「隻眼の狼」との別名を馳せたこの海賊の頭目は、ひょんなことからローランド王家に忠誠を誓わされる羽目になり、海賊稼業から足を洗うことになった。

 けれど、その容貌は海賊船に乗っていたころのままだ。少なくとも、宮廷の庭で飼いならされ、首輪をつけられた番犬には成り下がってはいない。

 理髪師とは縁のなさそうな髪は潮風に乱れているし、髭もそう丁寧に手入れしているわけではない。左頬のひきつれた古傷と黒い眼帯、無事な右目は四十年前と変わらず、鋭い眼光を宿している。

 向こうもおのれと同じく六十過ぎの年寄りのはずだが、縄梯子を登ってくる身のこなしは、あのボンクラ船長より身軽だった。


「なんだよ、おまえ。こんなところで、なにルブランス軍の輸送船に乗り込んでるんだ?」


「いや、それがさぁ。恥ずかしいことに、去年新大陸のルブランス植民地でやってた密貿易がバレて、引っ括られちまってさ。

 サンドラの監獄島へ落っことされてたんだけど、軍部が、刑期と引き換えに軍属として働くってなら、牢から出してくれるってんでよ」


 おかげで六十二にもなって現場復帰だぜ──そう説明しながら、甲板に上ってきた老海賊相手に、ギョームが愚痴る。


「ぼやくなよ。俺だって六十過ぎてから海賊稼業に戻るたあ、思ってなかったんだしよ。あーあ、早く楽隠居させてもらいてぇや」


 話しを聞いて、同類相憐れむとばかりに、ジーザスまでもがため息をこぼす。


「あん? おまえさん海賊辞めてから、宮廷騎士様になって、最後にゃローランドの海軍提督にまで大出世したんじゃなかったのか?」


「提督なんて階級称号もらっても、そもそも『国』が潰れちまったんだから、なんともならねぇ。恩給も年金も支給されないんじゃ、食っていけねぇぜ」


「それで海賊復帰かい」


 火災は鎮火へ向かっていたし、貨物船の乗組員も抵抗する気配はない。他の小船から乗り移ってきたジーザス配下の者たちは、慣れたふうに積荷の略奪をはじめている。

 白兵戦になどなりようもない雰囲気の中、お互い年取ってから苦労するなぁ──などと、年寄り同士長々と話し込んでしまう。

 だがしかし、この状況にはらわたを煮えくり返らせている者が一名居た。


「この海賊が! すぐさま船長である私を拘束しなかったことを、後悔させてやる!」


 あの、新卒下士官だ。ブリッジの火災で、真っ黒な煤にまみれた姿で夜闇にまぎれると、老海賊の背後に忍び寄る。そして、なにを和やかに世間話しなどしていやがるとばかりに、拳銃の引き金を引いた。


「正義は我らルブランス軍の旗の下にあり!」


 勝利を確信し、敵の背中目掛けて全弾を撃ちこむ。

 その瞬間、ジーザスの左腕はありえない背面へと大きく曲がり、次々とその手のひらに銃弾を掴み取る。

 まるで魔法使いの所業だ。しかも完全な死角にあたる方向からの射撃なのに、頭の後ろにも眼があるかのごとき動きだった。

 魔法仕掛けの左手の中に弾丸を握り締めたまま、ジーザスは、つかつかと新卒下士官の元へ歩み寄った。そしてわざと見せ付けるがごとく手を開き、甲板上に六発の弾丸を撒く。


「おい、ぼうず。こっちは久しぶりに会った昔馴染みと挨拶してるんだ。先の短い年寄りの話しは邪魔するもんじゃないぜ」


 この北海航路ではすでに伝説として語られている老海賊が、放心する若造の襟元を掴んだ。そのまま鳩尾に拳を一発突き入れる。

 奇妙な呻きを漏らしくたばった若造の身体が、甲板上に崩れ落ちた。と同時に、ジーザスの足元の影の中から、ゆらりと、一頭の獣が現れる。

  山羊のような髭のある口元。頭や身体、鬣のある姿は馬に似ているが、その蹄は二つに割れている。尾は牛かライオンのようだ。体色は、黒とはいっても夜の闇の黒さではなく、馬の毛色の黒鹿毛程度である。

