犬令嬢と香りの王子
初作成、初投稿作品です。至らぬ点は多々ありますがよろしくお願いします。
※200PV &沢山の評価ありがとうございます!!
はじめての作品がこんなに色んな人に読んで頂けて非常に光栄です!
次の作品も続々と出して予定ので、よかったらブックマークしていただけると幸いです!
※※ブックマーク、評価ありがとうございます!こんなに反響いただけるとは恐縮です、本当にありがとうございます!!
「またあなたですか、リスマンテさん!」
「ごめんなさい先生! でもどうしてもこれだけは……!」
エリーゼ・サ・リスマンテ男爵令嬢は奇人として有名であった。その奇行は、自宅や通っている貴族学校の庭の生垣に頭から突っ込んだり、どうしても王都の外に行きたいと準備もなしに単身歩いて王都外の森まで向かおうとしたり、その数は挙げだしたらキリがないほどだ。
そのため、容姿や振る舞い、器量がどれだけ良くても、齢18の現在になっても婚約者の一人もいたためしがない。そして今現在もその奇行の真っ最中なのである。
彼女の奇行の原因、それは“ものの香り”である。物心ついたときから異常に発達していた嗅覚は、彼女の“良い香り”へ執着を持たせるには十分すぎる才能だった。そのため、小さな頃から“良い香り”のものを見つけると一目散に駆け寄り飛びつき、気が済むまでその香りを堪能してしまう癖がついてしまったのである。そしてその癖は現在も変わらず、
「本当におやめなさいリスマンテさん!」
「離してください先生!すぐそこに、すぐそこに至高の香りがあるんです。だから離してください!!」
教師の必死の静止を振り切り、地面に生えている小さな花の匂いを直で嗅ごうとしていた。
「このままでは淑女としてはしたないどころの話ではすまされません!せめて匂いを嗅ぐにしてもその花を摘んでその匂いを嗅ぎなさい!」
「いいえ先生、花の香りは、地面に根を張り、大地の栄養を存分に吸い上げている今こそ最も“良い香り”を放つんです、人の手で手折られた後ではダメなんです!!」
教師の体を張った静止を振り払いついにエリーゼは念願の花へと到達する。そしてドレス調の制服が汚れるのも気にせず、雨上がりの地面にその体を伏せ、花の匂いを嗅ぎだした。
当然のごとく周囲の令嬢たちはそんな彼女を“犬令嬢”、“香狂い”などと呼び、遠ざけていたが当の本人はそんなこと微塵も気にしていなかった。
エリーゼからしても令嬢たちのドロドロした関係に首を突っ込むよりも、実家の生垣に頭を突っ込んで大好きな花の香りを嗅いでいたほうがよっぽど幸せだと思っていた。
そんな彼女にも想いを寄せる人、いや匂いが存在した。
それは、彼女のいるブラント王国の第三王子であり、彼女の通う貴族学校の一つ下の学年の後輩でもあるキリシュ王子の身にまとう香りである。
その香りは、甘く穏やかでありながら端々に刺激があり、時に青く時に成熟し、時に老練な、まるで人一人人生を凝縮した瑞々しくも濃厚な香りである、とはエリーゼの弁である。
そしてその香りのよさがどれほどのものかというと、初めて王子がエリーゼの側を通り過ぎたとき、危うく卒倒するほどであった。そしてそれ以降彼女のお気に入りになってしまったのであった。
といっても相手は王族、こちらも匂いに関すること以外は真っ当な男爵令嬢。さすがに王子に突撃するなど無礼極まりないことはエリーゼも毛頭するつもりもなく、通りかかったときに遠巻きから堪能するに留めていた。
そんなある日、キリシュ王子が何者かに誘拐されるという事件が起こった。
当時ブラント王国は世継ぎ争いの真っただ中で、キリシュ王子が学園内で一人になった瞬間を狙って誘拐されたのだ。
他の生徒達には何も知らされてはいなかったが、護衛の騎士たちが駆け込んできたため、誰もがただ事ではないと半ばパニック状態に陥っていた。
そして男たちが学園内をあわただしく走り回りながら、
「どうだ、二階にはいらっしゃったか?」
「いや、どの教室探してもダメだな。そっちはどうだ」
「いや、どこにも。残るは3階だけだが……」
そう話している。そうして一向に行方が分からないまま操作を続けていると、一人の少女が駆け寄って、立っている騎士の一人に声をかけてきた。無論エリーゼである。
