表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
一角獣の見習い騎士  作者: 日向真幸来
2/94

少年は大都会へ旅立つ

プロローグ


「魔法・ワイズ・ロア」が、それを駆使する「魔法使い・マグス」や「魔女・ウィッチ」の血統と才能によってのみ操つられていた中世は終わった。

 数式化され、万人に開放された近代的な理学魔法術と、それを扱う「魔術師・ウィザードリー」、さらには理学魔法を応用し機械化された「魔法機関」の革新が日々華やかなりし時代──。

 ある日、古い大陸の西側に位置する国々の中でも、名門の誉れ高いブランシェット王朝の十六番目の当主の首が斬られて、ごろりと籠へ転がり落ちた。

 その日がルブランス民主化政府の流血革命記念日だ。維新の波が押し寄せる中、英雄に祀り上げられた男は有頂天になって、革命記念日にあわせて新たな暦を新調したほどだ。

 英雄となった男はその勢いのまま、「魔法機関」により高められた武力を背景に、周辺諸王国を「民主化する」との口実で侵略し、併合していく。

 軍事大国となったルブランス共和国で権力を握った独立の英雄は、その後も続く数多の勝利に照らされ、まるで絶対王政を強いていた昔の国王に似て、「終身総統」なる強権的地位を生み出し、そこへ登り詰める。


 その「英雄」セザール・ゴドフロアの命により、民主化戦争が旧大陸各地で繰り広げられ、三十年が過ぎた。

 大陸の西側がほとんどルブランス共和国の支配下となった頃──今はルブランスの属国となり、亡命した王家と政府とが存在するローランド王国に、古の良き魔女から与えられた一角獣と共に、王家のため闘う新たな騎士が誕生した。

 これは、その一角獣を背負う若き騎士の誕生の物語である。


1.少年は大都会へ旅立つ


「なぜだ! 二週間前にこの一等寝台車の予約を入れたんだぞ。ここにその控えもある。それなのにどうして、うちの息子がこの個室を利用できないんだ!」


「だから、この予約は無効だと何度も言っただろう!」


「ならばこの、控えに押された予約証明のサインや日付スタンプがニセモノだとでも言うのか? このカボチャ頭が!」


 生来の怒り肩をさらに険しく立たせている父が、国営鉄道の職員と激しく怒鳴りあっている。

 その後ろ姿をアンリ・パルデューは、ホーム上で荷物番をしながら、疲れ切った表情で眺めていた。

 麦藁色の髪は、今朝は櫛も入れられなかったから、キャスケット帽で深く隠して。いつ怒鳴り合いが終るのだろうかと、小柄な少年は牛乳瓶の底のように厚い魔法仕掛けの眼鏡のレンズを、溜め息ま じりで磨いている。

 眼鏡を外した下の瞳の色は、まるで夏の終わりに実ったばかりのハシバミの実のような、きれいな緑色だ。


 革命歴三十年、芽月ジェルミナールの七日、午前九時半──シテ・ドゥアン中央駅では、都市間急行「イロンデル号」が、最新式の理学魔法機関を搭載した車体を誇らしげにプラットホームに横付けしている。

 その一等寝台車の乗降口で、父と国営鉄道職員との口論が起こっているのだった。

 どんよりと曇った上空には軽気球が浮かんでおり、魔法仕掛けの機械人形が「今こそあなたの忠誠心が試される時です。愛国精神をもって進軍国債を買いましょう」と、ひっきりなしにわめいている。

 目の前を通過してゆく貨物列車は、軍需工場から出荷されたばかりの新品ピカピカな迫撃砲を何十門と積んで、敵国ドルンベルガー帝国との戦闘が繰り広げられている東部戦線へと向かってゆく。

 プラットホームの待合室に張られたポスターも、「いでよ、救国の勇者! 少年志願兵募集中」だとか「看護婦、緊急募集。勇敢な女性たちよ、従軍し前線で勤務しよう」だの、そんなのばかり。