そしてなによりその獣は、額の中央から捩れた螺旋を描く長い白い角を一本、生やしていた。


『今度邪魔したら、その上顎にギャフ打ち込んで、マグロみたいに船端から吊るしてやるからな。ガキは黙っておとなしくしていやがれ』


 王家の守護精霊というには口汚い脅し文句が、黒い毛色の一角獣から発せられた。その様子に、ギョームがやけに感心している。


「うーわー。久々に見たわ、おまえさんの『自在な左腕』と黒の一角獣」


「あんまりじろじろ見てると、見物料取るぞ」


 いきなり甲板上に現れた一角獣の姿に、驚嘆の眼差しを向けてくるのはギョームだけでなく、貨物船の船員たちもだ。

 あまりにも遠慮のない視線が浴びせかけられるので、ジーザスが「鬱陶しいから消えていろ」と、黒の一角獣に囁く。

 闇の中に黒い身体が溶け込むように消えたその時、貨物船の周囲を監視する部下が声を上げた。


「──提督! 右舷前方に発行信号を確認、友軍の船です!」


「何者だ?」


「郵便配達員、と名乗っていますが」


 チカチカとまたたく信号を解読し、部下が報告を寄越す。

「郵便配達員」とは耳慣れない暗号名だと思いながらも、ジーザスは「『こちらの獲物へ直接接舷しろ』と伝えろ」と、応じた。

 しばらくして海域に現れたのは、大堤防の沖合いで、タラやニシンの漁にいそしんでいるくたびれた木造の中古船、といった風情の中型漁船だった。


「あーらら。戦闘(ドンパチ)が始まったと思って急いで援軍に来たのに、もう終わってやがるの」


 舳先に立つ、船長帽を被った防寒着の偉丈夫が、緊張感のない声を上げた。

 年の頃は二十二、三歳。中途半端に伸びた癖のある黒髪や無精髭は、いかにも滅多に(おか)へは戻らぬ船乗りらしい。

 彫りの深い、地中海の血を感じさせる顔立ちで、笑うと愛嬌がある甘めのマスクの二枚目だ。

 こんな良い漢が独り酒場で飲んでいたなら、袖を引く商売女どもが群がってきてうるさくて仕方ないだろうと、同性の目から見てもそう思わせるものがある。


「なんだ。郵便配達員というから誰かと思えば、おまえだったのか」


 ジーザスの問いに、船長帽の男は小包を片手にかざし、答えた。


「ブライトン岬の灯台守から、野茨の君宛てにお届け物でね。

 ここでオヤジに遭わなければ、自分で直接、風車小屋まで配達に行くところだったんだが」


「オヤジって……」


 会話を聞いていたギョームの目が点になっている。海賊などというやくざな稼業で名を上げたジーザスのことだから、確かに昔は、あちこちの港に馴染みの女が居たが……。

 けれど海賊から足を洗う原因となった、あの姫君との一件以後、この男に浮いた話しはなかった。     もっとも、自分は大西洋の向こう側で長い間暮らしていたので、単に噂話が届かなかっただけかもしれないが。

 接舷のためロープを投げて寄越す若者の年恰好と、隣に立つ旧友の年齢を計算し、ギョームはぽんっと手を叩いた。


「はっはぁ、ジーザス。おまえ四十歳くらいの時に息子ができたんだな?」


 やっぱりお(ひい)さんが亡くなって随分経つからって、寂しくなったんだな──と、一人勝手に納得しているギョームの腹を、軽くジーザスがどついた。


「ったく、誤解されるからオヤジ呼ばわりするんじゃねぇって、いつも言ってンのに……!」


 と、気色ばみながら声を荒げる。


「残念だが、あいつは旧市街地の洗濯屋の息子だ。ローランド海軍特務部隊の『斬り込み隊長・ジョゼット』って、聞いたことないか?」


「それじゃ、あれがもう一人の宮廷騎士様ってわけか。どう見ても洗濯屋の小倅ってふうには見えねぇな」


「十三の時に海軍幼年学校に放り込まれて、北海の荒波に揉まれて育った船乗りだ。魔法機関なんぞ、アテにできなかった時代の教官どもに手荒に仕込まれたからな。

 悪ガキな面ァしているが、結構使える」


「ほおぉ、おまえさんが褒め言葉だなんて珍しい。こりゃ、赤い雪でも降るんじゃないか?」


 などと年寄り二人が軽口を叩いていると、器用に船べりを飛び越えて、船長帽の男がやってくる。


「ほい、野茨の君へのお届け物。でもって、こっちが来週末の、団体さんの行楽予定に必要なもの。受領サインは必要ないが、紛失せぬよう厳重注意ってことで、よろしく」


 お互い軽く挨拶程度の敬礼を交わしながら、先ほどジョゼットが手に掲げていた小包と、もうひとつ、海外航路の船乗りが使う大型トランクがジーザスに引き渡された。

 その様子を、甲板を舐めるようにして這いつくばりながら見ている者が、一名居た。


「く、くそ、海賊どもが……。私の船で勝手な真似は許さん……」


 先ほどジーザスにおとなしくさせられた、あの新卒下士官である。不屈の精神で復活するなり、長靴(ちょうか)に隠してあった護身用の拳銃を引き抜くと。この戦場で、武器も持たずにノコノコと敵艦の甲板を歩いているほうが悪いのだとばかりに、船長帽を被った男の背中に照準を合わせる。