「あの、少しよろしいでしょうか。」
「悪いですが今あなたと話している時間はありません。」
と話を拒絶しようとするが、半ば無視するかのようにエリーゼは言葉を続ける。
「キリシュ王子様の居場所なら私、わかります!」
その言葉で状況は一気に変わる。学園の生徒には誰一人伝えていないのに事態を把握し、その居場所までわかるというのだ。騎士が驚くのも当然である。
「何、どういうことですか!?」
「理由は後で説明しますから、お一人でもよいのでついてきてください!時間がないのです!」
いうや否や彼女は学校の外へ飛び出して行ってしまった。
「お前はここで学校内の捜索の指揮を取れ。」
「隊長は?」
「あの少女を追う!」
隊長と呼ばれた男はエリーゼの言葉が嘘には思えず、その場にいたものに校内捜索の指揮を任せ、彼女を追っていた。
なぜエリーザがキリシュ王子の場所を知っていたのか、当然彼の匂いである。校庭を歩いていた時に、破れた布切れを見つけ、怪しく感じその匂いを嗅いだところ、キリシュ王子の匂いと同時に強烈な血の匂いが漂ってきたのである。そして同じような布切れが続いて落ちていたので、王子の居場所を追跡することができたのである。
エリーゼも王子の匂いと同時に嗅いだ強烈な血の匂いと、騎士たちの様子を見てただ事ではないことを感じ、全速力で匂いを辿っていく。
(キリシュ王子、ご無事で!まだまともに話したこともないけれど、王族が欠けてしまうのは、あの王子様が欠けてしまうのは絶対に止めないと!)
そして王都城下町の下道をまるで何十年もその地に住んでいる案内役のように、するすると駆け抜けていく。それを追う隊長こと騎士ドルトは彼女の身体能力にも舌を巻きながら、彼女の後を何度か壁にからだをぶつけながら駆け抜けていく。
(この少女がなぜ王子の場所を知っているかというのも気になるが、あの服装での身のこなし、体力、スピード。ただの貴族令嬢とは信じられん。罠にはめられた可能性もあるな、どうしたものか……)
その奇行に注目されがちではあるが、エリーゼは身体能力、座学、礼儀振る舞いどれを取っても学年でも上位に食い込むほどの才女である。
そのため今回の状況の把握も早く、体力も現役の騎士ほどではないにしろ素早く動けるし、制服をどこかに引っ掛けるなんてこともないのだ。
そうしてしばらく走っていると、エリーゼは一軒の小屋の前で立ち止まった。そして勢いよく扉に体当たりをすると、勢いよく扉が開かれる。どうやらカギは開いていたようだ。
そこには椅子に縄で縛られ口もハンカチで封じられ身動きの取れなくなっているキリシュ王子と、全身黒一色に染められた服を着た男が立っていた。
「なぜここがバレた! こうなれば王子の息の根を!!」
「させません!」
黒装束の男が短剣を王子に向けて振り下ろしたが、エリーゼは間に入って両手でそれを防ごうとする。しかし相手は刃物、交差し開いた両の手に短剣が深々と突き刺さる。
「んーーーーー!!」
口を封じられた王子は何事か叫んでいるが、周りには聞こえない。
そして男が短剣を引き抜こうとしたとき、その手にエリーゼの爪が食い込む。
「この手は絶対に話しません。王子様は絶対に殺させません!!」
痛みに泣き叫びそうになるのをぐっとこらえ、振り絞るように叫ぶ。
「くそ、ただの小娘の分際で……しかしこのまま突き刺して先に貴様を殺してしまえばよいだけのこと!」
そう言って男は腕の力を強めていく。
「くうっ……守る、絶対に守って見せる!」
探し始めた当初はあわよくば近くで匂いをなどと考えていたエリーゼだったが、今はそんなことは頭の中に微塵も残っていない、ただ守りたい、その一心だった。
しかし方や戦闘訓練を受けた男、方や貴族学校で育ったか弱い女性。力の差は明らかであり、手のひらから突き出したナイフの先は徐々に徐々に心臓へと近づいていく。
そして、エリーゼ渾身の力も尽き果ていよいよ彼女の死が目前に迫ったその時、
「やっとおい追い……何をしているか、この痴れ者が!!」
騎士ドルトがようやく追いつき、黒装束の男を体当たり一つで弾き飛ばす。
「大丈夫ですか!?」
弾き飛ばした刺客のことなど気にも留めずエリーゼたちのもとへ近づこうとするが、