 戦争の影響で、臨時の軍事列車が優先されるこのご時勢では、時刻表どおりの運行など望むべくもない。

 実はこの時点で、パルデュー親子が故郷の村を旅立ってから、すでに丸三日が経過していた。

 予約した都市間急行列車の出発に間に合わせるため、無理して首都シテ・ドゥアンにたどり着いた昨晩だって、駅の宿泊所の簡易ベッドの上で一夜を過ごしたほどだ。

 長旅に慣れないアンリの身体の中に、疲れは溜まりに溜まっている。


「大体、こんな子供が一等寝台車を利用するなんて、贅沢だ! この戦時下だ、なにごとにおいても耐え忍ぶことを、親ならまず教育しろ!」


「誰が教育論を語れと言った! いま話しているのは、寝台個室の予約の件についてだ!」


 もういいよ、お父さん。僕はアウステンダムに行けるなら、三等旅客車でもかまわないから──アンリが、そう父親に話しかけようとした時だ。

大声で怒鳴りあっている二人の背後に、黒い外套をまといトランクを提げた、いかにも文化人的雰囲気の黒髪の青年が立ち止る。


「失礼。この車両の寝台個室を予約した者ですが、なにか問題でも?」


 と、長身痩躯の青年は、乗降口を塞いでいる二人に声を掛けた。

「大有りだ」と職員も父も同時に叫んで、口角に泡を飛ばしながら事情を説明しはじめる。

ひととおり話しを聞いて、黒い外套の青年はおもむろに口を開いた。


「ああ。おそらくその予約重複の原因は、私にあると思います。一度予約を取り消して、その後すぐに、同じ列車を再予約したので。窓口の職員方が混乱するのも無理はない」


 青年が、いかにも紳士的態度な物腰でそう言うので、頭に血を上らせ口論していた二人も勢いを削がれた。


「それで、そちらは何名でこの部屋をご利用になられるのですか? 」


 当方は同行者に急用ができてしまい一人旅なのです──と、黒髪の青年が言うのをアンリは聞いた。

 都市間急行「イロンデル号」の一等寝台車の、個室はそれぞれ二名用に作られている。それを承知の上で、皮製の旅行鞄を提げた青年はこう続けた。

「そちらも一人旅だとおっしゃられるのなら、私は相部屋でも構いませんが」




 革命歴三十年の芽月ジェルミナール──旧教会暦なら、三月から四月へと移り行く時期に、十五歳のアンリ・パルデューは、山深い故郷の村を旅立ち、馬車と列車を乗り継いでも四日は掛かる遠方の大都市に学びに行くことになった。

 生まれつきの弱視のため、地元の大学予科校への進学を教師に妨害されたためである。

 ここ数年の東部戦線の激化で徴兵年齢が十八歳から十六歳に引き下げられるとの噂が、今年に入ってからまことしやかに流れている。そのため、アンリの同級生の多くは大学進学を目指し、なにがなんでも大学予科校へ入学するためにしのぎを削っていた。

 学生の場合は、大学を卒業するまで召集令状は来ないのが実情だからだ。


「おまえのその視力と貧弱な体格なら、進学せずとも、兵役に取られることは絶対にないから安心しろ」


 実際、地元の愛国少年団の中では、アンリは「発育不良」の「眼鏡」で「弱虫」だと、落ちこぼれの烙印を押されている。

 担任の教師はアンリの生まれつきの弱視をせせら笑った。


(でも、せめて受験用の内申書くらい、僕の成績を正当に評価して欲しかったな)


 一応、大学予科校へ願書は出したのだ。

 けれど成績表に添付された内申書には、出席日数、授業中の態度、国家への愛国心、終身総統ゴドフロア閣下への忠誠など──

 教科書の勉強以外でのアンリの評価はまったく最低に記してあり、そのため書類審査でふるい落とされてしまった。

 自分よりも学科の成績は劣る同級生たちが悠々と進学してゆく中、アンリは、それでも大学への道を模索していた。

 とにかく、大学という最高学府で学んでみたかったのだ。

 アンリは、知識に関しては貪欲な子供だった。

 自分の知らない知識を学ぶのは楽しいし、大学に進学するのは、故郷の村を出て、未知の世界へ行くということでもある。

 調べてみると、大学予科校で学ばなくとも、大学進学のための単位を確保する手段はあった。学者の家に住み込む弟子になり、三年間個人講義を受けるという「内弟子学生制度」だ。

 大学への受験資格を得られるのなら、弟子入りする先はどこでも良かった──

 少なくとも、その時のアンリは投げやりな気持ちもあって、そう思っていた。

 だからだろうか。弟子を募集する学者たちの一覧表の、最初のページに記されていた


「アルベルト・ヘボン。占領下アウステンダム市在住。専門・水文学」


との記載に、眼鏡越しの視線が止まったのは。

 水文学という学問はまったく知らない。ただ、アウステンダムで学べるなら、その授業はなんでもいいとアンリは思った。

 アウステンダム──それは四年前に亡くなったアンリの祖父が

「ずっと昔に住んでいた世界一美しい街」と、いつも懐かしげに話してくれた都市だったからである。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[気になる点] 第1話の弱虫眼鏡の少年と、戦うために髪を切った少女は、逃れられない戦争の中で、聖なる一角獣と出会う と、 第2話の少年は大都会へ旅立つ が、同じ内容になっています。コピペのミスか…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