「人殺しの訓練を受けた軍人に、背中を向ける愚か者めが!」


 しかし新卒下士官が引き金を引くよりも早く、ジョゼットが右手に携えた(しろがね)色の刃の切っ先が一振りされ、拳銃をはじき飛ばした。


「な、なにぃっ! き、貴様、丸腰だったはずでは……」


 一体その剣はどこから出した──と、泡を食っている。


「そりゃーもぅ。魔法の一角獣なんてのを背負ってるもんでね。おかげで、ちょっとばかり卑怯な手も使えるんだな、これが」


 悪戯が成功し口笛でも吹き出しそうな、悪童じみた面構えのジョゼットが、敵の鼻先に突きつけた長剣を軽く振り上げる。途端、夜の闇の中に、そのまぶしいばかりの刀身は消え失せた。


「今の剣は『ルシフェル』って言うんだ。他にも何振りか魔法仕掛けの剣があるから、素っ裸で風呂に入ってるところを、敵に襲われたって平気なわけよ」


 不敵な笑いを浮かべながら、ジョゼットが相手の身体を組み伏せた。ジーザスも、さすがに三度目の反撃は許さないとばかりに、すばやく敵の下士官を後ろ手に縛り上げる。


「オヤジぃ、こいつどう始末する? このまま海賊流に処刑して、鮫の餌にでもしちまおうか?」


『やめておけ、宮廷騎士のすることではない。生かしたままハドニアに連行すれば、捕虜交換の際に利用できる』


 白い毛色の一角獣が、ジョゼットを守護するがごとく突然背後に現れ、やけに冷静な助言をあたえた。ジーザスに取り憑いている黒の一角獣とは違い、こちらは良識派のようだ。


「おお、これが白の一角獣かぁ」


 王家の守護精霊を二頭も拝ませてもらえるなんて、長生きはするもんだ──と、これまたギョームが、やけに大袈裟に感激している。

 唯一の抵抗勢力を船底に押し込み、おのれの漁船にも詰め込めるだけの量の略奪を終えると、甲板で、紙巻き煙草を一服しながらジョゼットは老海賊に尋ねた。


「で、この船はどうする?」


「まぁ、『海乞食のギョーム』なんてのが乗り込んでいる船だからな。

 どうせ正規の輸送物資以外にも、バラスト代わりにしこたま密輸品を船底に隠してあるはずだが……」


 しかし、それらすべてを倉庫ざらえして持ち去ろうとすれば、運搬用に大型のはしけ船でも連れてこなければ無理だ。

 それに深夜とはいえ、いつまでもこの海域でぐずぐずしていれば、ルブランス軍の沿岸警備艇に発見される怖れもある。

 ジーザスは渋い表情で愛用のマドロスパイプをくわえた。数瞬後、吸い終わった紙巻き煙草を暗い海面に投げ捨てながら、ジョゼットが口を開く。


「一応軍籍なんだろう、この船。だったら、このままハドニアまで曳航して、海軍の知り合いに引渡しておくよ」


「今の俺たちは正規の海軍ではない。レジスタンスの立場では、どれだけ拿捕した敵船を連行しても自分の手柄にはならんのに、律儀なことだな」


「まぁ、ハドニアは同盟国だ。恩を売っておけば損はないだしろうしさ」


 もっとも、船の積荷はそっくりこちらが頂戴するけれど──そう言い残すと、おのれが船長を務める中古漁船へ、白い一角獣を引き連れ身軽に乗り移る。そして、別れの挨拶代わりに再度敬礼を寄越しながら、ジョゼットは、思い出したように老海賊に呼びかけた。


「あ、そうだ。来週か再来週あたり、俺もそっちに遊びに行くから」


「『遊び』に?」


 思わずジーザスが尋ね返した。なにかの暗喩だろうと判っていても、さすがに怪訝な顔をせざるをえない。


「そう、『遊び』に。もうすぐ、ルブランス海軍ご自慢の新型戦艦ってのが処女航海に出るんだろ?」


 機関を再始動させた漁船の船べりで、ジョゼットが、なにやら腹に一物ある笑顔を浮かべている。この男がわざわざ予告してアウステンダムへ帰ってくるのだ、ただの物見遊山ではあるまい。


「なんでも、他に類を見ない斬新な超大型装甲艦って噂じゃないか。ひとめその姿を拝みに行かにゃ、アウステンダムっ子の名折れだぜ」


 ニヤリ──と、悪童じみた笑いを口の端に浮かべながら、白の一角獣を背負うジョゼットが言い切った。



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