「私たちは大丈夫です、刺客の確保を!」
エリーゼの一声に慌てて小屋の端で伸びている刺客を縄で縛り、二人の元へ駆け寄る。
「王子の拘束を先に。ぐうぅ……すみませんそのあと、この短剣を抜いて止血をお願いできますか。」
「わかりました、すぐ取り掛かりますのでもう少しご辛抱を。」
そう言って素早くかつ丁寧に王子の拘束をはずし、王子の安否を確認する。
「殿下、ご無事でいらっしゃいますか。」
「私は問題ない、彼女が守ってくれたから。それよりも彼女の治療を早く。」
「ははっ。」
そうして騎士ドルトはエリーゼの両手の応急処置をしていく。手を貫通はしているが、刺さったままだったということもあり出血量は少ない。
「手や腕に痺れや違和感はございませんか。」
「毒の類はありませんので、そのまま治療をお願いします。」
断言する言葉にドルトは思わず尋ねる。
「治療中に申し訳ありませんが、どうして毒がないと断言できるのですか? それに殿下の居場所についても……」
「匂い、です。」
エリーゼの言葉にドルトは首をかしげる
「匂い?」
「そうです。毒の有無については、短剣に金属以外の匂いがついていなかったからです。そして王子様につきましては……」
エリーゼの言葉を引き継ぐようにキリシュ王子が口を開く。
「私が落としていった布の匂い、ですね。エリーゼ先輩。」
「はい……。はしたない真似をしてしまい申し訳ございません、王子様。」
緊急だったとはいえ、王子の持ち物の匂いを嗅ぐという非礼に気づき謝るエリーゼ。
「いやいや、その結果こうして僕の命はつながったのだから感謝こそすれ、ですよ。」
「そう言っていただけると幸いです。」
しかし王子は気にするはおろかそれで命を助けられたと感謝までしてくれたのである。
今まで気にしてこなかったとはいえ、この嗅覚のことを悪しざまに言われることはあっても感謝などされたことなど一度もなかったエリーゼは、その言葉に思わず涙があふれ、止まらなくなってしまった。
「大丈夫ですか!?」
「傷が痛みましたか、私のせいで苦しい思いをさせましたね。」
「いえ、いえ……ちがっ…ぐずっ…違うのです。この鼻が、匂いに対するこの心が…すんっ…はじめて誰かのためになれて…っ……それが嬉しくて…。」
「そうでしたか。今回私の命を救ったのは紛れもなくあなたです。それは誇ってください。」
王子が優しくそう語りかける。
「いつまでもここにいてはいけませんね、学園に戻りましょう。ドルト、護衛を。」
「はっ。」
「彼女のことも、くれぐれもお願いしますよ。」
「御意に。」
こうしてキリシュ王子襲撃は見事に防がれたのであった。
そしてその後、それまで世継ぎ争いに興味なしの姿勢を取っていたキリシュ王子はこの襲撃を理由に本格的に世継ぎ争いに参加し、類まれなる手腕と、その心の深さより、多くの者を味方につけ、他の派閥を圧倒し、その争いに見事勝利した。襲撃については、功を焦った第二王子派閥の貴族が独断で行ったことが刺客の男の情報から明らかになり、党首は斬首、一家は取り潰しとなった。
そして時は流れ————
「お母さまお母さま! 見てください、こんなにきれいな花が庭にさいていたのです。」
一人の少年が母のもとへ駆け寄っていく。
「あら、きれいな花ね、それにとっても良い香り。でも、お庭に生えてる花を勝手に摘んじゃったらダメよ。お手入れしている人が可哀そうだわ、それに……」
母親は息子を優しく見つめながら諭す。
「お花の香りは生えている時が一番良い香りがするのですから。」
息子を抱きしめる両の手には古い傷跡が残っていた。
「あら、この匂いは。ゼルノス、大好きなお父様が戻って参りましたよ。」
「お父様がお戻りに、やったー!でもお母さまはなんでいつもお父様のお帰りが直ぐ分かるの?」
「それは、あの方の香りが特別だからよ。」
ブラント王国キリシュ王唯一の妻、エリーゼ王妃。その天才的な嗅覚によっていくつもの新種の植物、香やスパイスを発見・開発し、後世“薫香女王”と呼ばれ、ブラント王国の発展に大きく寄与した女傑である。
ポイント評価、ブックマーク、感想、レビュー、なんでもどしどしお待ちしております!作者の活力になります!!